プロローグ2
「ありゃ、享年15歳とか短すぎ…て、殆ど学校にも行けてないの?こりゃ気の毒だねー」
言葉とは裏腹に、どこか軽い調子で名前を呼ばれた。「サギシマミツキさん、で間違いない?」と問われて、ミツキはわけがわからないままイエスと返す。
というか、ここどこ?目が見えない、っていうか見えてるんだろうけど視界が白い。見渡す限り、一面真っ白である。
(病院…じゃないよね)
というか、私、さっき死んだんじゃなかったの?
そんなことを頭の中で考えたその瞬間、「うん、死んだよ」とさっきの軽薄な口調が聞こえてきた。
うわっ、なんで私の脳内会話が聞こえてる?と内心ビビりまくっていると、スッと目の前の霧が晴れたかのように、ひとりの少年が姿を現した。
「って、康太!?」
「ブー、違います。この姿は便宜上のもので、僕はキミの弟くんではありません」
「…………で、でも、」
目の前に現れたのは、正真正銘、弟の康太だった。
少なくとも見た目は────で、あるが。
「それにしても僕の姿が弟に見えるなんて……かなり可哀想な人だね、キミ」
呆然とするミツキに向かって、弟の姿をした目の前の“何か”は、憐れむような視線を向けてくる。
「よっぽど、狭い世界で生きていたのかな」
(……なんか、とてつもなく失礼なことを言われているような)
少々むっとすると、やはりそれも聞こえているのだろう、目の前の“何か”がケラケラと笑う。
「ごめんごめん、悪気はなかったんだ。だって本当はさ、僕の姿って相手にとっていちばん好ましい異性の姿として見えるはずのものだから」
普通は恋人の姿とか、初恋の人とか、憧れの有名人、みたいな姿に見えているはずなんだよね、と“何か”は言った。
「それって、つまり…」
「初恋もしないまま死んじゃうなんて、なんの為に生まれてきたのって感じだね」
(く、口が悪い…!)
人の気にしていることを…!とミツキはその場で地団太を踏みそうになる。実際、足元に地面なんてものはなく、ただひたすらに真っ白な空間にミツキは立っているわけだけれど。
「と、とにかく、ここは何ですか?さっき死んだって言っていたけど…やっぱり、死後の世界とかですか?」
ミツキは気を取り直すように目の前の“何か”に向かってそう問いかける。
すると、康太の顔をしたそれは、にこりと笑って「察しがよくていいねぇ」と言った。
褒められたような気もするが、まるで褒められた気がしない複雑な気分でミツキはさらに質問を重ねる。
「えと、じゃぁ、あなたは神様…?」
「って言えるほどのものじゃぁないけれど、まぁそれに限りなく近い存在かな。それから正確に言うとここは生者と死者を分ける境界線。殆どの人間は素通りしていく地点だけど、こうして稀にひっかかる魂がいたりするんだよね」
そういう魂を捕獲して、話を聞いてやるのが僕のお仕事、と目の前の神様らしきものは康太の顔をして笑う。
「は、話を聞いて、成仏させてくれる的な…?」
「あぁ、いや、まぁなんて言うのかな……この辺りにひっかかっちゃう魂っていうのは、生前強い恨みや憎しみ、未練なんかを持っていた人が殆どでね。そういうのはそのまま転生させてもろくな人間にならないんだ」
「は、はぁ」
「だから、話を聞いてやって、その魂にふさわしい場所に送り届けるわけ。人を殺すのが好きな人には、それにふさわしい役割の場所へ、貧困に喘いでいた人には豊かな土地へ、まぁ必ずしも希望を聞き届けるわけじゃないけどね?ただ以前とは違う世界へ転移させ、そこで新たな人生を“悔いなく”送ってもらう」
「ち、違う世界って…」
「まぁ、異世界って言ったほうが理解しやすいかな?こういう魂は業が深いから、同じ世界だと何度転生させても同じような境遇に陥りやすいんだ。その度に同じ悲劇を繰り返す…」
それでも同じ世界を希望する魂は多いんだから、わかんないものだよね、と康太の顔をしたそれは肩をすくめて見せる。
「ち、ちなみに、私の場合は…」
「キミ?キミの場合は自分でもうわかってるんじゃない?健康な人間に対する強烈なまでの嫉妬、羨望、───どう?思い当たる節、あるんじゃない?」
「……………」
自分の中のどす黒い感情を指摘され、ミツキは言葉に詰まる。
すると「隠す必要はないさ」とそれは三度笑う。
「それに恥じる必要もない。だってキミは、この世界では何度転生したところで長くは生きられない呪いを背負っているからね。それでもキミは何度も同じ世界に生まれ変わりたいと志願した。また自分の家族に会いたいから、と」
「……異世界に転移したら、もう家族には会えないっていうこと?」
「そうなるね。そこはもう全く別の世界だから。元の世界で会った人間との絆はそこで須らく断ち切られる。その縁は二度と結ばれることはない」
「………………」
「だからこそ、同じ業を背負うとわかっていても、同じ世界に転生を希望する人が後を絶たないのさ。愛を受けた家族や友人、恋人っていうのは、何度転生しても身近に在り続けるものだからね。それらを全く断ち切ってしまうというのは、やはり勇気のいる決断なのだろうさ」
まるで理解できないけど、とでも続けそうな口調でそれは言う。
ミツキはただ黙って、その言葉の意味するところを考えた。
(同じ世界に転生を希望すれば、またお母さんやお父さん、康太と会うことが出来る……縁を結ぶことが出来る)
けれどその場合、また自分は長くは生きられないという。それは、そういう呪いなのだと。
「えと、じゃぁその……別の、異世界?に転移させてもらえたら、私は健康な体で生きていくことが出来るの?」
「少なくとも、今受けている呪いからは解放されることになるね。ま、別の呪いにかかる可能性っていうのも無きにしも非ず、だけど」
「なによ、それ…」
「でも少なくとも、キミの望む健康な体は手に入るはずだよ。その為の異世界転移システムだからね」
「システム?」
「まぁ細かいことはいいんだよ」
で、どっちにする?とそれは聞いてきた。まるでご飯にする?それともお風呂にする?みたいな気軽さで。