資料室
正面にはこじんまりとしたドーム状の建物。丸っこい屋根の上には細やかながら雪が積もっていた。建物の中には、地下へと続く階段。その階段の中には灯りがついていない。真っ暗闇の中で、まるで三人を飲み込もうと待ち構えているようだ。
「これが……」
コードが感嘆の声を上げる。コードの話にあった祠を思わせるような建物だ。ましてやこの中に信仰する雪神様の資料があると聞いては、感動するのも無理はない。
「この下に資料があるんですか?」
リオンが尋ねる。
「ええ、そうですよ。……リオンさんの村では地下に入ることは珍しいんですか?」
「そうですね。私たちの村では、地下に通じる階段はありませんでしたから」
「そうなんですか。まあ、私たちの村でもここぐらいしか、地下に入る建物はありませんから」
実は私もここに入るのは二回目なんですよ、と小声で付け加える。
「今、灯りを付けますね」
パチリ、とスイッチを付ける音。階段がぱっ、と明るくなる。
「どうぞ、ついてきてください」
リオンとコードは促されるまま、階段を降りていった。
階段を下りきると、急に視界が開けた。地下とは思えないほど広い部屋。部屋の中心には大きな机、その両脇には本棚がずらりと並んでいた。
「ここが資料室です」
「ここが……」
コードは忙しなく辺りを見渡す。本棚に近づいたり、背広に触ってみたりと、興味津々といった様子だ。
「今、資料を持ってきますから、ここで座って待っていて下さいね」
待たされる二人。暗に、ウロウロするなと、釘を指しているのだ。
資料室は静寂に包まれる。リオン達が来る前と同じ静けさ。資料室は人が資料を見るために存在する。これまで、ずっと静かに、人が来るのを待っていたのだろう。本は静かに読まれるものだが、今ぐらいは少し騒ぐぐらいのほうが丁度いいのかもしれない。
そんな静寂を打ち破るように、ゴホッ、と咳き込む音がする。
「大丈夫か、コード。ちょっと無理をしすぎたんじゃないか」
「……いや、大丈夫だ。きっと誰かが俺の噂話をしているんだろう。それよりも、リオンは本を読んだことがあるんだったか」
「いや、ないよ。文字なら多少はわかるけど……」
リオン達の村では、本は流通していない。それどころか、文字の使用する機会もあまりない。そのため、本を読める人は限られていた。
「そうか、俺は村長の手伝いという仕事柄、少しばかりは本を読む機会があるんだが、この資料室の本は、どうにも読めそうにないな」
「どうして?」
「……どうやら、俺達の知らない言葉で書かれているみたいなんだ」
「知らない言葉……そうなのか?」
「だから、ハルさんに読み聞かせてもらうしかないんだよ。ねえ、ハルさん」
「はい、私は読めますよ」
机の上にどさり、と資料が置かれる。二人が話し合っている間に、資料はすでに集め終わっていた。
「さて、なにから、話しましょうか」
「そうだね……とりあえずは、雪神様について知っていることを、是非話して欲しい」
そうコードが言い終わると、またゴホゴホと咳をした。あまり体の具合はよくなさそうだ。
「そうですね……まずは、私の村の伝承としての雪神様について話しましょうか。雪神様はその名の通り、雪の神様です。この大地に雪を降らせ、凍りつかせている張本人というわけです」
パラパラと資料を開き、その中の挿絵を指差す。その挿絵には、山にそびえ立つ老人が杖を掲げ、雪を降らせている様子が描かれていた。
「もちろん、理由もなく雪を降らせ続けているわけではありません。それにはきちんと理由があるんです。それは……封印するためです」
「封印?」
リオンが尋ねる。
