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とはいえ、それを馬鹿正直に尋ねられるほどミツキも愚かではない。
(追々、どうにかして調べていかないと)
こういう時は、やはり本屋か図書館だろう。この調子ならきっと文字も読めるに違いない。
ひとつ目標が出来たところで、ミツキはあらためて男へと向き直る。
「あとどのくらいで、その石が使えるようになるんですか?」
「ん?そうだな…せいぜい30分から40分ってとこかな」
(そんなもんか…)
時間がくれば、男はその移動石を使って目的地に直行してしまうだろう。
その前に、出来るだけこの男から有益な情報を引き出せないだろうか。
(怪しまれずに、自然な流れで聞けそうな話題…かぁ)
となると、やはり男の仕事について、だろうか。
けれど奴隷についてなんて、詳しく聞いて変な女と思われないだろうか。
ミツキが心の中で葛藤していると、ふと男が森の方へと視線を向けた。
その顔があまりに真剣だったので、ついミツキも身構えてしまう。
「あの、……どうかしましたか?」
「いや、獣の気配がしたように思ったんだが」
気のせいだったみたいだな、と男はミツキを安心させるかのように笑う。
(獣……ヴェルナーかな…)
鉢合わせしてしまうと厄介なことになりそうだ。ミツキは男の気を森から遠ざけようと、思いついたことをそのまま口にする。
「くっ、暗くなる前にここを離れないと、魔獣系モンスターに遭遇しちゃうんですよねっ?」
先ほど男が言ったことを、そのままおうむ返しにしただけである。だが男は「そうだ」と低く頷く。どうやらミツキのことを心配してくれているらしい。
「悪いことは言わんから、早めに帰った方がいい。移動石は持っていないようだが、迎えが来るようになっているのか?」
「ええと…、恐らくは…」
なんと答えて良いものか。判断に迷ったミツキは「ちょっとワケ有りで」と言葉を濁す。
すると男はなんとも渋い表情でミツキを見つめてくる。ちょっと苦しい言い訳だっただろうかとミツキが内心汗をかいていると、男は「もし、」とある提案をしてきた。
「もしキミが、今置かれている状況から逃げ出したいと感じているなら、出来るだけの協力はしよう。さっきキミに助けてもらわなければ、俺はきっと魔獣に追いつかれて食い殺されていた。そうならなかったのは間違いなくキミのおかげだ」
だから、と男は言う。
「俺に何か、して欲しいことはあるか?」
(願ってもない申し出だ)
と、ミツキは反射的に思う。
けれど、同時に危ういとも感じる。
(この人は悪い人ではなさそうだけど、それは私が自分より弱い立場の人間だと思っているからだ)
男がこんなことを言い出したのは、きっとミツキに同情したからだろう。普通に考えれば獣が出るような場所に、移動手段もなく若い女がひとり、お使いに出されているのだ。きっと普段からひどい扱いを受けているに違いないと思ったことだろう。
(だから逃げ出したいのなら、手伝ってやろうと)
男はそう申し出ているのだ。命の恩人とはいえ、義理堅いことである。
(けど実際、私は弱い立場の人間だろうか?)
ヴェルナーを拳一つで倒してしまった自分は、決して男の言うところの弱者ではない。
ならばそれが暴かれたとき、男はいったい、どう思うだろうか。