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通された部屋に入ると、意外なことに室内は薄暗かった。
(え……まだ昼間だよね?)
突然夜になってしまったような錯覚を覚えながら、ミツキは促されるままテーブルの端の席に座る。
室内の窓は締め切られており、灯りは部屋の数か所にある蝋燭の炎のみ。かろうじて手元の食器は確認出来るが、その先はもうよく見えない。
「ようこそおいで下さいました」
唐突に暗闇の中から声が聞こえてきて、ミツキはひっ、と悲鳴をあげる。が、すぐにシグリットに咳ばらいをされ、それがシグリットの主の声であることを悟る。
(お、怒んないでよー…)
ミツキの斜め後ろに控えている様子のシグリットをチラ見しつつ、ミツキは声の聞こえてきた方へと視線を向ける。
部屋の中央に置かれた縦に長いテーブルの端と端に、恐らく自分たちはいるのだろう。
(なんとなく……うっすら、見えるような見えないような…)
その程度でしか相手の姿を確認出来ない。思えば馬車に乗っていた時も顔を隠していたし、もしかしたら大っぴらに顔を出せない理由があるのかもしれないなとミツキは思う。
(あんまり詮索してもしょうがないし……ここはひとつ、スルーでいこう)
ミツキはそう判断して、部屋の薄暗さについては触れないことにした。ただ宿屋に泊めてもらったことと、昨夜のご馳走についての謝辞を述べる。
そのうち前菜が運ばれてきて、暗闇の中での食事がはじまった。ご飯を食べたばかりのミツキであったが、不思議ともりもり食べられた。出てきた料理が抜群に美味しかったせいもあるかもしれない。
ほぼ無言のまま最後のデザートを食べ終え、食後の紅茶の香りを堪能していたところで、ようやく薄闇の向こうから声がかけられた。
「貴女はギフトという言葉を聞いたことはありますか?」
「ギフト……ですか?」
いいえ、とミツキは正直に否定する。見栄を張ってもしょうがない。
「この世界では、稀に生まれながらにして特殊な能力を授かった特別な子供が存在するのです」
「はぁ…」
いったい何の話だろう、とミツキは思う。
けれど疑問を口にする隙もなく、続く言葉が聞こえてくる。仕方がないのでミツキはただ黙って、その穏やかな口調で語られる話の続きに耳を傾けることにした。
「特殊な能力と言っても、一概には言えません。ただ他の人間とは最初の段階から明らかに異なる、平均よりも高度な能力を持って生まれてくる子供───我々はそのような存在を神の子と総称しています」
(神の子…)
穏やかじゃないな、とミツキは思う。そしてちょっと宗教じみてきたな、とも。
「貴女も知っての通り、自身のステータスは自分にしか見ることが出来ません。特殊な方法で確認することは可能ですが、基本的に余程のことがない限りそんな事態には陥らない。その為そのような特殊な能力を授かって生まれた子供を見つけることは非常に困難でした」
(自分のステータスは自分にしか見えない、か…)
この場合の特殊な方法とは、鑑定然り、従属状態を指すのだろうか。
(突っ込んで話を聞きたいところだけど、無理そうだなぁ…)
何より後ろに控えているシグリットの反応が恐ろしい。下手なことを口にするとややこしいことになりそうで、やはりミツキは沈黙することを選んだ。
「なので近年、国としては神の子───特殊な能力を持つ子供たちを一堂に集め、保護する法律をつくりました。これによって集められた子供たちは国の運営する機関の元、それぞれに相応しい教育を無償で受けることが可能になりました」
ですがやはり、神の子とは貴重な存在です、と声の主は続ける。
「いくら国の法律で定められたとはいえ、所詮は自己申告が基本です。本人や近しい人物が口を噤んでしまえば折角の能力も秘されてしまう。国に差し出すより小さなコミュニティの中でその能力を独占しようと考える人間も少なくはないのです」