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どうしてこんなことになったんだろう。
(いや、結局は自分が望んだことなんだけどさぁ)
ミツキは目の前の可愛らしい小花をプチプチと千切りながら、埒もない問答を心の内で繰り返す。
確かに自分が望んだ。自分の意志で、自分が決めたことである。
(あのまま死んで、また病魔に蝕まれる体に生まれ変わるより、健康な体を手に入れられるなら、って…)
確かに思った。確かに願った。でも、これは、あまりにも、───
「途方もないよ…、どうしよ、これから…」
元の草原地帯に戻ってきたミツキは草むらの上に座り込み、そうして時折空を仰いでは大きなため息を吐くのを繰り返していた。
異世界なんて言われても、正直なところどんな世界なのか皆目見当もつかない。ぱっと見人気は全くないし、雨風をしのげそうな建物もない。見渡す限りの草原はそりゃ景色としては素敵だし綺麗だとも思うけれど、こんなところにポンと放置されたのではたまったものじゃない。せめて人の生活跡でも見つけられればまだ安心できるようなものの、それさえない。ハッキリ言って、ここには何もないのである。
「どうしよ……世界に私たったひとりとかだったら…」
そんなのさみしくて絶望してしまう。生きていけない。
いくら健康な体を手に入れられたからって、こんな世界じゃ生きる希望もくそもない。
「まぁ、悲観するのはまだ早いんだろうけど…」
はぁ、と何度目かのため息吐いて、ミツキはゆっくりと立ち上がる。
手には即席で作った花の冠が握られていた。
昔、自宅療養が出来ていた頃に、お母さんに教えてもらって何度か作ったことがあった。
あの時は庭に咲いていたシロツメクサで作ったけれど、今は名前もわからない異世界の草花で代用してしまった。
見た目としては、まぁそこそこの出来である。
(……ほんとは埋めてあげた方がいいんだろうけど)
あいにくスコップもなく、それに代わるものも見つけられなかった。
ミツキはのろのろと先ほど足を踏み入れた森の中に入っていく。またあの場所に戻るのはとても勇気のいることではあったが、正当防衛とはいえ自分が殺めてしまった生き物に対する罪悪感の方が今は強かった。
それに、このまま果てのない草原を歩き続けるよりは、危険を承知で森の中に入った方がまだマシのようにも思えたからだ。
(だって森の中なら、木の実とか…何か食べられるものがあるかもしれない)
とどのつまり、ミツキはお腹がすいていたのである。
ついでに言うならば、喉も乾いていた。
それでも森の奥にまで入り込むような勇気はない。せいぜい入り口付近を探索し、水分がとれそうな果物とかがあればいいな、くらいの算段である。
先ほど襲われた獣の死骸からは、出血の跡が見られなかった。
なので血の臭いにひかれて他の獣が寄ってくるようなことも、しばらくはないのではないかとミツキは考えていた。
(さっきはただやみくもに入っていっただけだったけど…意外に足跡が残ってるもんだね)
ここに来てようやく気付いたことだか、ミツキは今、見たこともない格好をしていた。
上からかぶるタイプのベージュのワンピースに、木で作られたような丸みをおびた靴。
腰まで伸ばしていた髪は、バンダナのようなもので一つにくくられていた。
どれもこれも自分の意志で着たり身に着けたりした覚えはない。これはいわゆる初期装備的なものなのだろうか。
(初期装備って……康太に貸してもらったゲームの影響受けすぎかな)
自分の発想に、ミツキは苦笑いをこぼす。生前ベッドの上で暇を持て余し気味だったミツキに、弟の康太はよくゲームを貸してくれた。
アクションやシューティングは苦手だと言ったところ、康太はよくRPGを持ってきてくれた。とはいっても、最近のものではなく、ひと昔前に流行したようなものばかりで、ロードにもいちいち時間がかかるようなレトロな仕様なものが多かった。
今にして思えば、少ないお小遣いの中からやりくりして、中古屋さんで買ってきてくれていたのかもしれない。今時の男の子が好んでやるようなゲームにはおよそ見えなかったからである。
それでも、ミツキは康太が持ってきてくれるゲームが好きだった。何かに集中している間は余計なことを考えずにすむ。気分が悪くても、どこか痛む箇所があっても、ゲームをしている間はそれがほんの少し緩和される気がしていた。
もちろん長時間はできないし、すぐに疲れてしまうこともあった。けれど画面の中の主人公を操って、自分好みにカスタマイズしていく行為はミツキにとって快感でもあった。
現実では決して出来ないことを、画面の中の主人公が代わりにやってくれている。そう思うことで、ミツキは現実との折り合いをつけようとしていた。たとえそれが逃避や妄想でしかない行為だったとしても────ミツキにとってそれは、必要な代償行動だったのかもしれない。




