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「…………違う、のか」
男がぽつり、とそうこぼした。
何が?という顔をしたミツキに、男はにこりと人好きのしそうな笑みを浮かべてみせる。
美形に微笑まれれば悪い気はしないが、いかんせん時と場所による。この場合は胡散臭く感じてしまうのも無理ないだろう。
ちょっと身構えてしまったミツキの気配を敏感に察したのか、ヴェルナーが威嚇しはじめる。すると場を取りなすかのように、男が朗らかな声をあげた。
「助けて頂いたお礼を是非したいのですが、よろしければ私共の馬車に乗りませんか?」
「……有難いお話ですが、私たちが乗れるとはとても思えません」
見たところ箱馬車はそれほど大きくはない。中に先ほどの甲冑二人とこの美青年が乗っていたと考えると、乗れるのはせいぜい後ひとりくらいである。
「ご心配なく、あの二人はここで降ろしますから」
「えっ!?ど、どうして…」
「あの程度の敵襲に狼狽えるなど修行不足もいいところ。次の街まで鍛錬を兼ねて歩かせることにします」
「は、はぁ…」
それはもう決定事項なのだろうか。有無を言わさぬ男の雰囲気に、どこか空恐ろしいものを感じてしまう。
「ですが、その……この子もいますから」
ミツキはそう言うと、視線をヴェルナーへと移す。ミツキにとっては最早大事な相棒だが、元は森に棲んでいた魔獣である。魔獣と一緒に馬車に乗りたがる人間などそうはいないだろう。
「ああ、それなら問題ありません。よく貴女に懐いているようですし、危険はないと判断します」
遠回しにお断りをしたつもりだったのだが、何故だか男は引いてくれない。確かにヴェルナーはミツキに危害が及ばない限りはおとなしくしていてくれるだろう。だが、しかし。
(……なんとなく、気が進まないんだよなぁ)
とは、ミツキの心の声である。どうして、なんてはっきりとした理由は答えられない。言えるとすれば、ただ、なんとなく、である。
やっぱり断ろう、そう決意してミツキが口を開きかけたその時、男はけれど思いもかけないことを言ってきた。
「それに、そのままではカーティスに着いても街の中には入れないと思いますよ」
「えっ、どうしてですか?」
思わず反応してしまう。すると男はふっ、と微笑してからヴェルナーの首元を指さした。
「その状態ではそこらの魔獣と変わりありません。貴女との関係性も掴めない。見たところ冒険者登録をしている風でもありませんし、カーティスのような大きな街なら警備も厳しいでしょう。中に入るには相応の手続きが必要になるかと」
「……そ、そうなんですね…」
知らなかった、とミツキはつぶやく。確かにヴェルナーを連れて街の中に入れるのか、という懸念はあったのだ。
(やっぱり、何か手続きが必要なんだ)
ミツキの予想では冒険者登録というのをすれば、それでパーティーが組めるようになるはずで、そのパーティーメンバーとしてなんとか街に入れられないだろうかと考えていたのだけれど。
そんな単純な話でもないのだろうか。
(詳しく聞きたい……けど、この人に聞いてしまっていいのかどうか…)
旅の恥は掻き捨て、とはよく言ったものだが、この場合はどうなるのだろう。
もう二度と会わないと、言い切ってしまえるだろうか。
ミツキが心の中で葛藤している間に、気が付けば甲冑姿の二人も男の背後に立っていた。
そのうちのひとりがミツキに向かって声をかけてくる。
「私たちのことならお気になさらず、どうぞお乗りになってください」
「…………」
もうひとりは無言のままだったが、同じように頷いている様子である。
やはり声の感じからして、ふたりとも少年っぽい。背はミツキよりも高いけれど、もしかすると弟とそう年も変わらないのかもしれない。
(なんとなく、無下に出来ない感じ…)
ミツキは弟属性に弱かった。