「そう、封印です。雪神様が現れる前、この大地には雪などありませんでした。花が咲き、草が生え、暖かい太陽がこの大地を照らしていたのです。そこで人間は明るく自由に暮らしていました。ところが、ある日、この大地に穢れが湧いて出たのです。その穢れはあまりに強力で、人々は為す術なく倒れていきました。このままでは、人類は滅んでしまう……そんな時でした。雪神様が現れたのです。雪神様が杖を掲げ、大地に雪を降ろすと、大地を覆っていた穢れは小さくなっていきました。しかし、雪神様の力を持ってしても、完全に穢れを除去することはできませんでした。小さくなった穢れは地中に潜り、再び現れる機会を虎視眈々と伺っていたのです。その状況を見た雪神様は穢れが溶け込んだ大地を凍りつかせ、その上を氷で覆いました。そうして、雪神様は見事に穢れを封印して見せたのです」
「そうだったのか」
コードが納得したような声を上げる。リオンもこの話を真剣な表情で聞き入っていた。確かに、この話は、リオンの村で伝わっているおとぎ話よりも格段に詳しい。二人の知っている話といえばせいぜい、雪神様はこの村を守っている、一年中雪を降らしている、などといった曖昧なもの。雪神様が雪を降らしている理由など今まで疑問にも思わなかったことなのだ。
「これが私の村に伝わる伝承です。まあ、多少話を盛っているところもあると思います。本当に、穢れや封印があるかどうかなんて確かめようがありませんからね。しかし……」
「雪神様は、確かに存在するのです」
そう言うと、乱雑に置かれた資料の中から、一冊の本を取り出す。
「この本には、雪神様のことについての記録があります。もちろん、おとぎ話などではありませんよ。雪神様は村長の家でも言ったとおり、配給の管理をしていますが、それだけではありません。村全体の管理をしているのです。もちろん、雪神様だけで管理を行うなど到底無理な話です。そのため、雪神様には、サポートを行う部下が存在します。それが……」
「雪の妖精か!」
コードが大きな声を上げる。その声にビクリと反応してしまう。雪の妖精……忘れもしない言葉。頭の
中で新雪を踏む音がリフレインする。
「……はい、そうです。よく知っていますね。彼女は村を逐次監視し、問題がないかを雪神様に報告するのが仕事になります」
「そうか……そうだったんだ。やはり雪の妖精も存在していたのか……ハルさんは雪の妖精に会ったことがあるのか! やはり青白い光を放っていたのか!」
前のめりになりながら、コードが甲高い声で反応する。
「いえ、実際に会ったことはありませんが、そのような存在がいるとは聞いています」
そうか、そうか、と興奮しながら、何度も同じ言葉を呟くコード。よほど嬉しいのか、しきりに頷いては、笑顔を浮かべている。
「雪の妖精は村を監視しているとはいうけど、実際にどうやって監視しているのかな」
リオンが疑問を呈する。
「……すみません。監視の方法まではわかりません。ひょっとすると、何か私たちの知らない技術を使っているのかもしれません」
「俺達の知らない、不思議な力を使っているのかもしれないぜ。雪神様も雪の妖精も存在するんだ。そんな力があってもおかしくないさ。僕達の村の配給も空から降ってくるしさ」
冗談めかしたようにコードが言う。さっきの様子を見ていると、案外本気なのかもしれない。
「ところで……雪神様はどこにいるのかな。会って、配給についての話をしたいのだけど……」
リオンが尋ねる。そう、リオン達の旅の目的は、村の配給を元通りにしてもらうことだ。それぞれ個人的に抱えている目的はあるものの、村の配給が最優先であることには変わりはない。
「そうですね……それでは、地図を広げてくれませんか」
リオンは言われたとおりにポケットに入れていた地図を取り出し、広げた。
「雪神様がいるのはこの村の南側にある……この場所です」
そう言って、地図の南側を指差す。指差した場所はリオン達が最初に目指した村であった。
「そうか、俺達が最初に行こうとしていた所に雪神様がいたのか」
「運悪く通り過ぎてしまったみたいですね」
