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宿の場所はすぐにわかった。
「何泊のご予定ですか?」
「えっと……未定なんですが」
「では先に三日分のご宿泊料金を頂きます。宿泊費には朝食代と夕食代が含まれておりますが、取る取らないは自由です」
そう言って営業スマイルを浮かべる宿屋の受付の女の子の頭には、茶色い猫耳がついていた。
表情に合わせてふよふよと動いているところをみると、どうやらコスプレではなく本物臭い。
(さすが異世界…)
なんでもアリである。
(当然のように二人分とられた…)
ま、そりゃそうか、と納得しつつ案内された部屋に足を踏み入れる。
ベッドがふたつに洗面台と簡易キッチンのついた、簡素な部屋だった。
(マティスで泊まった部屋が豪華過ぎたんだろうな…)
部屋にバストイレ付だなんて、きっとこの先早々あることじゃないのだろう。
ミツキは宿屋の一階で出されたご飯を食べつつ、この先の行動予定について考えることにした。
(とりあえず街の散策をしつつ、ロルフについての情報を集めようかな)
とは言っても、出会う人に直球で聞いて回るわけにもいかない。この世界に於いて奴隷という存在がどんなものなのかを、まず知っておく必要があるだろう。
(迂闊に聞いて、変なことに巻き込まれたら嫌だもんね)
ならばまずは酒場に行くのがいいだろうか、とミツキは思う。RPGに於いて情報の宝庫と言えば酒場と相場は決まっているのだ。
昼間ならそう治安も悪くないだろう、そう考えたミツキは食事を終えたその足で酒場へと行ってみることにした。
受付の猫耳少女の話によると、カーティスに酒場は三つあるらしい。どこも昼間はわりと健全だが、夜はそこそこ危険もあるようなので、あまりおススメはしないと言われてしまった。
中でもいちばん危険とされるのが裏通りに店を構えるカストールという酒場らしい。
(そう言われちゃうと、行ってみたくなるのが人の性ってもんよね)
大体にして、知りたい情報というのはそういう場所にこそ転がっているものなのである。
夜はまだしも、今はまだ陽も高い。昼の内に足しげく通って顔見知りを作っておくのが得策だろう。
「えっと、裏通りは、っと…」
げっ、とミツキは顔を顰める。
表の通りから一本外れただけで、急に雰囲気ががらりと変わった。
(あー、これは…いかにもな空気だなぁ…)
すれ違う人は皆下を向き、人と目を合わさないようにしている。立ち並ぶ店の雰囲気も明るく色鮮やかな表通りと比べて、かなり寒々しい雰囲気を放っていた。要するに、どの店もとても繁盛しているようには見えない。
(でも、ちゃんと需要はあるみたい)
一見寂れているようで、よく見ればちゃんと客の姿はある。そこはかとなく怪しい空気が充満しているが、ここはここでこの街に必要な場所なのだろう。
(道具屋…武器屋…防具屋…呪術屋?)
いったいどんなものが置いてあるのだろう、表の道具屋等とはあきらかに門構えからして違っている。気になって仕方がないが、今はとりあえず後回しである。
(暗くなっちゃったら、さすがに怖いもんね)
ミツキは立ち並ぶ店に後ろ髪を引かれながらも、カストールを目指して歩き続けた。