【前編】 あなたと私は水と油
R15と残酷描写は一応付けておきました、程度です。
(改稿)2022.12.17
体が、重い。
瞼を開けることさえ億劫で、身体に鉛が付いたかのようにどんなに力んでも力んでも、意識は深くへ沈み込む。
起きなければいけない。
分かりきった事が、今はこんなにも辛くのし掛かる。
朝は滅法強いと自負していたし、体力も他の華奢な巫女達より頭一つ二つ抜きん出ているのだ、と療後にぐったりしている周りの姿を見ては誇っていた。
神殿を出たら、お役目を果たしたら。
何をするよりも真っ先に城下へと下り、太陽のもとを元気に駆け回りたい。
自由に入りたいお店へと寄って、買い食いなんてしてみたりして、はしたないと怒られた事や巫女として我慢しろと言いつけられた事を目一杯堪能したい。
あれもしたい、これもしたい。
………この8年間欠かさず未来を想像しては願っていた筈なのに。
おかしいな。
こんなに気怠い体ではそんな気力も沸かなくて、駆けることも、歩くことさえ、今の私には出来ないのではないかと思えてくる。
重い、こんなにも重い。
取り合えず今だけは、この重い体をそのままに眠っていたいのだ。
どうか、どうか、私を起こさないでほしい。
寝坊をしたと、御叱りは後でしっかりと受けますから、あと少しだけ………………。
僅かでも暗闇へと意識を向ければ、簡単に睡魔が襲ってくる。
それはどうにも心地好い事に思えて、手放しに生暖かい闇へと寄り添いたくなってしまう。
巫女である者は強弱はあれど、女神様から授かる光の力を扱って治療を行うのに、まるで対極であろう深く佇む闇へと勝手に歩みを進めてしまう。
恐ろしさは微塵も無い。
そこに待っているものが静寂と安寧だと不思議と分かっていて、戸惑いなどは一切頭をよぎらなかった。
そこへ飛び込めば怒られる事もなく、ひたすらに眠っていられる気がした。
甘美な誘惑に、心なしか暖かな闇も近くへ寄り添って来ている様な気がする。
体とは別の、意識の中、もう一人の私がそっと安寧を求めて闇へと歩く。
一歩、二歩、………………三歩。
確かに歩いている。
朦朧とした意識だが、確かに。
しかし、距離が縮まらない。
どうしたことだろうか、進めど進めどその闇に近づく事が出来ない。
歩いていると思っていた脚は、よくよく見ると透明な水が絡み付いていて、まともに動かせていなかったのだ。
勢いよく蹴りあげ追い払っても、ピッタリとくっついてくるそれは時間が経つにつれてどんどん増えていき、私を飲み込もうと飛沫をあげる。
透明でとても綺麗な水であるのに、何故だか混沌とした激しい感情が水滴の一滴一滴から伝わってくる。
その先へ行くなと、行ってはならないと、私を包み込む。
待って、待ってよ、このままじゃ溺れてしまう。
もうそこにあるのに。
数歩先にある、あの暖かな闇にさえ触れられれば、それだけでいいのに。
ガムシャラにもがき、ここぞとばかりに巫女の力で牽制をしようとするにも水はその力さえも吸い込んでキラキラと輝き出す。
無機物だとは到底思えない意志を持った動きで、まるで、お前を永遠に逃がさない、とでも言い様に勢い良く迫り来るものだから余計に身の危険を感じる。
いや、危険かもしれないというか、本当にこのままじゃまずい。
首元までせ上がってきた水が体を圧迫して、只でさえ重い体が更に苦しくなる。
追い討ちをかけるが如く、暴れれば暴れるほどに口や鼻に入り込んでくるものだから、コチラとしては闇なんて気にしている場合ではなくなり、ただただもがき続ける。
ゴボッと空気の吐き出される、限界の音が聞こえた。
ちょっと、死ぬ、死んでしまうから………っ、い、息が、
「っ息が、できないんだってば!!!」
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「……巫女…っ…様ッ……」
「おもっ、重いよ……なに?誰???」
眩しい、重い、痛い、苦しい。
………この嗄れた声は、私の声?
