38
参ったな、と内心で思っていると、金ぴかの箱馬車の中からひとりの男の人が降りてきた。
(男……の人だよね?)
背格好は確かに男の人っぽい。だから反射的に男だと思ったけれど、見れば見るほど現れたその人は性別不明の外見をしていた。
「こら、アデル。助けて頂いたのだから、きちんとお礼をしないと駄目だろう」
そう言って、馬車から降りてきた性別不明のその人は甲冑姿の人の頭を軽く小突いた。
中から「いてっ」と言う少年っぽい声が聞こえたのと同時に、性別不明のその人───金髪碧眼の優男風美青年さんがこちらに向かって微笑みかけてきた。
「危ないところを助けて頂き、ありがとうございました。部下二人が不甲斐ないばかりにお手を煩わせたようで申し訳ない」
「い、いえ……こちらこそ、出過ぎた真似だったようで…」
咄嗟にそう口走ってしまったのは、うっかりオートにしたままだった鑑定で、目の前の金髪碧眼を見てしまったせいである。
(あ、やっぱり男の人だった)
と思うのと同時に、そのレベルに愕然とする。
(59……って、この人、凄くない?)
こんな高レベルの人が乗っていたのなら、助けなんて不要だったろう。
そう思ってしまった。だからつい、前述のような言葉が出てしまったのだ。
だがミツキのそんな不用意な発言を、目の前の麗しい人は聞き逃さなかった。
「いえ、そんなことはありません。……どうしてそのように思うのです?」
にこりと微笑まれ、ミツキはうっ、と言葉に詰まる。まさか鑑定スキルであなたのレベルを見たからです、とは言えるはずもない。
なので咄嗟に甲冑姿の人の方へと水を向ける。よく見ればこの人もレベルは10を越えていた。いくら人数が多かったとはいえ、落ち着いて対処すればあのくらいの敵は余裕で倒せたはずである。
「わっ、私がいなくても、戦力は充分あるようにお見受けしましたのでっ」
「……そうですか?」
「ええ、こちらの方の剣捌きも見事でしたし、だから余計なお世話だったかな、と…」
心なしか声が尻すぼみになってしまう。うう、なんだか妙な迫力がある人だなぁ…。
ミツキは金髪碧眼から目をそらしつつ、甲冑姿の人の方へと向き直る。出来れば間に入ってもらいたい、その一心でじっと見つめてみる。
すると何故だか急にたじろがれた。距離を取るようにちょっと後ずさりされ、ミツキは少しばかりショックを受ける。
(これって……もしかして本気で怖がられてる…?)
この反応は正直傷つく。先ほどの声音から察するに、中身はまだ幼い少年なのかもしれないが、それにしたってこのリアクション。まるで化け物を前にしているかのようである。
(……化け物、かぁ)
そういえば、先ほど逃げて行った盗賊にも言われたっけ、とミツキは思う。
確かに物理攻撃力がカンストしている女なんて、化け物以外の何物でもないかもしれない。
(やば、ちょっと落ち込んできたかも)
気落ちしつつも、だが今はそんな状況ではない。ミツキはあらためて金髪碧眼の方へと顔を向けると、「ひとつお尋ねしたいことがあるのですが」と声をかけた。
「なんでしょう」
「カーティスへ行くには、この道を進めばよいのでしょうか」
「カーティスですか?……そうですね、この道なりに真っすぐ行けば、いずれは辿り着けるとは思いますが…」
「そうですか、ありがとうございます」
聞きたいことは聞けた。ミツキはそこで頭を下げると、もうこれ以上の関りは不要とばかりに踵を返す。
「行こう、ヴェルナー」
そう言って、少し離れたところに待機していたヴェルナーの頭を撫でる。今の戦闘でヴェルナーのレベルも上がったようだし、馬車がいなくなったらあらためて戦利品の確認でもしよう。
そう思っていると、背後にふと人影を感じた。
「あの、まだ何か…」
振り返れば、そこには金髪碧眼の男が立っていた。まだ何か用があるのだろうか、とミツキが不思議そうな顔を向けると、男はじっと、ミツキとミツキの傍にいるヴェルナーを無言のまま見つめていた。