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そして、春が来た  作者: 加護景
ハル
13/33

休息


 二人はテントで暖を取っていた。テントから漏れ出る頼りない光は、まるで二人が、自然の中ではちっぽけな存在であることを示しているようであった。


「燃料が残り少なくなってきたね」

「食料も少ないな……ちょっと無計画に使いすぎたかも」


 コードがくぐもった、低い声で答える。疲れているからか、声に元気がない。


「そんなことないよ。まさか、未だに目的地に到着しないなんて、考えてもみなかったんだから」

「そうだよな……」


 コードは少し落ち込んでいるようであった。名目上は村長の代理として、この旅に参加している。多少なりとも責任を感じているのかもしれない。


 二人の間に沈黙が流れる。バタバタとテントを揺らす音。外はもう風が吹いてきている。


「……コードは、どうしてこの旅に出ようと思ったの」


 リオンは話題を変えた。気まずい空気を換えようとしているのだ。もちろん、答えはとっくに知っている。


「それはもう、雪の妖精に、雪神様に、会ってみたいからだよ。このまま村にいるより、よっぽど会える可能性が高いからな。会うためなら、多少の命の危険は覚悟するさ。何なら、村を捨てることだって厭わないぜ」


 コードの声色が急に大きくなる。相変わらずくぐもった声だが、元気が出てきたようだ。リオンの思惑通り、気まずい雰囲気からは脱したと思っていいだろう。


「今だって、きっと、俺たちを見守って下さっているに違いないんだ。まだ、目的地に辿り着かないのも、私たちを試しているのかもしれない。きっとそうだ。そうに違いない」


 自分の好きなものについて話せるのがよっぽど嬉しいのだろう。コードは気持ちが高揚しているのか、ますます饒舌になっていった。まあ、目的地に着かないのは、ただ単に道に迷っているだけなのだが……


「ああ、妖精は、雪神様は、一体どんなお姿なのだろうか。きっと麗しいお姿なのだろうな。一度でいい。いや、ひと目でいいから見てみたいなあ」

「あの、」


 リオンがコードの演説に割り込む。ここで割り込まなければ、ずっと喋りっぱなしだったかもしれない。英断である。


「コードはどうしてここまで、雪の妖精と雪神様に興味があるんだ。村の人達はそこまで熱狂的に信じてはいないようだけど」


 リオン自身も信じていない、ということを上手く誤魔化しながら、リオンはコードに尋ねた。コードが熱烈なまでに信仰を持った理由。気になる話題だ。


「そうか。そういえば、まだ話してなかったなあ。そうだなあ……」


 コードは少し間をおいた後、語り始めた。


「知っての通り、俺は村で村長の手伝いをしているだろう。会合の準備をしたり、配給を整理したり……まあ、要するに村長の雑用だな。その甲斐もあって、村のことについては、村長の次ぐらいには詳しくなったぜ。誰が、村のどこに住んでいるとか、すべて把握していたりな」

「確かに……コードに聞けば、村のことなら何でも答えてくれるね」

「さすがに何でも答えられるわけじゃあないけどな。何にせよ、村のことについては他の人よりも詳しいという自負があったぜ」


 まあ、村長が一番詳しいけどな、と小声で付け加える。それから、コードはさらに話を続けた。


「ある日、俺は村長の命令で、祠の掃除を頼まれたんだ」

「祠?」

「そう、祠だ。さすがの俺も、この村に祠があるなんて聞いたことがなかった。村長に詳しい場所を聞いたら、祠は村の外れにあったんだ。村長の家から北東の方角……リオンの家にちょっと近いか。知ってるか」

「いや……」

「そうか。まあ、見たことないのも当然だな。特に用事がなければ全く行く機会のない場所だったからな。それから、村長から一通り道具を持たされて、祠の掃除に向かったよ。迷うことなく、祠までたどり着けたんだけど、真っ暗でさ。もちろん、夜に来たわけじゃない。日の高いうちに来たんだ。じゃあ、なぜ、その祠が暗いのかというと、地下にあったからなんだよ」

「地下?」


 リオンが当然の疑問を挙げる。


「そう、地下だ。入り口が下り階段になっていたんだ。電球の灯りを付けるスイッチはあったんだが、壊れていてさ。全く使い物にならなかったぜ」


 コードはお手上げと言わんばかりに両手を挙げた。


「まあ、幸いにも、ランプを持ってきていたから、中を進むことはできたんだけどな」

「ランプの灯り程度で掃除できたのか?」

「いいや、全然灯りが足りなかったな。さすがの俺も途方に暮れたよ。どうやって掃除しようか、なんて考えながら階段を降りていると、ぼんやりと、奥の方から青白い光が見えてきたんだ」