様々な情報が一気に舞い込んでくる。
水攻めの悪夢から飛び起きた私を待っていたのは、これまた息苦しくて重い現実だった。
誰かがのし掛かってきているのか、凭れ掛けているのか、どちらにせよとてつもなく重い。
そして何より水滴が、恐らく涙だと思われるそれが止めどなく顔に落ちてきて、洪水のようだ。
あの夢はこれが原因か、と独り言ちる。
涙で死にかけるなんて……。
そんな恥ずかしい死因は真っ平ゴメンだと上にいる者から微かに体を捩り何とかその水から逃れる。
長い間開かれていなかった視界は急な光に対応しきれず、ボンヤリとしていて輪郭こそ知れど、一体誰なのかまではハッキリと映らない。
分かるのは、泣いているという事と重さや体の硬さから男だという事、それと身体中に絡み付いている長いサラサラとした羨む位の髪の持ち主だという事。
嗚咽を交えた泣き声は低く掠れていて、こんな意味の分からない場面にも関わらず妙な色気か漏れ出て怪しく耳に残る。
不思議と幾分か冷静さの残る頭がこれらの情報から思い当たる人物がいるか、記憶の中から探し出す。
妙な汗が、涙とは別に頬を流れる。
神殿は基本的に男人禁制なので、男性というだけである程度まで絞りこめる。
神官か、聖騎士か。
そして神官にはだいたい遠巻きにされる事が多く、たまに話しかけてくれる顔見知りと言える程度の知り合いしかいない。
聖騎士も基本は自身の付き巫女以外と親しくすることは少なく、このような熱い包容(?)と共に涙まで流してくれる人は更に絞り込まれ………………と言うか、そんな人いる?
たった一人だけ。
もしかしてと思い当たる人物が脳裏へと駆け巡った。
が、そんなまさか有り得ない、絶対にそんなことは無い、と若干口許をひきつらせて否定していく。
少なからず、私の知るその男はこんなに感情のまま泣き崩れる真似なんて絶対にしない。
ましてやその涙の相手が私だと考えれば、更に有り得ない話だ。
私の事を嫌っている、もしくは小賢しい小娘などと思っている筈の男なのだ、ない、はず。
有り得ない、有り得ない……………けれど、長年隣で聞いてきたのだ、この声はやはり……
「………………………もしかして……ユーリエク?」
「っ…はい、……ユーリエクでこざいます。貴女の聖騎士であるユーリエクです!!」
「ぅわっ………っと、痛い!重い!苦しいから!!」
ひしっと力一杯体を抱かれ、体の節々が痛みでどうにかなりそうだ。
もう少しでも強く触れられれば、再びベッドの中で眠りかけるところだった。
ようやく外に慣れてきた瞳が、今の状況をうっすらと捉えていく。
どうやら部屋には彼しかいないようだった。
そして白いベッドに白い壁、壁に掛けられた羽を模した時計からここが神殿の病室だと知れる。
ベッドへ(というか私に)とへばり付く彼は、普段はきっちりと編み込まれている長い長い銀髪を乱しており、カーテンから溢れ出た光が所々反射し地味に目が痛い。
それでなくても普段から帯剣してある自慢の白銀の剣よりも無駄に輝いているのだから、どうにかして光を抑えてほしいものだ。
つつっと毛先から彼の顔へと、視線を沿わす。
その顔は、いつもの涼しげで冷酷さが滲む無表情がどこぞへと息を潜め、グズグズに涙に濡れた情けない眼差しがあるだけ。
毎日彼の意に沿わぬ事をしては苛つかせ、鋭く睨み付けてきたヴァイオレットの瞳は見る影もなくだらしなく垂れ下がって、瞼は赤く腫れている。
果たしてこの男は、本当にユーリエクなのか。
私の知っている、あの…………。
率直な感想が過る。
見れば見るほど、そっくりさんに化かされている気分になってきて疑惑が膨らむ。
私の聖騎士であるユーリエクはこんなんじゃない。
見た目は確かにそのまんまだけれど、同じなのはそれだけだ。
この目の前の男の中身は、全く覚えの無い男だ。
ユーリエク。
あの男の事は、こんな奴だと私は認識していた。
私がしょうもない事を言っているというのも一理あるが、基本的に何を頼んでも不機嫌そうに眉を潜めて、サラッと嫌味を返してくる。
その嫌味はガチガチの正論で返される事が殆どで私はろくすっぽ言い返すことも出来ず、よく口喧嘩に負け黙りこませれてきた。
そして、口をつぐんで敗けを認めた私を視界の端で捉え、片方の口許をあげて笑うのだ。
勝った、と嘲笑うように。
とっても歪で性格の悪さが滲み出た顔だった、あれは。
私が平民出で自分が貴族出のボンボンだからという立場的な関係もあってか、全くもって敬いやら心配やらの殊勝な態度を感じない。
いや、違うか。
それらを感じないというより、粗雑な躾のなっていないちんけな変わり種の巫女だと呆れているオーラがプンプンしていて事実それを隠そうともしない。
騎士でありながら嫌~な心根の奴なのだ。
確かに、神殿では優秀な巫女には優秀な聖騎士がつく事が当たり前の世界。
その中で貧乏くじを引いてしまってこんな冴えない、数も最も多い下級巫女に仕えるなど、彼の生まれもった矜持が許さなかったのだろうと思う。
力も容姿も取り分けて惹かれるものがなく、たまたま地元の小さな神殿の近くで力が目覚た為にうっかり巫女になった平民女じゃ、憤る気持ちもまあわかる。
それでも、彼を自分の聖騎士へと望んだのはその時の流れからして決定事項であったし、私が是非にと希望した訳じゃないと抗議したい。
どっちかと言うと数は少ないけれどもっと気さくな同じく平民出身の人の方が私だって嬉しかったよ!!!
