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(騙されたと、感じないだろうか)
穿ちすぎだろうか。でも、とミツキは思う。
(きっと私なら、そう思ってしまう)
ならばいったい、どうすることが正解なのだろう。否、正解なんてないのかもしれない。
(それでも、選ばなければいけない)
この目の前の男を頼るべきか否か、その選択は須らく、自分にしか下せないのだから。
「あの……それなら、」
短くない沈黙の後、ミツキはゆっくりと口を開く。
男の目はまっすぐに、自分を見据えている。男の善意は、疑うべくもない。
ならば、とミツキは思う。その気持ちに恥じぬようにと、言葉を紡ぐ。
「私に、ひとりで生きていく為の方法を、教えてくれませんか?」
(なるほどなぁ…)
男がいなくなった草原の草むらの上で、ミツキは先ほどの男との会話を反芻する。
傍らにはヴェルナーが戻っていた。鬣の部分を撫でながら、ミツキは男の───ロルフと名乗った奴隷商の言葉をひとつずつ検討してみることにした。
ロルフはこちらの事情にはあまり触れずに、まず三つの選択肢をミツキに提示してきた。
「若い女がひとりで生きて行くのは、まあ難しい」
そう前置きをした上で、ロルフはこう言った。
「いちばん無難なのは、どこかの屋敷でメイドとして働くことだ」
ロルフ曰く、場所さえ選ばなければメイドの募集は常にあると言う。条件としては12歳から17歳までが望ましく、健康的で容姿が整っていればさらに良いという。
「キミは条件には当て嵌まっているから、住み込みのメイドとして働くことはそう難しくないだろう」
だが、とロルフは付け加える。
「良い働き口───つまり良い雇い主のいるところは、当然身元がしっかりしてないと雇ってもらえない。要紹介状ってとこが殆どだ。身元確認不要で雇ってくれるようなのは、基本ろくでもねえところで間違いない」
だから正直、俺はこの選択はおススメしない、とロルフは言う。
二つ目は手に職をつけることだと、ロルフは続ける。
「キミは鑑定スキルを持ってるようだし、それを利用すれば商売に活かすことも可能だと思う」
ただ、とロルフは苦い顔をする。
「知っていると思うが鑑定スキルの習得は特殊な立場の人間のみに許された特権だ。稀にキミみたいに習得可能な状態で生まれてくる子供もいるとは聞くが、まともな親なら習得しないようにと教育しているはずだ」
だがキミは既にそれを習得してしまっている、とロルフは眉間に皺を寄せる。
「一度習得してしまったものはもう消せない。幻視スキルを使えば誤魔化すことは可能だが、そもそも習得に多大な労力が必要となる、極めて入手困難なスキルのひとつだ」
だから、とロルフは続ける。
「鑑定スキルを使って商売をするのは確かに可能だ。だがリスクが常に付き纏う。リスク回避を優先させたいのなら、この選択肢も俺はススメない」
最後に───と、ロルフはそこで一旦言葉を途切れさせる。
そして、再びじっとミツキの目を見つめてきた。
なんだろう?とミツキが内心で首を傾げていると、ロルフはしばしの沈黙の後、ようやく口を開いた。
「三つ目だ。これがまあ、一般的な解決方法なんだろうが…」
いかにも気が進まない、といった風情でロルフは先を続ける。その言葉の続く先を、ミツキはじっと、おとなしく聞いていた。
「冒険者になることだ。冒険者登録をすれば最初に支度金が支給される。勿論それほど多くはないが、それである程度の装備は整えられるはずだ。そこから簡単な仕事を引き受け、その報酬で生計を立てていける」
だが、と言葉を続けるロルフはやはり渋いままの表情を崩さない。
よほど自分の発言に嫌悪しているのか、それともミツキを思ってのことなのか───それは今のところ判別がつかないのだけれど。
「キミみたいな子がひとりでやっていけるほど、冒険者は甘い仕事じゃない。冒険者同士の小競り合いは日常茶飯事だし、足の引っ張り合いもざらにある。うまい具合にどこかのパーティーに潜り込めたとしても、よほど気のいい連中じゃないと搾取されるばかりで成長は見込めない」
だがこの選択肢が現状いちばん現実的で、最もポピュラーなものであるのも事実だと、ロルフは言った。