コードの言葉に続いてリオンが言った。
「雪神様はその村にいるのですが、会うためにはちょっとややこしい手順が必要になりますね」
手元の資料をパラパラと捲り、目的のページを開いた。
「えーとですね……雪神様に会うには、鍵と呪文が必要なんです」
「鍵? 呪文?」
リオンの頭の上にクエスチョンマークが並ぶ。そんなリオンにコードは補足をする。
「雪神様は神様なんだぜ。神様に会うにはそれなりの儀式と言うものが必要に決っているだろう。鍵も呪文もその儀式に必要なんだよ。雪神様を信仰している人なら知ってて当然だぜ」
詳しい手順は知らないけどな、と自信満々に付け加える。そんな所で自信を持たれても困る。
「コードさんが説明してくれたように、儀式のために鍵と呪文が必要になるわけです。呪文の方は、私が唱えられるのでどうにかなるのですが……」
「えっ、ハルさんは呪術者だったのか」
コードが驚いた声を上げる。
「呪文が唱えられるというだけで、そんな大それたものではないですが……」
「いやいや、そんなに謙遜しなくても。ああ、呪術者に会えるなんて。俺はなんて運がいいんだろう……リオンは呪術者がどういうものかあまりピンと来てないようだな」
キョトンとした顔をしたリオンを見て、コードは解説する。
「いいか、呪術者っていうのはな、言葉の通り、呪文を扱える人のことを言うんだ。雪神様は神様だ。人の言葉が通じる訳がない。そこで必要になるのが呪文なんだ。人は呪文を通じて初めて雪神様と意思疎通ができるようになるんだ。つまり、呪術者は雪神様と交信ができる人間なんだよ。どうだ、呪術者がどれだけすごい人なのかこれで分かっただろ」
「呪文なんて要するにただの単語の羅列だろう。ただ書いてある通りに喋ればいいんじゃないのか」
「違う! そりゃ違うぜ、リオン。ただ口に出すだけじゃあ呪文にならないんだ。言葉に力を込めなきゃ呪文にならないんだよ。ほら、言霊って言葉があるだろう。声に出した言葉で良い事が起きたり、悪いことが起きたりするあれだよ。あれは、言った人が様々な想いを込めて声に出すからこそ、言葉に力が宿って、周りに影響を与えているんだ。それと同じ原理だぜ。呪術師はただ言葉を発しているだけじゃない。言葉に力を宿して呪文にすることできる、選ばれた人間なんだよ。そんじょそこらの人には到底真似することなんてできないだ。そうでしょ、ハルさん」
「そう……なんですかね」
困惑の声。コードと二人の間には非常に大きな温度差があるようだ。
「……問題は鍵ですね。鍵は雪神様がいる村で手に入れなければいけません。どうやら、その村の教会に預けてあるようなので、とりあえずはその教会を目指すことにしましょう」
「教会!」
その言葉にコードが飛びつく。
「そうか、教会があるのか! それはそうだよなあ。雪神様の村だもんなあ。ないわけがないよなあ」
「教会についての本ならそこの棚に置いてありますよ。多分コードさんでも読める本だと思います」
「本当か!」
その言葉を聞いた途端、コードはすぐさまその本の場所へ向かっていった。実に単純な性格だ。
「……ハルさんは雪神様のところまで一緒に着いてきてくれるんですか」
リオンが意外そうな声で答えた。
「ええ、着いていきますよ。私も雪神様に会いたいですから」
そう言って、にっこりと微笑んだ。その表情にリオンはすっと顔を背けた。妙な空気感だった。
「……一旦家に戻って、休息を取ってから、その村に向かいましょうか」
「あっ、ちょっと待って」
話を打ち切り、立ち上がろうとするのをリオンが制した。
「なんでしょう」
「ここは資料室ですよね」
「ええ、そうですが」
「花に関する資料はあるんですか」
満面の笑み。まるで、この世に春が来たかのようだ。花が咲いた笑顔、と形容するのが正しいのかもしれない。
「ええ! もちろんありますよ! 今すぐ持ってきますね!」




