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ちなみにギルドで請け負うことの出来る依頼の中に、落とし物捜索というのがある。
これは魔獣の出没する湖畔や森林に何らかの理由で足を踏み入れ、その際に紛失したものを見つけてきて欲しい、という依頼である。
この依頼を受けると、自動的に地図にはその場所が浮かび上がってくるらしい。なので行ける場所を増やしたいのなら落とし物捜索を多く請け負うのが良いとギルドのおじさんは言っていた。
手紙配達も同様である。湖や森が街や村に変換されるくらいの違いでしかない。
マティスのギルドでの依頼の中に、残念ながらカーティスへの手紙配達はなかった。
カーティスに行く前に色々寄り道するのもアリかな、と思わないでもなかったが、やはりここは初志貫徹。
(カーティスに着いたらヴェルナーの分の冒険者登録をして、パーティーを組んで…)
そして、ロルフを探しに行こう。
(それからのことは、その時考えればいいよね)
あまり一気に多くのことを求めてはいけない。目標は小さく、手の届く範囲で。
それが以前の世界で身に着けた、ミツキの処世術だった。
「うわ、でっか…」
遠目からでもわかる巨大な門扉に、ミツキは思わず足を止めて唖然としてしまう。
(大きな街とは聞いていたけど、ちょっと予想以上かも…)
マティスの5倍くらいは軽くありそうである。門扉の前には甲冑姿の男がふたり、道を挟んで立っていた。
門番みたいなものだろうか。勿論、マティスにはあんな人はいなかった。さすが大都市カーティスである。
門番の存在にビビりつつも、ミツキはそろそろと足を進める。ここまで来て引き返すことなど到底出来ない。
(だ、大丈夫、だよね…?)
ちらり、とミツキはヴェルナーに視線を落とす。ここまでろくに誰ともすれ違わなかった。なのでミツキがヴェルナーを連れて歩いているところを、第三者に見られることはなかった。
(出来れば街に着く前に、確認しておきたかった…!)
けれど道中、本当に誰にも出会わなかったのだ。やはりこの世界では徒歩移動などあり得ない手段なのだろうか。
(でも忠誠の証があれば、街に入れてもらえるんだよね?)
ヴェルナーが魔獣だったとしても、とミツキは視線をその喉元へと移す。うん、自分の目から見ても、そこにはしっかりと赤い印が刻まれているように見える。きっと大丈夫、大丈夫…。
ミツキは半ば暗示をかけるようにそう心の中で繰り返すと、歩幅を広げて足を速めた。もしダメだったら走って逃げよう!そう心に決めて、ミツキは門扉の前に立つ。
すると、ミツキから見て左に立つ甲冑姿の男が、「うわぁっ」と怯えたような声をあげた。
「まっ、魔獣!」
恐れていたリアクション…!とミツキが逃げる準備をしたその時、逆側に立っていた男が「馬鹿、よく見てみろ」と呆れたような声を出す。
「この魔獣は忠誠の儀を受けている。そこらの魔獣とはわけが違うんだ」
「えっ?あぁ、本当だ…」
すまないな嬢ちゃん、と右に立つ男は謝罪の言葉を口にする。「コイツはまだこの任に着いて日が浅くてな」と隣に立つ男を指さしため息を吐く。
「忠誠の証を持った魔獣にまだ会ったことがなかったんだ。堪忍してくれ」
「いっ、いえ…」
気にしてませんから、とミツキはぎこちない笑顔をつくる。すると左の男が申し訳なさそうに頭を下げてきた。
「申し訳ない、勉強不足で」
「いえ、顔を上げてください」
慌ててそう言うと、左の男──声の感じからすると若そうである──は、腰を屈めてヴェルナーをまじまじと見つめはじめた。
内心穏やかでないミツキだったが、そこはぐっと堪える。なるべく怪しまれないよう平静を装いつつ、ミツキはただ黙って男の様子を見守っていた。
「へぇー…、これが忠誠の証ってやつなんですね」
俺、はじめて見ました、と男は感心したように言う。すると右の男──こちらはやや中年といった風情である──が、「最近は軍関係者があまり来ないからな」と、ちょっと気になることを口にした。
「軍関係には魔獣や魔鳥の類がわんさといるからな。お前もそのうち嫌ってほど目にするだろうさ」
「話には聞いていたけど、本当におとなしいんですね」
凄いなぁ、と左の甲冑姿の門番は無邪気そうな声をあげる。随分と素直そうな若者である。