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「失礼しました。こちらをどうぞお使いになって下さい」
「……どうも、ありがとうございます…」
結局専用のアイメイクリムーバーを貸してもらい、ミツキは再度洗顔をした。
その間シグリットは何事もなかったかのように、しれっと部屋の中で待機している。部屋の中で待ってる必要ないんじゃ…とは思ったものの、自ら招き入れたようなものなので引くに引けず、結局放置状態。ミツキの準備が整うまで待ってくれている様子である。(別に頼んでないけど)
「お待たせしました…」
洗顔を終え、寝癖を直したミツキがそう言ってシグリットの前に立つと、シグリットはいつの間に準備していたのかお茶の用意の整ったテーブルへとミツキを促した。
確かに室内には茶器が置いてあったが…。
(まぁいいや、今更お礼を言うのも馬鹿らしい)
さっき盛大に笑われた恨みがまだ晴れていないミツキは神妙な面持ちで着席すると、とっとと要件を聞くべく口火を切った。
「昼間の話の続きですよね?」
そう切り出すと、シグリットは苦笑するような表情を浮かべる。
「続き、というよりはむしろ補足でしょうか。昼間我が主の口から説明されたことは全て真実です。そこになんの他意もございません」
ですが、貴女にとっても疑問は少なからず残ったはず、とシグリットは続ける。
「疑問……私が、ですか?」
「主とて誰彼構わずこの話をしているわけではございません。勿論この街には先の目的の為に訪れました。その道中貴女に出会った───それは間違いのない事実です」
「はあ…」
「貴女は主の話を聞いて、率直にどう思われましたか?」
「どうって…」
そう言われても、とミツキは思う。どこまで正直に話していいかなんてわからない。
「……国の為に、ギフトを受けた子供たちを探しているんですよね?その志は立派だと思いますけど」
私には正直、あまり関係のない話かなと思いました。
そう続けたミツキに、シグリットは「そうですか」と目を伏せる。
「では、貴女にとって関係のある話だと感じれば、貴女はこの話題にもっと積極的に関与してくれるのでしょうか」
「?どういうことでしょう」
何を言われているのかわからない、と首を傾げるミツキに、シグリットは懐から真鍮製のペンダントを取り出した。ペンダントトップには、トカゲのような模様が刻まれている。
「こちらを差し上げます」
「あの、これは…」
「これをあの獣の首元に下げれば、他の人間からは忠誠の証を得たように見えるはずです」
「えっ…」
予想外のことを言われて、ミツキは目を丸くする。いったい今の会話の流れの何処にヴェルナーのことが入り込む余地があったのだろう。
「どういうことですか?」
思わずそのままの疑問を口にする。するとシグリットは「忠誠の儀を執り行えない事情がお有りのようでしたので」とミツキの目を真っすぐに見据えてそう言った。
「それは…」
「けれど貴女はあの獣とどうしてもパーティーを組む必要性を感じているご様子。忠誠の証は魔獣の急所、喉元に刻まれるものです。このペンダントがそれの代わりを果たしてくれることでしょう」