03話 目撃
授業というものは、いつの時代においても退屈なものだ。
かつて黒板と言われた教室前部の書き込み板は電子パネルに変わり、いつしかそれは視覚神経を経由して網膜へと直接映し出す仮想スクリーンというものにまで進化を遂げた。仮想黒板は自分の意思で可視、不可視を操作することができ、授業以外の時には見えないようにすることが可能である。往々にして授業中にも不可視にしている生徒は多くいたが、それもまた学生というもの。学生の本分が変わらないのと同じように教壇につく教師というものも何百年も前から変わらず、頭の禿げ上がった中年男か化粧の濃い女教師と相場は決まっているもの。
蛍の前では、そんな典型的なメガネ教師の男性教諭が退屈な授業を繰り広げていた。到底聞こえないであろうボソボソ声は教師の胸元に付けられた自動集音器が音を拾い、拡声されて生徒の机一つ一つに付けられた専用スピーカーから流れている。
唯一典型的でないのは、その中年教師に秘貝を反射してキラキラと光る透明な尻尾が見えることと、背中から生えた薄羽だろう。
「じゃあここ……蛍、お前答えてみろ」
翅有種、中でも地球において蜉蝣とよばれる昆虫の姿をした中年教師は、窓際で外を眺めていた蛍を指名した。外から仮想黒板へと目を戻した蛍はそこに書かれていた数行に渡る数式へと目を通す。
「……… f(x)=Sx,-2 t^2+t-2 dt」
よそ見をしていた蛍へ注意のつもりで指摘した教師は、即座に正解を答えた蛍に一瞬だけ拍子抜けした表情を浮かると、若干憮然とした表情を浮かべながらも再び授業へと戻っていった。答え終わった蛍も、再び視線を窓の外へと向ける。
地球が人間以外の生物に支配され、”学校”というものも随分と姿を変えた。
勉強をする、という根幹こそ変わらないものの、学校はすべて一元化され「学術指導機関」と名を変えた、年齢も種族もまちまちな子供たちが、地区ごとに決められた一つの巨大な施設に通っている。
在学する生徒の年齢は六歳から十八歳。種族もバラバラで、生徒数は実に数千に及ぶ。地球における言語が数百年前に一つに定められたことに始まり、他種族間の友好を深めるという名目で始められた一元化だったが、未だ課題は多く、問題視されることも少なくない。
種族間に優劣はないとされているが、それでも子供の社会では”力が強い”ことが絶対的強者である。力のある巨龍種や牙獣種が学校の中で一定の地位を築き、力のない人類はひっそりと暮らすことを余儀なくされている。
見えないカースト制度というものは時代がうつろっても、例え学校に通う年代や種族が変わったとしても根強く残っているものなのだ。
蛍が見下ろしている中庭には、授業時間にも関わらず、数人の生徒が見て取れた。学生服を適当に着崩した『不良』とよばれる生徒。彼らもまた、昔の時代から変わらずに生き残っている。
そして『不良』が残っているということは、それに対応する『いじめられっ子』もまた、存在する。今回標的となっているのは、緑色の髪の少女。頭にまる耳を生やした少女は、おずおずと手に持った袋を差し出すと、ヘコヘコと頭を下げた。
袋を受け取った火竜種三人組は、その中に入っていたパンを取り出すと、口の中へと放り込む。
少女が怯えながらもリーダー格らしき男へと話しかけているのは、きっと金額を伝えているのだろう。案の定、自身の顔ほどもある巨大な手によって押しのけられ、地面へと尻餅をついた。
「………ん?あいつは……確か…」
今まで蛍に対して後ろ姿しか見せていなかった少女が顔を見せたことで、蛍の顔つきが少しだけ変わる。その場所にいたのは数分前に自分がパンを渡した少女。そして今火竜種によって平らげられようとしているのは蛍が少女にさずけたものだったからだ。
「……なるほどな」
蛍は意識を教師、もとい仮想黒板へと戻すと、つまらなそうな顔で授業を受け始めた。
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