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とはいえやっぱり寒いものは寒い。ヴェルナーにずっとくっついているわけにもいかないので、なんとかしなくてはならない。
(朝方とか、もっと冷えるかもしれないし)
せっかく健康な体を手に入れたのに、凍死とか冗談じゃない。ミツキは目を凝らしながら洞窟の外へと歩き出す。
(木の枝でも拾ってきて、ヴェルナーに火をつけてもらおう…)
暖をとる目的で火炎魔法を使ってもらうなんて申し訳ない気もするが、背に腹は代えられない。
残りわずかなMPを消費することにはなるけれど、凍死するよりはマシである。
「わお、真っ暗…」
洞窟の外へと出たミツキは、目の前の光景に思わず絶句する。
電気のない夜の闇が、こんなにも濃いものだとは知らなかった。
昼間はまだうっすらと明かりが見えていた空も、今は木々に覆われ月の光さえ届かない。
あ、これマジでダメだめなやつだ、とミツキは瞬時に理解する。こんな暗闇の中で動こうものならものの5分で遭難する。うん、間違いない。
「……ヴェルナー、悪いんだけど木の枝とか、よく燃えそうなものを集めてきてくれるかな…」
何でもかんでも頼んでごめんなさい、と心の内で謝りつつ、ミツキはおとなしくヴェルナーにお願いすることにした。
夜目がきくのかどうかわからなかったので、もし無理のようならすぐに戻ってきてねと付け足して、ミツキはすごすごと洞窟の奥へとひきこもる。外に比べればまだ洞窟内の方が闇が薄いように感じられた。
(ほんとに、異世界なんだなぁ…)
なんとなく、現実感のないまま流されてきたけれど、やはりいざこうして暗闇の中ひとりぼっちになると急激に不安が押し寄せてくる。
この先どうしよう、とか、人と無事に会えるんだろうか、とか、安定した生活を手に入れられるんだろうか、とか。
考えるべきことはきっとたくさんあって、どれもこれも逼迫した、切実な問題なのだろうけれど。
(なんでかな、生きてるって、感じがする)
不安は不安だ。けれど、その実どこかでこの状況を楽しんでいるような自分がいることにも、ミツキは気付いていた。
そしてそんな今の自分が、それほど嫌じゃないということにも。
ほどなくしてヴェルナーが大量の小枝をくわえて戻ってきた。
アイテムボックスを確認すると、薪のようなものさえあった。ミツキはそれらを1か所にまとめて、ヴェルナーに火を吐いてもらうことにした。
「うわー、あったかい…」
火力的にいちばん小さいので、とお願いしたところ、MP10ほどでちょっとした焚火が出来上がった。
一酸化炭素中毒が怖いので、入り口付近で暖をとることにして、ミツキはオレンジ色の炎に両手をかざす。
これで今夜は凍死する心配はないだろう。が、明日、明後日はどうだ。
(ヴェルナーのMP回復、急務だなぁ)
両手に感じる熱に心地よさを覚えながら、ミツキはぼんやりと考える。いちばん現実的で、いちばん実現性の高い方法はなんだろう、と。
(…やっぱり、レベルアップ時の全回復を狙うしかないか)
回復アイテムが見つからない以上、不確定だとしてもその可能性にかけるのは間違っていないはずだ。
とはいえ、ヴェルナーにむやみやたらに戦闘をさせる気はない。レベル7というのがいったいこの森の中でどの程度の強さなのかがわからない以上、この判断は間違っていないはずだとミツキは思う。今の自分には、間違いなくヴェルナーが必要なのだから。危険は少しでも減らしておく必要がある。
「となると、やっぱり…」
ミツキはじっと、自分の右腕を見つめる。
(試してみる価値は、あるよね)
血の跡はもうすっかり、消えかかっていた。