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その段になって、ようやくミツキは目の前の奴隷の容姿をまじまじと見つめた。
正直、今まではあまりのステータスの低さに数字ばかり目で追っていたのだ。外見重視と言いつつ、やはりどこかで期待もしていたのだろう。
(……大きい、)
それが、彼を見た瞬間の、率直な感想だった。
他の奴隷と比べても、彼は人一倍体が大きかった。とは言っても、どちらかというと縦に長く、筋骨隆々というよりはボクサー体系に近いような体格である。
それでも彼は立ち並ぶどの奴隷よりも、ミツキの目にはひと際大きく見えた。それはもしかしたら彼の発する威圧感のせいだったのかもしれないし、もっと別の何かのせいだったのかもしれない。
どちらにせよ、ミツキは彼を一目見た瞬間、圧倒されてしまった。そして同時に確信する。この目の前の男のステータスが、こんな凡庸な物であるはずがないと。
(えっと、名前……は、ないか)
資料に名前はなく、ただ番号だけがふられていた。ミツキは迷った末に、「あの、」と声をかけてみる。
ここの奴隷たちは声をかけられるまで、顔を上げることを禁じられていた。本来なら番号を呼ぶのが決まりなのだが、ミツキはそれに強い抵抗を感じていた。
だから根気よく声をかけ続ける。「あの、すみません、」と。
「ミドリニア樹海の奥で暮らしていたんですか?」
そこまで言って、ようやく目の前の男は自分に対し声がかけられていると理解したのだろう、僅かに反応を示してみせた。
けれど番号を呼ばれたわけではない為、男が顔を上げることはない。それでも構わずミツキは男に向かって話しかけ続ける。
「私、あの樹海の入り口までは、行ったことがあります」
ヴェルナーと出会ったあの森林の、さらに奥。もしかしたらロルフが逃げていたのは、件の戦闘民族たちからなのかもしれない。
「あの樹海のこと、詳しく知りたいんです」
正確に言えば、反魂花を含む樹海一帯、もっと言えば、この世界のすべてを、である。
けれどそれを今ここで言ってしまうわけにはいかない。ここには他の奴隷たちもいるし、きっと視界に入らないだけで監視装置もつけられていることだろう。だから必要最低限の言葉で、ミツキは男の意思を確認する。
「私のところに来てくれる気は、ありますか?」
思い切ってそう聞いてみる。すると、しばしの沈黙の後、男の下げたままの頭が、小さく上下するのが見えた。
「本当にあの奴隷でいいのか?」
ミツキから入札予定の番号を聞いたロルフは、訝し気に、それでいてどこか心配そうにそう聞いてきた。
「はい、彼がいいんです」
ミツキは笑顔でそう答えると、現時点での競争率について尋ねてみる。
「あー…素材的にはかなり良いから、正直期待してたんだが」
いざ鑑定してみりゃ、あの結果だろ?とロルフはため息を吐く。
「正直ガッカリしたぜ。それでもカムイの一族には一定の需要があるからな、一応こっちの競売にかけることにしたのさ」
(カムイ…ね)
ロルフの台詞に、後で調べておこう、とミツキは心に留めておく。仮にも欲しいと思った奴隷について、あまりに無知では怪しかろう。
「ま、ミツキは外見重視ってはじめから言ってたもんな。そういう意味じゃまぁ、もってこいの人材かもしれんが」
それにしたって、あのステータスじゃ戦力としては期待できんぞ、とロルフは言う。
「わかってます。でも、私、どうしても彼がいいんです」
強い口調でそう続けると、ロルフは説得をあきらめたように口を噤み、件の彼の奴隷としての価値について教えてくれた。