「えっ、青白い光が?」


 リオンは思わず素っ頓狂な声を上げた。光が青く見えるなんて普通ありえないからだ。


「そう、青かったんだ。俺も不思議に思ったぜ。そうして、ゆっくりと、ゆっくりと近づいていったよ。近づくと光がだんだん強くなってきてさ。階段を降りきると、仄暗い青白い光で満たされた部屋に辿り着いたんだ。光は壁だったり、箱だったり、色んな所から出ているようでさ。なんというか、とても神秘的な光景だったんだ。それこそ、おとぎ話に出てくるような、そんな部屋のように思えたぜ」


 青白い光を放つ部屋。あらゆる物体から出てくる光は、コードにとってさぞや蠱惑的に映っただろう。


「その光景に圧倒されて、しばらく立ち尽くしていると、声が聞こえてきたんだ。その声は明らかに人間の声じゃなくてさ、鈴の音のように高い声なんだよ。囁きかけるような、囀るような、そんな声だったぜ」

「……妖精」

「そう、妖精。俺は妖精の住処にやってきたんだと、そう思ったんだ。あなたは妖精なのかと、俺は必死で呼びかけたよ。返事をしてくれと、叫んだんだ。すると、パッ、と突然光が消えたんだ。真っ暗な部屋の中に、ランプの光だけが残ってさ。ああ、やってしまった、妖精が逃げてしまったと、そう思ったんだ」


 ふう、とコードがため息をつく。その時のことを後悔しているのか、肩を落とすような仕草を取っていた。


「俺は妖精に会ったんだ。本当に、本当に妖精は存在したんだ。そう思ったら、いてもたってもいられなくなってさ。急いで村長の所に帰って、事情を説明したんだよ。あの祠で妖精に会ったんだってね。そうしたら、村長はそうか、と一度頷いただけ。それでお終い。それっきりこの話題を出そうとしなかったんだよ。まるで腫れ物に触れるみたいな、そんな態度だったぜ」

「そんなことがあったのか」


 うんうん、とリオンは頷く。そんな経験をしては、妖精の存在を信じてしまっても仕方ないのかもしれない。


「そんな経験、どうして今まで話してくれなかったんだ?」

「それはさ……あんまり信じてくれそうになかったからだよ。ほら、リオンってさ、雪神様とか雪の妖精とか、そういうの信じないタイプだろ」

「そんなこと……」


 ない、とは言い切らない。コードの言うとおり、リオンには思い当たる節がある。


「……村に残って、妖精を待たなくてもいいのか」


 仕切り直して、リオンは自分の疑問を口に出した。


「まあ、そういう選択肢もあったけど……」


 コードは頭を少し掻き、少し悩んだような仕草を取った。


「もう、あの祠に妖精が来ることはないんじゃないかなと思ってんだ」

「どうして」


 コードは口元に手を当てる。言い出しにくいことなのか、なかなか話し出そうとしない。やがて、決心がついたのか、少し息を吐いた後、コードは答えた。


「……あの祠はもう、ないんだよ」

「えっ」


 リオンは驚きの声を上げた。建物がまるごと一つなくなるなんて、ただ事ではないだろう。


「祠のあった場所に行っても、見当たらないんだ。雪に埋もれてしまったのか、誰かが壊したのか。それはわからない。ただ大事なのは、祠がなくなってしまったということだ。これじゃあ、妖精が来ようがないだろう」

「……」


 リオンは返す言葉がなかった。リオンの常識からかけ離れた話が続いたのだ。仕方がない。


「それなら、村の中にいるより、外に出たほうがよっぽど妖精に会える確率が高いって訳だ。それにさ、」


 コードは照れくさそうな声で答えた。


「大切な友人を一人ぼっちで村の外に出すわけには行かないだろ」


 一人ぼっち……確かに、妹が亡くなってしまった今、リオンは一人ぼっちなのだろう。そんなリオンを心配して着いてきてくれるのだ。これが友人というものなのかもしれない。


「……ありがとうな」


 リオンがそう小さく呟くと、恥ずかしくなったのか、コードは大げさな音を立てて、寝袋の中に入っていった。


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