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「代わりに一般化されてきているのは忠誠の証の方ですね。こちらは知能レベルの比較的高い魔獣であるなら、一定のレベルに達していれば魔力量もさほど必要とはなりません。代わりに強い信頼関係が求められますが、見たところお二人の関係は良好そうなので、問題はないかと思われます」
「………………」
シグリットの台詞に、ミツキは黙り込む。自分とヴェルナーの関係が良好そうに見えるのは、ヴェルナーのステータスが従属状態にあるからである。
このステータスが変わらない限り、ヴェルナーはミツキの意に沿わぬことはしないだろう。
(でもそれは、信頼関係があるからじゃない)
「……あの、質問なんですけど」
「なんでしょう」
「先にどちらかの状態で出会ったとして、その後別のステータスに上書きすることは可能なんでしょうか」
「と、言いますと?」
「例えば……従属状態で出会ったとして、その後忠誠の証を得ることは…」
可能ですか?と聞き終える前に、シグリットが噴き出した。笑われてしまうほど愚かなことを聞いただろうかとミツキが心中で狼狽えていると、「面白いことを聞きますね」とシグリットが肩を揺らしながら笑いかけてくる。
「す、すみません、無知なもので…」
「いえ、いいんですよ。非常に面白い発想です」
シグリットはそう言うと、「そうですね、」と唇に指をあてたまま話し出す。
「基本的に従属状態にある者を別のステータスに上書きする術はありません。従属というのは強制的に行われる行為であるのに対し、忠誠というのは自発的に行われる行為です。まずそこに大きな違いがある」
「はい…」
「仮に従属状態の者に忠誠の儀を執行したとして、それは元の契約者の意向を無視する形となってしまう。この場合優先されるべきは最初の契約です。ステータスの上書きが可能なら、奴隷商売など成り立たなくなってしまう」
(そりゃ、そうだ…)
ちょっと考えればわかりそうなことである。ミツキは自分の発言を酷く悔いた。
「ただ、そうですね……仮に契約者が同一だった場合は、その限りではないかもしれませんが」
「えっ?」
シグリットの台詞に、ミツキは思わず目を見開いた。すると、とても愉快そうな表情をしたシグリットと視線が合う。
「まぁこれは私の推測によるもので、前例はありません。奴隷の状態から忠誠を得ることが出来るなら、こんなに素晴らしいことはありませんからね」
「は、はぁ…」
シグリットの言い方だと、そんなことをするような人間はまずいないだろう、と言っているようにも聞き取れる。
(従属状態にあるのに、わざわざ忠誠の儀をする必要なんてないのはわかる)
呼び方が違うだけで、効果としては一緒なのだ。ただ強制的に従わせているか否かの問題だけで。
(仮に、失敗したらどうなるんだろう)
そう思ったのが顔に出たのか、すぐにシグリットがその答えをくれる。
「同一契約者の場合、仮に儀式に失敗したとしてもステータスの変更が出来ないだけで、デメリットはないはずですよ。ただ、まぁ……精神的なダメージを負ってしまう可能性はありますが」
「精神的な、ですか?」
だってそうでしょう?と、シグリットは意地の悪い笑みを浮かべて見せる。
「お前は私の主に相応しくない、忠誠に値しないと言われているようなものですからね」




