05話 小さな反抗
昼休み。
多くの学生たちが教室や、その近くに作られたスペースで談笑する中、一人の少女が明らかに落ち込んだ様子で歩いていた。
化狸族の特徴である頭の上のまる耳とおしりから生えた尻尾は力なく垂れ、半目で下唇を突き出している様子はまるでいじけているかのよう。
すれ違う人が全員2度見するほどの落ち込みオーラを漂わせるジジは、そのままゆっくりと階段を下りていく。
「どうせ一緒だ……どうせ怒られるんだ……ぁぁあああ……なんで……今日は走ったのに……転んだから?三回も転んだから??……だから売り切れなの?」
人生に悲観したような顔つきの少女がつぶやく言葉は誰にも聞こえていないようで、少女はそのまま一回へ到着、正門へと向かうドアとは逆側へと進み、中庭へと続く自動ドアをくぐった。
「おぅ、おせぇよ!」
そこに待っていたのは、赤く巨大な体を持つ火竜種のフィーリオ。身長はかなり大きく、目の前まで来ると、ジジは上を見上げるような形になる。
「じ……実は……」
逆にフィーリオは、自身の半分ほどしかない少女を見下ろしている。その目はまるで爬虫類が獲物を狙っているかのように鋭い。
「まさか、買えなかったわけじゃねぇよな……? 今朝約束したもんなぁ……?」
「や、それが、今日は何故か教室のドアと階段のやろうが手ごわくてですね……何度も私の足を掬うわけですよ……」
ジジは両手の人差し指をツンツンと合わせながら口を尖らせる。数百年前の少女漫画ならばそれで許されただろうが、現代はそこまで甘くはない。
フィーリオは獰猛な牙をむき出しにし、まるで舌打ちのように小さく炎を吐き出しながらイライラした表情を浮かべている。
「んなことどうでもいいんだよ。飯買ってこれなかったんなら、金出せ、金」
火竜の巨大な手が、ジジの細い腕を掴む。
「こ、これはダメです! 明日はちゃんと買ってきますから! 離して!」
「…………」
その言葉を聞いたフィーリオは、力を込めていた手を緩める。ジジは手を引き抜くと、フィーリオの顔色を伺うように心配そうな顔で上を見上げた。
フィーリオはもう、怒った顔をしていなかった。何の感情もない顔。まるで道端に捨てられている子猫を眺めているような目からは、彼が何を思っているのか全くうかがい知ることができない。
「……だめだ」
ただ一言、フィーリオはそう言うと再びジジの腕を掴み、その華奢な体を持ち上げた。
「びっくりしたよ。まさかお前に拒否されるとはな。今までも使えなかったが、従順にしていたから、何もしないでやったのによぉ……」
フィーリオの太い腕はジジの胴に回され、傍目から見たら”体の大きな彼氏が小さな彼女を抱っこしてあげている”様にも見えるだろう。まして第七セブンスにおいては異種族間の男女関係など珍しいことではない。
「まさか反抗するとはな。もうだめだ。今日で終わりにしよう」
「……っ!? なに? 何するんですか?」
ジジはその腕から逃れようとするが、片腕と胴体を捕まった現状では、到底逃げられるわけも無く、僅かに体を揺するだけ。
十五分程歩いただろうか。フィーリオは施設の片隅にある小さな小屋のドアを開くと、その中へとジジを投げ込んだ。
何枚も積まれたマットは突如投げ込まれた少女に反応して、僅かにホコリを巻き上げる。顔を上げたジジが見回すと、明かりが切れかかって薄暗い部屋の中には、時代の進歩とともに使われなくなったマットや跳び箱、ハードルなどが積まれていた。
「ジジイの教師どもが趣味で保管してるらしいが。俺にはそんなことはどうでもいい。埃っぽいこんなところに来るのは癪だが、ここは唯一学内で監視カメラがない場所だからな、いろいろと、都合がいいんだよ」
「え……?え……?」
事態の飲み込めていないジジを見ると、フィーリオは大きなため息をつく。
そして手を広げ、巨大な鉤爪をジジへと向けた。
「最後に小遣い稼ぎに協力してくれよ。化狸族の女は高く売れんだよ」
フィーリオは笑みを浮かべる。
「何、すぐ終わる。ちょっと服脱いでもらうだけだ。なにかしようってわけじゃねぇ」
その笑顔は、暗闇の中でも醜く歪んで見えた。
「おら、…………脱げよ」
鋭い鉤爪が、僅かにはだけたジジの制服へとかかった。
更新が一日遅れてしまいごめんなさい!
次回更新は10月4日(火)です。よろしくお願いします!!
用語解説
セブンス体育倉庫
技術革新が進み、旧時代の体育器具というものはほとんど使われなくなった。
しかし一部の体育教師の間では、なぜか人気があり、セブンスでも学校の隅っこにこっそりと残されている。
普段は全く使われないため、中は埃にまみれていたが、偶然見つけたフィーリオが使うようになってからは、少しだけ綺麗にされている様子。
なかには体育マット、跳び箱、ハードル、ライン引きなどが置かれているものの、今の生徒たちはどれも使い方がわからないようらしい。




