40
結果、三人に背中を押される形でミツキとヴェルナーは馬車に乗ることになった。
馬車の前で甲冑姿の二人とは一旦お別れをし、いざ馬車の中に乗り込もうとすると、そこには先客があった。
「諸事情により多くは話せませんが、私共の主です」
びっくりして足を止めたミツキの背後で、男がそう説明する。主と紹介されたその人は、白布で顔を隠していた。
(……こんな格好の神様の話を、昔読んだことがある気がする)
あれはどんな神様の話だっただろうかと、そんな埒もないことがふと脳裏を過ったところで着席を促される。ミツキは慌てて空いている席に座った。
馬車の中は意外にもゆったりとした造りになっていた。続いて乗り込んできたヴェルナーがミツキの足元に落ち着くと、最後に入ってきた男が馬車の扉を閉める。
と、同時に馬車は動き出した。はたから見ている分には随分スピードが出ているように思えたが、乗っているとそんな風には感じない。もっと揺れたりするのかと想像していたのだけれど。
「自己紹介が遅くなりましたね、私はシグリット=アーシェンと申します」
「あっ…、こちらこそ名乗るのが遅くなって…」
ミツキは少々悩んだ結果、下の名前だけを名乗ることにした。
「ミツキ……さん、ですか」
「ああ、いえ、ミツキで結構です」
「では私のこともシグリットとお呼びください」
(えー…)
それはちょっと、と思いつつも、もはや断れない雰囲気である。目の前の金髪碧眼ことシグリットの笑顔には、何故か有無を言わさぬ迫力が備わっていた。
明らかな目上の人に向かって名前を呼び捨てにするのは気が引けるが、ここで断るのもちょっと面倒くさいことになりそうなので、ミツキは渋々了承する。
「えっと、じゃぁ……シグリット」
「はい、なんでしょう」
「早速でなんですが、さっき言ってた話を詳しく聞きたいんですけど…」
恐る恐るそう切り出すと、シグリットは「ああ、」とにこりと微笑む。うーん、間違いなく麗しい微笑みなんだけどなぁ…と思いつつ、やはり妙な威圧感を覚えてしまう。なんなんだろうな、これ。
首を傾げつつ、ミツキはシグリットの次の発言を待つ。危なっかしいので鑑定は切ったが幻視スキルの方はオート状態である。疑うようで申し訳ないが、これも一応用心の為、ということで。
「その魔獣を連れてカーティスに入るのは無理、という話でしょうか」
シグリットの問いかけに、ミツキは勢いよく頷く。
「はい、その……私、ちょっと田舎育ちで常識がないと言いますか……とにかくあまりものをよく知らなくて」
そう前置きしてから、ミツキは本題を切り出す。
「私、冒険者登録をして、この子とパーティーを組みたいんです。それって可能でしょうか?」
勢い込んでそう尋ねると、シグリットはうーん、と顎に指をかけて考え込む仕草を見せる。
「そうですね……可能か不可能かで答えるならば、可能だとは思います」
「ほんとですかっ」
良かった!と喜んだのも束の間、ただ、とシグリットは先を続ける。
「魔獣というのは本来人に懐かないものです。なのでパーティーに入れるとなると、幾つかの条件をクリアする必要があるでしょう」
「そ、その条件というのは……」
そうですね、とシグリットはヴェルナーに視線を移しながら人差し指を立てる。
「ひとつめに、その魔獣が他のパーティーメンバーや街の住人等に牙を剥かないという絶対の保証が必要となります。その為には従属の印、ないしは忠誠の証が必要となります」
従属、という台詞にドキリとしつつも、ミツキは先を促す。無言のまま頷きを返すと、シグリットは意をくんでくれたように先を続けた。
「従属の印というのは奴隷契約時につけられる印のことですね。奴隷契約をすると奴隷は主人には逆らえませんから、その印があるということはステータスが常に従属の状態に維持されているという、目に見える証となるわけです」
「印って……体の見える部分に入れるんですか?」
「はい、焼印ですね。人の場合多くは利き腕、もしくは背中に入れるのが一般的です。獣の場合は眉間が主ですね」
ただ、とシグリットは続ける。
「近年魔獣の従属化はあまり一般的ではありません。よほど高位の魔獣であるならいざ知らず、言葉の通じない魔獣を従属化させるメリットはさほどないと考えられます。必要となる魔力量を考えれば、それが摂理であるとは思いますが」




