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「あー、泣くな泣くな」
男は参った、と言わんばかりに後ろ髪を掻くと、ミツキの肩をぽんぽんと叩いた。
「怖かったのか?まー見たところ初心者って感じだしな」
男はそう言うと、続けて何かの呪文を口にした。と同時に体の自由を奪っていたものがスッと消える。
「この辺は状態異常攻撃のモンスターが多いから、装備は事前にしっかり準備しておく必要がある。これに懲りたら肝に銘じておくんだな」
言うや否や、男は踵を返した。ミツキは慌ててその後を追う。
「あのっ、ありが……ありがとう、ございました!」
「礼なんていいぜ、たまたま通りかかっただけだしな」
「でもっ…」
この男はまごうことなき命の恩人である。このまま別れてしまっては、ミツキの気が済まない。
それでも男はどんどん先へ進んで行ってしまう。追ってくるミツキのことなど気にもとめぬ様子である。
このままでは見失ってしまう。そもそもリーチが違いすぎる。男の背丈はミツキより3、40センチほど高く見えたし、その分一歩がかなり大きい。
焦ったミツキは「せめて、お名前だけでも!」と、どこぞの時代劇のようなセリフを口走ってしまう。
言ってしまってから、(何言ってんだ、自分!)と羞恥で顔が赤くなったミツキであったが、けれどその時、返ってくる声があった。
「ユーリ」
「えっ」
思わず聞き返したミツキに、男がゆっくりとこちらを振り返る。
「ユーリだ」
それだけ言うと、男は前に向き直り、後ろ手に手をひらひらと振りながら去って行った。
(ユーリ…)
ミツキは男の姿が完全に視界から消えてしまうまで、その場に呆然と立ち尽くした。
教えてもらったその名前を、心の中で幾度も反芻しながら。
「サラヘナ湖でDEATHに出くわしたぁ!?」
「えっ、…は、はい」
そうなんです、とミツキはへらりと笑う。まさかこんなリアクションをされるとは思ってもみなかった、と内心で思いながら。
「いったいどこまで潜ったらそんな目にあうんだ?DEATHなんてダンジョンの相当奥まで行かないとお目にかかれない代物だろうに」
「あっ、いや違うんです。奥まで行ったってわけじゃなくて、トラップにひっかかったっていうか」
ミツキは慌てて目の前のロルフに対して弁明をしはじめる。ほんの世間話のつもりではじめた話だったのだが、どうやら話題選びに失敗したらしい。
ミツキはあの後、すぐにサラヘナ湖を出てカーティスに戻ってきていた。
どこをどうやって帰ってきたのかわからないくらい、道中はぼんやりしてしまっていたミツキだったが、幸いなことに近寄ってくるモンスターもなく、薬草や食料を山ほど採取(主にヴェルナーが)し、無事カーティスに到着していた。
戻ってきたその足でミツキはギルドへと向かい、落とし物捜索の報酬を得ると同時に採取してきた薬草を何処に売り払おうかと思案していたところで偶然ロルフに出会った。そしてそのままなんとなく世間話がてらに近況報告をしていたわけだが…




