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ちらり、とヴェルナーの様子を盗み見る。
(もう少し大きくなれば、背中に乗せてくれたり…)
しないか、とミツキは自身の考えを軽く却下する。そもそも成長するかどうかも怪しいし、よしんば乗れたとしても振り落とされるのがオチだろう。
ヴェルナーだけなら先に進めるかもしれないけれど、それでは意味がない。ミツキは仕方なく崖を登ることをあきらめ、別の道を探索することにした。
と、その時だった。それまでおとなしくしていたヴェルナーが突然低く唸りだす。
えっ?と思った時には服の裾を噛まれ、強く引っ張られていた。その様子に移動した方がいいと言われている気がして、ミツキは再度崖の上を見る。
すると、その瞬間崖の上から無数の矢が飛んできた。ぎょっとして慌てて茂みの方へ走り出すと、飛んできた矢がすぐそばの地面に突き刺さる。ひぃっ、と変な声が喉の奥から搾り出た。
とりあえず近場の大岩の影に隠れるように身を潜めていると、次第に獣の吠える声と人の叫び声らしきものが聞こえてきた。
好奇心に駆られ、ミツキは岩陰からちらりと顔をのぞかせる。すると、先ほどミツキが見上げていた崖の上から縄のようなものをつたって、ひとりの男がこちらに下りようとしているのが見えた。
「あっ、危ない…!」
思わず声が漏れた。何故ならその縄を、崖の上の方で数匹の獣たちが食いちぎろうとしていたからだ。
今縄が切れたら、高さ的にあの男の人は助からないかもしれない。
そう思ったら、反射的に飛び出していた。矢は相変わらずこちらに向かって飛んできていたけれど、その時はもう構うものか、という気分だった。
近くまで行くと、案の定いくつかの弓が体を掠めていく。瞬間的には焼けるように熱く、鋭い痛みが肌に走る。が、自動回復スキルのせいか、それはほんの僅か秒数のことでしかない。
(このくらいなら、我慢できる)
ミツキは体に走る痛みをそう思うことで受け流し、手に持っていた投げ斧を握りなおした。
「えいっ」
とにかく、あの獣たちを退かせなければならない。その一心で、ミツキは獣の集団めがけて斧を振りかぶる。
そして───
「キャイン!」
という鳴き声とともに、一匹の獣が頽れた。自分でやっておいてなんだが、当たるとは思っていなかった。せいぜい威嚇になれば、と思っていたのだけれど。
(これも、パラメーターの影響…?)
器用さがずば抜けて高い為、攻撃の命中率が格段に上がっているのかもしれない。
絶命させてしまっただろうか、そう思っていたところで、何かの電子音のようなものが聞こえてきた。
一瞬ぎょっとするも、それはすぐに男の切羽詰まったような声でかき消されてしまう。
「すまない、助かったよ!誰だが知らんが恩に着る!!」
いつの間にか縄から地面へと降り立っていたらしい男はそう言うと、そのままミツキの腕を引いて森の奥へと走り出した。
つられて一緒に駆け出したミツキは、ちらりと後ろを振り返る。
矢の数は先ほどと比べて確実に減っていた。崖の上にいた獣たちの姿も消えている。
(また、殺しちゃったかも…)
少しだけ胸が痛んだ。けれど、そんなことを感じること自体どこか偽善めいている気もして、ミツキは頭を振る。
(この世界で生きていくってことは、こういうことなんだ)
割り切らなくてはならない、自分はあの獣の命より、この目の前の男の命を救うことを選んだのだから。
病院と家の往復で、ほんとの友達なんてひとりも出来なかった。狭い世界で生きてきた。だからその狭い世界の中で出会う人たちくらいには、せめて好かれたかった。
生前の自分は八方美人だったと、今にして思う。誰にも嫌われたくなかった。悪意を向けられたくなかった。だから良い子でいようと思ったし、そう見えるよう振舞った。
(でも、それじゃぁきっと、ダメなんだ)
生きるということは、きっと選ぶということだ。選ばなかった方の道を、捨てるということなのだ。
(生まれ変わらなければいけない)
その時ミツキは、なぜだかそう、強く思った。思えばその時になってようやく、ミツキはこの世界で生きていく覚悟を決めたのかもしれない。
この先の長い人生を、たった、ひとりで。




