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「…………あれ…?」
次に目を覚ました時、視界に飛び込んできたのは抜けるような青空だった。
こんな空は映画や写真の中でしか見たことがない、と思った。だから瞬間的に、ミツキは「あ、これ夢だ」と思った。
夢から覚めればまたいつものようにベッドの上で、病室の窓越しに四角く切り取られた空が見えるだけなのだと。
(でもどうせなら、少しでも長くこの夢の中にいたい)
ミツキはそう思うと、むくりと体を起こした。ほら、やっぱり夢だ。だってこんなにすんなり起き上がれるわけがない。
いつもベッドから起き上がる時は決まって背中が痛んで、うまく体を起こせないのだ。
(うんうん、やっぱりね)
身軽な自分の体に妙に納得しつつ、ミツキは辺りを見回す。はて、ここはいったい何処なのだろう?
(森…?というか、草原…?)
一見して辺りはどこかの草原、といった感じである。見渡す限り、一面の草むら。遠くのほうには大きな木々が群生しているようだが、今ミツキの寝ころんでいた場所のそばには小ぶりのかわいらしい草花が咲いているくらいで、これといった障害物もなければ特徴的な建物もない。
(……イメージとしては、欧羅巴の片田舎って感じ?)
昔病院の図書室で読んだ本の中に出てきた物語の挿絵を思い出しつつ、ミツキはそんな感想を抱く。
あんまり外に出たい出たいと願っていたから、こんな夢を見ているのだろうか。
(自慢じゃないけど、ひとりで外出したのなんて、もう何年も前に一度きりだもんね)
物心ついた時から体が弱かった。ちょっと外に出てはすぐに熱を出し、何日も入院が必要になった。
自分が先天性の難病であると理解したのは小学校に上がる年のころで、気づいた時には病院の中がミツキの世界そのものだった。
たまに学校に登校しても、親しい人間もいない。それでも気を遣って話しかけてくれる子は少なからずいたけれど、その態度は所詮お客様扱いで、友人になれることはなかった。
それでも話しかけてくれるのが嬉しくて、精一杯明るく振舞った。今にして思えば、無理をしていたんだろうなとわかるけれど、当時は必死だったのだ。
(人に好かれたくて、必死だった)
でも結局はすぐに登校出来なくなる。最初のうちはお見舞いに来てくれた子たちも、入院が長くなればなるほど、自然にミツキのことを忘れていった。
それは当然のことなのだろう。彼女たちには彼女たちの世界がある。たった数日交流しただけのクラスメイトのことなど、すぐに思い出してももらえなくなるのだ。それが、普通なのだ。
(……いやなこと、思い出しちゃった)
自らの陥った暗い思考に頭を振ると、ミツキは気を取り直すように立ち上がる。地にしっかりと足がついている。立眩むこともない。やっぱりこれは夢だな、とミツキは実感する。
(夢でもいいんだ、こんな素敵な夢なら、ずっと見ていたいもん)
草むらの中を一歩一歩、踏みしめるようにして歩く。うん、体が軽い。今だったらきっと、走ることだって出来てしまうだろう。
そう思ったら、急に楽しくなってきた。ミツキは衝動のまま草原の中を駆け出した。
いくら走っても、息は切れない。それどころか体に感じる風が心地よい。
(ああ、夢ってさいこう!)
ミツキはそんなことを思いながら何も考えずに草むらの中を駆け回る。もし周囲に人がいたとしたなら完璧に要注意人物に見えていただろう。そのくらいミツキは浮かれていたし、周囲が見えていなかった。───そう、見えていなかったのだ。
気づいた時には、ミツキは森の中にいた。先ほどまでは太陽の下、明るい日差しを受けていたのに、ふと気づけば空は木々で生い茂り、辺りも薄暗くなっていた。
「えっと……、あれ?」
そこでようやく、ミツキは自分が先ほど遠くに見ていたはずの森の中にまで入り込んでいたことに気が付いた。
自分的にはちょっと走っただけだったのに、さすが夢の中だなぁ、なんてのんきなことを考えていると、ふと背後で獣の唸る声が聞こえてきた。
反射的に振り向くと、そこには人の子供くらいの大きさの狼らしきものが、牙をむいてこちらを威嚇していたのだった。