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お姉さんの背中にあった痣が従属の印であったことをミツキが知ったのは、その翌日のことだった。
(……お姉さん、奴隷だったんだ…)
カーティスには図書館という施設こそなかったが、代わりに大きな本屋があった。どの本もそこそこ良い値がしたが、背に腹は代えられぬ。とりあえずミツキは三冊ほど購入し、うち一冊をその日のうちに読み始めた。
ミツキが読み始めたのはこの世界における人種・魔獣種の生態や生息地などを詳しく記した所謂図鑑のような書物で、簡単な歴史背景などもそれに付随して記されていた。
その中の一ページに、獣耳を持つ人に近しい存在としての魔物について書かれていた箇所があったのだ。
(人と魔獣のハーフってことなのかな…)
高位の魔獣の中には人の言葉を理解し、意思の疎通が可能な物もいるらしい。そういった魔獣と人との間に生まれた存在は劣等種とみなされ迫害されることが多いのだそうだ。
勿論中には例外もいる。が、殆どは幼い頃から成人までを奴隷として飼われ、その容姿から愛玩用として扱われることも少なくないらしい。
何故成人まで、という注釈がつくのかは、成人までは生殖能力が育っていない為だという。
逆に言えば成人まで成長すると、繁殖力が飛躍的上がるらしい。つまり、そういった目的で従属契約をしていた輩にとっては無用の長物、再び奴隷商人に売り渡すのが常套なのだそうだ。
そうやって再び競売にかけられた奴隷は勿論買い叩かれるのがオチで、大抵は家事能力を買われての下働きか、容姿を売りにした接客等の仕事に就くしかないのだという。
そして、偏見による差別は根強く、人種としてのあらゆる人権は得られていないのだそうだ。
(つまり、魔獣でも人でもない存在…)
魔物の一種として扱われることが多いと、その本には記されていた。
(見た目は、獣耳以外普通に人間なのに)
それでも、人として扱われないのが、この世界の常識なのだろうか。
(……なんだか、もやもやする)
最後に別れた時のお姉さんの寂しげな顔が、脳裏に焼き付いて離れなかった。
カーティスに着いて数日が過ぎた。
昼間は街の中を散策しつつ、本屋で買った本を読み、残りの時間はカストールに通うのが日課となっていた。
カストールは夜はとても忙しいが、昼間は本当に暇らしく、お姉さんはよくミツキの話し相手になってくれた。
お姉さんの名前はダリヤと言うらしかった。ミツキは彼女からカーティスについてだけじゃなく、色々な話を聞くことが出来た。
陽が暮れてからは、街の外へ出て銃の練習とモンスターの落とすアイテム集めに精を出した。
ギルドで出ていた依頼のひとつに、道具屋からの依頼があった為、ミツキはそれをピンポイントで狙うことにしたのだ。
(この街の周辺地図、欲しいもんね)
その為には何よりもまず、道具屋の店主と顔なじみになるしかない。
幸い依頼されていたアイテムはカーティスとマティスの間の街道に出る怪鳥が落とす物だった為、銃の練習にも役立った。
夕方から夜にかけてをそうして過ごし、五日目の昼に、ミツキはダリヤからロルフがカーティスに入ったことを聞いたのだった。




