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「えっ、もう出発しちゃったんですか…っ」
黒髪の少年は驚きと失望の入り混じった声で、金髪の青年に詰め寄ってみせる。
「残念でしたね、アデル。半日遅かったようです」
「そんな…」
肩を落とすアデルと呼ばれた黒髪の少年に、銀髪の少年が慰めるように声をかける。
「仕方ないさ、これでも最短距離で来たんだ」
これで間に合わなかったのだから、どうあがいても無理だったのさ、と銀髪の少年───フランシスは慰めにもならない言葉を吐いた。
そんなフランシスを軽く睨みつけて、アデルは金髪の青年───シグリットに再び向き直る。
「カーティスに行くって言っていたんですよね?なら次の補給地はそこにして───」
「あんな大きな都市に立ち寄る理由は、今の私たちにはないはずですよ」
「でも通り道なんだし、少し寄り道するくらい…」
そう言いかけて、アデルは口を噤む。シグリットが笑いながらとても冷ややかな視線を自分に向けていることに気づいたからだ。
「…申し訳ありません、出過ぎた真似でした」
「わかればいいのですよ」
シグリットはにこりと微笑むと落ち込む様子を見せるアデルの頭を軽く撫でる。
「まぁそれはそれとして、ふたりともお疲れさまでした。思っていたよりも早い到着でしたね」
「それは、……その、頑張りましたから」
「アデルがどうしてももう一度あの人に会ってお礼が言いたいっていうから、道中ろくに休みも取らずここまで来たんですよ」
「フランシス!」
「なのに結局会えずじまいで、報われませんね」
「うるさいぞ、フランシス!」
目の前で勝手に喧嘩をはじめた部下ふたりに、シグリットはやれやれと肩を竦める。
(もう一度諭してもいいが、ここは大目に見てあげましょうか)
何を隠そう、件の彼女が早々にマティスを去った原因は自分にあるのだ。それを口に出す気は更々ないが(出したところでアデルに反論出来ようはずもないが)、小指の先ほどの罪悪感くらいはないこともない。アデルの心に芽生えたほのかな恋心に水を差すつもりはないけれど、正直なところ応援する気もないのだから。
(まぁでも、鈴はつけておいた)
彼女は十中八九ギフト持ちだ。それもひとつではなく、複数タイプ。
(あんな逸材、よくあの年まで普通に生活していられたものだ)
あれだけ無防備に過ごしていながら、彼女にはどう見ても“他の王子”からの接触はなかった。それを好都合と捉えるか否かは、現段階では非常に判断に苦しむところである。
(カーティスに行くと言っていたな…)
冒険者登録自体はマティスでも可能だったはず。現に彼女は滞在時に冒険者登録を済ませていた。
ならばわざわざカーティスを目指していたのに理由はあるのか。
(もしかして、誰かと待ち合わせでもしているのか)
ひとりつけておくか、とシグリットは思案する。他の王子のお手つきになるくらいなら、という気持ちもあるが、今のところは自由に泳がせておいても問題はないだろうとシグリットは考えていた。
そもそも罠かもしれないのだ。不用意に手を出して痛くもない腹を探られるのは御免である。
(痛くもない…わけでもないのですが、)
まぁそれはそれ、とシグリットは微笑する。自分にとって仕えるべき主は第七王子であるあの方だけなのだ。例えこの先誰が王位継承権を得ようとも、そこだけは変わらない。変えられない事実。
目前ではフランシスがアデルに「きっとすぐにまた会えるさ」と希望的観測を口にしていた。
それに反論しつつもそうだったらいいな、という表情を見せるアデルに、シグリットは内心で思う。
(私もまた彼女に会えたらいいなと思いますよ。……我が王子に敵対する意思を見せないのなら、ね)
この国の状況は刻一刻と変化している。読み間違えるわけにはいかないのだから。




