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(代わりになるって、それって…)
もしかして、何らかのスキルによる効果、ということなのだろうか。
(例えば、幻視スキルのような…)
あり得ない話ではないのかも、とミツキは思う。ステータスを錯覚させることが出来るのだから、現実世界にある物質を誤認させることだってもしかしたら可能なのかもしれない。
(でもそれって詐欺っていうか、……周囲の人を騙すってことだよね?)
もしバレた場合、何らかの罪に問われたりはしないのだろうか。
「勿論これは違法行為です。発覚した場合最悪投獄されるでしょう」
ミツキの心中を察したように、シグリットがそう続ける。
「と、投獄っ?」
「ですので最終的な判断は貴女に任せます。使用するか否か、それを決めるのは貴女自身です」
そう言いながら、シグリットはミツキの手にペンダントを握らせる。それは見た目以上にずっしりとした重みを持っていた。
「……何故こんなものを私にくれるんですか?」
そう聞きながらも、ミツキは気付いていた。これは取引だと。
「いったい私に何を求めているんですか?」
「………今のところは、何も」
嘘だ、とミツキは思う。けれど、シグリットは「本当です」と微笑を浮かべてみせる。
「然るべき時に、私共の味方になってくださればいいなと、そう考えてはおりますが」
(味方…)
意味深長な物言いを続けるシグリットに、歯がゆさが募っていく。
けれどシグリットは決定的な言葉は口に出さない。十中八九、この男はミツキの秘密に気が付いている。確信があるとまではいかないが、ある程度の予想はついている、といったところだろう。
(敢えてそれに触れない代わりに、取引に応じようとさせている。……でもそれって、半ばカミングアウトしているようなものじゃない)
とはいえ、ここでこの申し出を断ったところで、疑惑の目は晴れないだろう。下手をすれば皆の前で告発されることにさえなりかねない。
そうなった時、自分に上手い立ち回りが出来るとは到底思えなかった。精々ヴェルナーを連れてこの街から逃げ出すのが関の山だ。
ならばいちばん穏便にことをやり過ごす方法は───
(……癪だけど、今は受け入れるしかないのかな)
ミツキは掌の中のペンダントに視線を落とす。このペンダントがあれば、ヴェルナーを連れて街の中に入れる。冒険者登録をさせて、パーティーを組むことも可能だろう。
だがその代わりに、シグリットに弱みを握られた形にもなるのだ。
(色々納得できないけど、でも、)
自分は今ここで、立ち止まるわけにはいかないのだ。冒険者登録もしたばかりだし、自分の力でこれから先の生活を切り開いていかなければならないのだ。
(その為には───多少の理不尽も飲み込むべき、なのかなぁ…)
こんなことなら、あの時馬車になんて乗らなければ良かった。
ミツキはちいさなため息をひとつ吐いて、掌の中のペンダントをぎゅっと握りしめる。
「……わかりました。考えておきます」
そう一言口にすると、シグリットは満面の笑みで頷いてみせた。
「貴女の賢明な判断に」
シグリットはそう言うと、ミツキの手の甲に軽いキスをして、退室していった。
閉じられた扉を確認し、ミツキは深い嘆息を漏らす。
(……もう、明日にでもこの街を出よう)
一刻も早く、シグリットから距離を取りたくて仕方がなかった。




