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「送って下さって、ありがとうございました」
宿の自室の前で、ミツキはシグリットに対し深々と頭を下げる。
結局ドレス等々は受け取ることを了承してしまった。意外というか何というか、シグリットはかなり押しが強い。
ミツキもミツキで段々押し問答が面倒くさくなり、なし崩し的に受け入れてしまった感が強い。
(タダより高いものはないって、よく言うけど…)
シグリットの申し出を断る方が、今のミツキにとっては面倒かつ怖いことのように思えたのだから仕方がない。なので合わせてそのお礼も口にしておくことにした。
「頂いたドレスも、大事にしますね」
そう言って部屋に戻ろうとしたミツキを、シグリットは意外にも引き留めてきた。
「先ほどの話なのですが」
「はい?」
先ほどの話とは、いったいどの話のことだろう。そう思ったのが顔に出ていたのだろう、シグリットが「ギフトについてです」と付け加える。
「あぁ…」
「もし貴女が望むなら、もう少し詳しい話を私の方からご説明出来るかと存じます」
「詳しい話、ですか?」
「もし興味がお有りなら、今晩この部屋の扉を二回ノックします。話を聞く気持ちがあるなら扉を開けて頂ければと思います」
「……今じゃダメなんですか?」
「ダメです」
「……(即答ですかー)」
一応わかりました、とだけ答えて、ミツキは自室へと戻る。扉を閉めた途端に、何故だかドッと疲労感が押し寄せてきた。
(なんか、すっごく疲れたかも…)
体力的な部分ではなく、精神面が削られた感じがする。そんなことを思いながら、ミツキはそのままの格好でベッドへとダイブする。
(はー、ベッド最高、……ちょっとだけ、一休みしようかな)
目が覚めたら着替えて、この街の道具屋へ行ってみよう。シグリットのことはその後ゆっくり考えればいいや、とミツキは襲い来る睡魔にそのまま身を任せることにした。
その選択が間違いだったことに気づくのは、次に目を覚ました時、とっぷりと暮れた窓の外の景色を見た後でのことだった。
(やばい、寝過ごした…)
すっかり日の落ちた窓の外の景色を呆然と見つめながら、ミツキは顔を青くさせる。
ちょっとのつもりだったのに、とミツキは慌てて着替えをはじめる。早く脱がないと皺になってしまうし、(もう手遅れかもしれないが)髪もすっかり寝癖がついていた。
何よりマスカラをしたまま寝たものだから、顔面が物凄いことになっていた。急いで顔を洗ってみても、なかなか上手く落ちてくれない。メイク落としなんてものは勿論持っていない為、苦戦に苦戦を重ねていると、なんとタイミングよく(悪く?)部屋の扉がノックされた。
(どっ、どうしよう…!)
こういう時、咄嗟の判断力というものが試されるのかもしれない。
生憎、ミツキにそういった意味での対応力は皆無であった。なのでミツキは半ば何も考えずに自室の扉を開けてしまう。
「………………」
そして、自分を見て目を見開いているシグリットの顔を見て、ようやくミツキは己の失態に気づいた。
(……無視しとけば良かったんじゃん…)
シグリットが盛大に噴き出したその瞬間、ミツキは心の底から、そう後悔した。