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(えっ、)
と思った時には遅かった。目の前には真っ黒で巨大な塊が立ち塞がっていた。
(これって……DEATH!?)
それは本屋で購入したモンスター図鑑の後半ページに載っていた、“出くわしたら必ず逃げなければならないモンスター”の内の一体だった。
大抵はダンジョンの最深部に現れ、冒険者をその名の通り死へと誘っていく高レベルのモンスターである。
攻撃は即死系、呪殺系で、防御するには専用の防具やアクセサリが必要となる。防御力も高く倒すのは困難だが、素早さに欠けている為逃げることは不可能ではないという。
なので図鑑には出くわしてしまったらとにかく逃げろ、と書かれていた。
(なんで宝箱から!?)
トラップだったのか、とミツキは己の短慮さを悔いたが、そんなことよりもまず先に────
「ヴェルナー!逃げるよ!!」
ミツキは言うや否や駆け出していた。図鑑には決して戦ってはいけないと書かれていたモンスターである。いかにミツキが自動回復スキルを持っていようと、即死攻撃を受ければ回復のしようもない。
すなわち、一撃で死んでしまうのだ。
(冗談じゃない、こんなところで死ぬなんて!)
まだ人生を充分謳歌していないのに!とミツキは冷や汗を流しながらひたすら走り続ける。ちらりと背後を確認すれば、DEATHはふわふわと宝箱の周囲を浮遊していた。追ってはきているようだがそれほどスピードはない。この様子なら逃げ切れるかもしれない。
そう考えていた矢先だった。唐突に目の前にカマドウマが現れた。
「こんな時に…っ!」
思わず舌打ちしそうになる。なんとか戦闘を避けようと試みるが一度マークされてしまうと引き離すのは難しい。正直こんなところで時間をかけていてはDEATHに追いつかれてしまう。
ミツキは焦る気持ちを懸命に押し殺し、銃を構える。こうなったら戦いながら距離を取るしかない。
(四体か、)
こういう時、単体攻撃しか出来ないのが悔やまれてならない。
(せめてもう少し素早さがあれば)
レベルが拮抗していると言っても、ステータス上の数値には開きがある。このモンスターは回避率が高く尚且つ素早さの数値が高い。その点に於いてはミツキより優れているのだ。
なのでどうしても攻撃を受けてしまうことになる。
「もー!ヴェルナー、回復お願い!」
三体目を倒したところで、ミツキはまたしても麻痺状態に陥ってしまった。こんなことなら麻痺耐性のアクセサリでも購入しておくんだったと、ミツキは深く後悔する。
そんなことを考えている間にも、背後からゆっくりと、けれど確実にDEATHが近づいてきているのが視界の端に映る。
黒いフードのようなものをかぶった、巨大なシルエット。正直正視に耐えない。
(見ているだけで、心臓をぎゅっと掴まれてるみたい)
それは本能的な恐怖だった。自分よりあきらかに強い者に対する畏怖、絶対的に能力値に開きのある相手を前にすると、こんなにも足が竦むものかとミツキは身震いさえした。
一刻も早く、この場から離れなければ。改めてそう決意したところで、ミツキは異変に気が付いた。
(あれ…、動けない…)
先ほど確かに回復してもらったはずなのに、とミツキはヴェルナーの方を見る。
すると、ヴェルナーは繰り返しミツキに対して回復をかけ続けていた。
(薬草が、効いてない?)
まさか、とミツキは思う。その瞬間、背筋がぞっと戦慄いた。
DEATHの姿は、もうすぐそこまで迫ってきていた。




