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(……結局、受け取ってしまった)
宿屋へと帰える道すがら、ミツキは掌の中におさまっている銀色の鍵をじっと見下ろす。
赤い石のついたその鍵は、労働の対価にと渡されたものだ。とはいえ、よくよく話を聞けば純粋に好意だけでユーリがこれをくれたわけではないことが伺える。
(要は、定期的に屋敷を手入れする人材を確保したかっただけ、なんだろうなぁ)
話はこうだ。ユーリはあの屋敷を親族の誰それから相続したのはいいものの、仕事柄長期間拘束されることが多いらしく、実質あの屋敷はユーリが相続した後も長い間空き家状態だったのだそうだ。
そういった場合、多くはハウスキーパーとして奴隷を雇うのが一般的なのだそうが、ユーリは奴隷を持たない主義らしく、屋敷の管理に頭を悩ませていたらしい。
「俺としてはこの家が、最低限存在してくれていればそれでいいのさ」
だから、時々でいいから屋敷の様子を見て、出来れば使ってやって欲しいとユーリは言った。
「は、はぁ、でも私もこの街に長くいられるわけじゃなくって」
「そりゃわかってるさ、冒険者だもんな。でも拠点てのは必要なもんだろ?」
(そりゃまぁ、そうかもしれないけど…)
ユーリの言に、どこか釈然としない思いを抱きながらも、同時にこんな美味しい話に乗らないのは損!と感じるがめつい自分がいることも確かで、ミツキはうんうんと頭を悩ませる。
そんなミツキの様子に、ユーリはもう一押しだと思ったのか、強引にその手にカギを握らせる。
そして何事かを早口でつぶやくと、カッと掌の中の鍵が赤く光った。
「えっ!?」
「よし、これで契約は完了」
「はっ!?」
ユーリはにっと笑うと鍵から手を引っ込めた。そして「これでその鍵の所有権はお前に移行した。この屋敷に侵入出来るのは俺と、お前と、お前が招き入れた者だけだ」と言った。
(なんて強引なやり方…!)
とは思ったものの、してやったりと言わんばかりに笑みをこぼす目の前のユーリの顔を見ていたら、なんだか抵抗する気も失せてしまった。
(まぁいいか、……結果、私には得しかない話なんだし)
「……わかりました、有難く使わせて頂きます」
あきらめたように少しかしこまった口調でそう告げると、ユーリは「ん、」と満足げに笑ってみせる。うーん、どうも私はこの顔に弱いらしい、なんてことを心の隅で自覚しつつも、ミツキはそこでユーリと別れた。
ユーリは明日の朝いちばんにこの街を出て、またしばらく此処へは戻って来られないらしい。




