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(このままじゃ、不味い)
どうしよう、とミツキはパニックに陥りそうになるのを寸でのところで踏みとどまりながら思考を巡らせる。
どうして薬草が効いていないのだろう。先ほどまでは確かに、効果があったのに。
(そうだ、ステータス!)
ミツキは急いで自身のステータス画面を開く。
すると、現在のステータス部分にいつもと違う文字が浮かんでいた。
(麻痺……重症化!?)
なんだそれ、とミツキは戦慄く。そんなの知らない、聞いてない。
(もしかして、状態異常攻撃を受けすぎると重症化して薬草の効きが悪くなる、とか…?)
都度回復していたから、問題ないと思っていたのに、とミツキは青ざめる。こういう事象も、この世界で暮らしている人たちからすれば常識なんだろうか。
(あぁやっぱり、一刻も早く仲間を増やさないと)
この世界について、自分は知らないことが多すぎる、とミツキは絶望する。そんな場合ではないことは十分承知の上で、今更どうにもならないことが悔やまれてならない。
そうこうしている間にも、DEATHとの距離は縮まっていく。もう見なくてもわかっている、現にミツキを攻撃していた残り一体のカマドウマが逃走していた。DEATHに恐怖を感じるのはモンスターも同じなのかもしれない。
(こうなったらヴェルナーだけでも…)
体が動かないだけで、声は出る。今のうちにダンジョンの外へ出るよう指示した方がいいかもしれない。
正直ひとりにされるのは怖い。けれど、ここでヴェルナーが残ったところで太刀打ちできる相手ではないし、目の前で命を落とすところを見るのも耐えられない。
「ヴェルナー!回復はもういいから、逃げて!」
ミツキがそう叫ぶのとほぼ同時くらいに、目の前に暗い影が過った。
(いやだ…っ)
ミツキはその瞬間、ぎゅっと硬く目を瞑った。直視したくなかった。目の前の現実から目を背けるように、ミツキは視界を閉ざす。
ああせめて、一瞬で片が付きますように。
そんなことを無意識に考えた、その瞬間だった。
空を裂くような、鋭い音がした。次の刹那、断末魔が木霊する。
(え…)
恐る恐る薄目を開ける。
すると、ミツキの眼前に、逞しい男の背中があった。
「無事か?」
男がゆっくりと振り返る。短く切りそろえた髪に、精悍な顔立ち。こんな時だというのにミツキは一瞬見惚れてしまう。
けれどすぐに自分の置かれている状況を思い出し、視線だけで周囲を見回す。
そこには既にDEATHの姿はなかった。それを確認して、ようやくミツキは安堵の息を漏らす。
(たす、かった…?)
もし麻痺状態にかかっていなければ、きっとその場にへたりこんでいたことだろう。
ホッとしたのと同時に、ぽろりと涙がこぼれ落ちる。
麻痺状態でも泣くことは出来るんだなぁなんて、ミツキはその時、場違いな感想を抱いたのだった。




