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剣戟の音は徐々に大きくなっていく。
走り出して五分もしないうちに、金ぴかの箱馬車の姿が見えてきた。
(あれは……もしかして、盗賊?)
頭にバンダナのような布を巻いた、いかにも、といった風情の男たちが、馬車の周りをぐるりと取り囲んでいた。
それに相対するのは西洋風の甲冑を身につけた騎士っぽい人たちである。が、盗賊が6人いるのに対し甲冑姿の人はたった2人であった。
(多勢に無勢だなぁ)
走りながら、ミツキは思う。この場合、やはり甲冑姿の人に協力すべきだろうか。
見た目で判断するのは申し訳ないが、どうしても盗賊姿の方が悪者に見えてしまう。
それでも一応、ミツキは声をかける。そんな状況じゃないのは百も承知だが、喧騒に向かって出来るだけの声を張り上げた。
「あのー!何かお困りですかっ!?」
今にして思えばなんとも間抜けな発言である。案の定、ミツキに気づいたひとりの盗賊が、なんだお前と言わんばかりの表情でこちらを振り向いた。
「ああん?なんでこんなところに小娘が…」
一瞬呆気にとられたようにミツキの姿をまじまじと見つめたその盗賊は、「まあ、いいか」と何かに納得したかのようにミツキの腕をおもむろに捩じりあげた。
「大方侍女かなんかだろ。女が多いのは良いことだ、お前もついでに攫ってやる」
男のその発言に、あ、やっぱりこっちが悪い人だった、とミツキが確信したその瞬間だった。
「いてぇっ!!」
ヴェルナーが猛然と男とミツキの間に突進し、その腕に噛みついたのだ。
ああ、これは痛いだろうなぁと他人事のように(他人事だけど)思いながら、ミツキは殺さない程度に盗賊の相手をするようにとヴェルナーに指示を出す。
(盗賊のレベル、6だもんね。私たちの敵じゃないわー)
とは内心で思いつつ、ミツキはこちらに気づいた他の盗賊たちの相手をしはじめる。
武器を使って攻撃するとやり過ぎる可能性がある為、仕方なく素手で応戦することにした。が、これがまた結構気を遣う。腹パンなんかして内臓破裂、なんてことになったら怖いので、思案した結果利き手っぽい方の腕を全員折らせてもらうことにした。
「なんだこの女っ!?」
「ばっ、化け物…!!」
という、なんとも不名誉な呼ばれ方をされつつ、盗賊たちはみるみる戦意を失ったのか、武器を捨てて逃げ去っていった。
(何故武器を捨てていく?)
この世界じゃこれが逃げる時の常識なんだろうか、と首をひねりつつ、その武器が投げナイフだったので有難く頂くことにした。やったね、これでわざわざ街で購入しなくてすみそうだ。
ほくほくしながら投げ捨てられたナイフを回収していると、「あの…」と控えめな声が後ろからかけられる。
あ、そういえば甲冑姿の人のこと忘れてた……とミツキが慌てて身を正すと、何故か「ひっ、」と悲鳴のような声を漏らされた。あれ、これもしかして怖がられてる?
「え、えっと……だ、大丈夫でしたか?」
一応、敵意はないよーと教えるために、笑顔をつくってみせる。が、相手は甲冑姿である。その中でどんな表情をしているかなんてまるでわからない。
(困った……もしかして怖がらせたかな…)
ミツキとしては、助けたついでに街への行き方を教えてくれたりなんかすると、大変助かるなぁと思っていたのだけれど。
なんとなくだが、怯えられているような気がする。これはちょっと、想定外のリアクションである。




