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シャワーを浴び終え髪を乾かしていると、部屋の外から微かな物音が聞こえてきた。
薄く扉を開けてみると、部屋の前に箱が幾つか置かれてある。どれも青地に茶系のリボンがかかっていた。なんというか、気品に満ち溢れた包装である。
(……着替えって、もしかしてこれ?)
持ち上げるとどれもそこそこ重量感がある。ちょっと嫌な予感がしつつもとりあえず開封してみることにした。
「おおう…」
中から出てきたのは煌びやかな宝飾類にハイヒール、それに深いブルーのロングドレスだった。
(これ着て降りて来いってか…)
確かに、昨夜の食事会の時にはシグリットの主とやらの姿は見えなかった。
とはいえ、この宿屋にも無償で泊めてもらっているし、昨夜も散々ご馳走してもらっていた。持て成しというのならもう充分に受けているし、これ以上は過剰接待な気さえする。
(……とはいえ今更断れないし、ドレスコードだって言われれば拒否のしようもないか…)
ミツキは渋々ドレスに袖を通してみる。胸元がガッツリ空いている…のはネックレスとの兼ね合いのせいなのだろうか…。ちょっと微妙な気分になりつつも、鏡を見てみれば何故か全体としては上品な仕上がりとなっていた。ひとつひとつは華美な印象なのに合わせてみると妙にしっくりとくる。これも送り主のセンスのたまものなのだろうか。
(ハイヒールなんて初めて履いた…)
というより、こんな格好したことがない。嬉しいような申し訳ないような恥ずかしいような、複雑な気分である。
髪につけるアクセサリーも入っていたので、軽くブラッシングした髪をハーフアップにしてみた。メイク用品も入っていたが生憎自分でしたことがないのでマスカラとリップだけで勘弁してもらうことにする。
さて、大方の準備は出来たかな、といったところで部屋の扉がノックされた。まるで見ていたかのようなタイミングの良さである。
「は、はーい」
ちょっときょどりつつも、ミツキは扉を開ける。するとそこに立っていたのはシグリットの部下と思わしき人物だった。
「シグリット様がお待ちです。どうぞこちらへ」
「は、はぁ」
シグリットの主、ではなくて、シグリット様なのね、と細かいところに引っかかりを覚えつつ、ミツキは迎えに来た人の後をおとなしくついていくことにした。
てっきり昨夜夕食を食べた場所へ連れていかれると思っていたのに、部下の人は宿屋を出るとさらに街の奥、昨日シグリットたちが消えた方向へとミツキを連れて行った。
(ど、どこ行くのかな…)
履きなれないハイヒールのせいで、足元がおぼつかない。出来ればもう少しゆっくり歩いて欲しいんだけど……と苦情を口にしようとしたところで、真っ白な建物が見えてきた。
一目でわかる、金持ちそうな人の家、とでも言うのだろうか。そんな印象の建物だった。見るからに他の街の建物とは毛色の違うその中へと促され、気後れしつつもミツキは足を踏み入れる。
すると入ってすぐの螺旋階段の傍に、先ほどと全く同じ姿のシグリットが立っていた。
「非常によくお似合いですよ」
そう微笑まれ、ミツキは途端に居心地の悪さを感じる。何故だろう、褒められているのに貶されているようにしか受け取れないのは…。
(私って、こんなに疑り深い性質だったかな)
自分で自分の反応に首を傾げつつ、ミツキは愛想笑いを返す。するとここからはシグリットがエスコートしてくれるらしい。手を差し出され、ミツキはその手をじっと、まじまじと見つめる。
(手を取れって、ことなんだよね…)
若干の躊躇を覚えつつも、最早ここまでくると抵抗する気力もない。おとなしく右手を預けるとシグリットはそのまま螺旋階段を上がっていった。
せめてもの救いは、シグリットの歩みが非常にゆっくりとしたものだったことくらいである。
ミツキは妙な緊張で、胃液が逆流しそうになっていた。




