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それにこんな屋敷の鍵をもらったところで使い道がない。ミツキはこの街に永住する気はないし、宿屋の代わりに使うには使い勝手が悪すぎる。
(なんせ、まだ中は全然片付いてないもんね…)
かろうじて、数部屋とキッチン周りがなんとか使える程度である。掃除はまだまだ必要なのだ。
いらないです、と拒否の姿勢を貫くミツキに、ユーリは不思議そうな顔をする。そんな顔をされるほど、自分が変なことを言っているとは思わないのだけれど、とミツキは首を傾げる。
するとそんなミツキの心中を察したのか、ユーリが「もしかして」と言葉を続ける。
「もう家持ちだったか?」
「家持ち?いえ、そんなことは…」
「だよな、ならやっぱりあった方がいいだろ。冒険者を続けるなら所有の家はあるに越したことはない」
「そ、」
そうなんだ、とミツキは思う。そんなこと、ギルドの人は言っていなかった。
(どうして、って、聞いてもいいのかな)
ユーリは自分を新人冒険者だと思っている。実際その通りだ。ならば、この質問はそう不自然なものでもないだろう。
「……やっぱり、あった方がいいですかね…?」
ちょっとずるい聞き方だったかもしれない。が、ユーリは「そりゃそうだろう」と強く肯定する。
「家がなけりゃ受けられない依頼も多いんだ。奴隷の数も制限されるし、冒険者ランクにも影響する」
(奴隷の数!)
聞き捨てならない台詞を聞いた気がする。ミツキは思わず聞き返していた。
「自分の家がないと、奴隷を買うのに問題が!?」
ミツキの勢いに、ユーリがちょっと引き気味に「いや…」と言葉を濁す。が、その目が真剣なことに気づいたのだろう、ユーリはミツキの聞きたかったことの答えをくれる。
「買える、ひとりだけならな」
ユーリの台詞に、ミツキはホッと胸を撫で下ろす。が、続けてユーリはこうも言った。
「ただ二人以上を望むとなると、主は家の所有を求められる。これは単純に家を持てるだけの財力があるかどうか、またその街への貢献度をはかる為のものでもある。家にも奴隷にも税金がかけられるからな」
「……………」
「家の規模や税金を納めている額、冒険者ならランクだな、そのあたりも考慮される。それらを加味して個人が所有できる奴隷の数ってのは決められてるんだ」
「誰に?」
思わずそう聞き返すと、ユーリはちょっと表情を曇らせた。そして「国に、だな」と言った。
その時のミツキには、どうしてユーリがそんな顔をするのかよくわからなかった。が、誰もかれもが奴隷を容易く所有できるわけではないのだと知って、どこかホッとした気分でもあった。
(自分のことは棚に上げて何を、って感じだけど)
奴隷制度なんて本当は、あるべきじゃないのだと、心のどこかでそう思っていたからかもしれない。




