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どのくらい走っただろう、ただ闇雲に走っているようにも思えたが、気が付けばミツキたちは森の入り口付近まで来ていた。
「ここまで来れば、とりあえずいいか」
そう言って、男はようやく足を止める。そして今気づいたとばかりにミツキの腕を離した。
「おっと、すまないな、つい」
「いえ、大丈夫です」
掴まれていた時は少し痛かったが、痣になる前に痛みごと消えていた。矢の傷のことを言及されると厄介なので、その前に話題を変えようとミツキは「あの、」と口を開く。
「なんだ?」
「その傷、手当した方がよくないですか?」
男の両脛は擦り傷だらけで血まみれだった。恐らくは崖から降りる際に無茶をしたのだろう。
「あー…、あいにく薬草を切らしていてな」
男はそういうと、面目ないと言わんばかりの情けない表情になる。
「移動魔法に失敗したんだ。どうやら粗悪品を掴まされたらしくて…気づけばひとり、ミドリニア樹海の中さ」
いやまいったね、と男は後ろ髪を掻く。
(移動魔法…ミドリニア樹海…)
知らない用語がポンポン出てくる。どう反応すべきか考えあぐねている間に、男はふと、「そういえば」と首を傾げる。
「キミはどうしてこんなところにいるんだ?女の子がひとりでいるような場所じゃぁないだろうに」
「え、えっと…」
そう聞き返され、ミツキは困惑する。こんなところ、と言われても、ミツキにはここがどこだかわからない。
けれど無言でいるのも不自然だろう、ミツキは仕方なく「道に迷って」とありきたりな言い訳を口にする。
けれど男は何故だか勝手に納得してくれたらしい。「ああ、そう言えばこの辺りは反魂花の群生地だったな」と渋い顔をする。
「大方つかいっぱしりにされたんだろう。この辺は昼間はまだいいが、陽が傾くと魔獣系モンスターがうようよ出やがる。悪いことは言わん、早めに帰った方がいい」
「それは、そうかもしれないですけど…」
そうもいかなくて、とミツキは曖昧に笑う。魔獣系モンスターとは既に遭遇済みだし、ミツキに帰る場所はない。
(これ以上話すと、ボロが出てしまいそう)
会話を切り上げるべきだろうか、とミツキは笑顔の裏で考える。せっかく人に会えたのだから、少しでも情報が欲しいと思う反面、迂闊な発言で身を滅ぼすのも恐ろしい、とも思ってしまう。
(第一、この目の前の男の人をどこまで信用していいかわからない)
ぱっと見、男は30代後半から40代前半といったところだろうか。やや筋肉質で、髪も髭も伸び放題、土埃で薄汚れてはいるが、色素は薄い。北欧系の容姿をしていた。
(けど、流暢な日本語なんだよね)
不思議なことにその口から出てくるのはミツキにも理解できる日本語であった。もしかするとこの世界には多言語という概念がないのかもしれない。
(だったら、ありがたいんだけど)
異世界で、その上言葉まで通じないのではとんだハードモードになってしまう。




