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「どうしたんだい?人の顔をじっと見て」
「え、えっと…」
軽食を持ってきてくれたダリヤに顔を覗き込まれ、ミツキは誤魔化すように照れ笑いをする。
なんだかひどく、気恥ずかしかった。
(あれっ)
ダリヤが厨房に戻り、出されたトーストサンドをもそもそと頬張っていると、ふと窓の外を見覚えのある背中が通り過ぎて行った。
(今のって…!)
ミツキは慌てて店を飛び出すと、その大きな背中に向かってありったけの声量で呼びかける。
「ユーリ…!……さんっ」
突然の大声に、道行く人たちがなんだなんだとミツキの方を振り返る。が、今はそんなことには構っていられない。
ミツキの意識は目の前の、ただひとりの男の姿だけを追っていた。そして、その背がゆっくりとこちらを振り返る。
瞬間、ミツキの心臓が、どくりと跳ねた。
「あー…、えっと…?」
男はミツキの姿を見つけると、一瞬困惑したように首を傾げた。が、すぐに何かを思い出したのかこちらを指差すと、
「ああ!サラヘナ湖で泣きべそかいてた奴!」
と、大声でのたまった。
(事実だけど…!もっと他に言い方…!)
存外デリカシーの無い男のようだった。ミツキは羞恥でじわじわと頬が熱くなるのを自覚しつつも、「その節はどうもありがとうございました」と頭を下げる。
「ああ、別にいいのに」
若いのに義理堅いのな、と男────ユーリは後ろ髪を掻きながらミツキを見下ろす。
その相変わらずの視線の強さに若干の居心地の悪さを覚えつつも、ミツキはあらためて感謝の言葉を口にした。
「だって、あなたは命の恩人ですから。何度感謝の気持ちを伝えたって言い足りないくらいです!」
そう力いっぱい力説すると、ユーリは「へぇ」と面白げな声を出した。そして大股にミツキの傍まで近づいてくると、腰を屈めるようにしてミツキの顔を覗き込む。
「どうせなら、言葉なんかよりもっと別の物で感謝の気持ちを示して欲しいんだけど」
「えっ」
ユーリはそう言うと、その人差し指をミツキの胸の前で突き立てて、
「例えば、その身体で、とか?」
と、とんでもないことを物凄く良い笑顔で言ってのけたのだった。