何度あの蔑みの瞳を見た瞬間にそう叫ぼうかと思ったことか。
言いたい、叫びたい。
………だが、喉元で言葉をぐっと我慢をする。
ただ一度勢いでそう告げた後のユーリエクはプライドを傷つけられたからか、神殿に身を置く者とは到底思えない程恐ろしくなる。
根性が捻くれているだけではなく面倒臭いプライドも加わるだなんて、神殿のエキスパートととして本当に頂けない。
こういった態度をとっているのが私だけというのももっともっと頂けない。
曲がりなりにも私は巫女であり彼のペアだ。
こいつ何だか庶民臭くて嫌だからといってハイ解消、と出来るものでもない。
互いにいがんでも、一度組まされたペアは何か大事があるか、5年の月日を待つかしないと解消されない。
そのせいで何度も何度も一部の貴族あがりのユーリエクファンだかの巫女達にやっかみを受けてきた。
祈祷の際に着用を義務付けられている羽衣を隠されたり、集合する時刻を少しずらして教えてきたり、もういっそのこと解消レベルの大事を起こしてよ……………と何度嘆いたか。
巧妙にユーリエクには気付かれない場面で仕掛けてくるのだから、女というものは巫女であろうと怖い。
そんな虐げを受けてきた晩は、なんと性悪な巫女がいるのだと女神の人選の雑さに恨み言をぼやきながらベッドへと潜り込んだ。
………改めて思い返すと、私のこの波乱万丈生活の大半が、この聖騎士のせいであると断言できるような気もする。
顔を合わせればいつも言い合って、怒られて、最後に小さくあの無表情で舌打ちされる。
まさに水と油。
犬猿の仲。
運命的に反りがあわない同士。
それが私たちの関係だった。
こんな涙ながら嬉しそうに貴女の聖騎士です……、なんて口が裂けても言わない男がユーリエクだ。
私のことが嫌い、それが彼の定理、定義。自然の理。
絶対に違いない。
ユーリエクは、そんな男。
だからグズグスと子供染みたこの人は知らない……。
それに、貴女の聖騎士だとか何とか言っているが、薄ぼんやりと覚えている朧気な記憶の中では………そうだ
「ちょっと待ってよ、どういう状況か説明して。この体の痛みはちょっと普通じゃない。それに……記憶が合っていればだけれど、私とユーリエクはペア関係を解消したんじゃないの?」
不確かだが、朝目が覚めて、互いの顔を認識した時に図ったように二人で言い放ったはず。
今日で5年が経ったから(ので)、解消しましょう(致しましょう)………と。
二人とも気持ち悪い位いい笑みを貼り付けてさ。
私はあの時に初めてユーリエクの嘲笑い以外の笑みを見た気がするよ。
「貴女は襲われたんです。祈りを捧げた後にどこかにフラりと行ってしまう癖があるでしょう、その時に。……………解消は……、する前に貴女が………その…」
「は!?襲われたって、どこの誰に!?」
「それは……」
捲し立てる私に気圧されてか、叱られた子犬みたいにションボリと肩を下げる。
乾いた涙がよりいっそう悲壮感を扇ぎたてており、まるで私が虐めているような現場だ。
………いつもであれば想像がつかない光景に内心尻込みする。
襲われた事実よりも視覚に入るユーリエクにどうしても驚きが吸い込まれてしまい、なんとも言えない感情がひろがる。
それに、語尾をハッキリと言わない彼も初めて見たかもしれない。
余程、言いづらく酷いショッキングな内容なのか………。
未知の恐怖が駆け巡り、ゾッと鳥肌が立つ。
だが、それも直ぐに肌が暖められることにより消えていく。
先程からベッドに寝そべる私からずーーーっと離れない体が、暑くて暑くて(それと痛くて)堪らない。
恐怖よりも、そちらが今は大きい。
13の時に神殿に連れてこられたものだから、男性との身体的接触なんてほとんど記憶にない。
巫女は純潔を失えば強制的に力を無くしてしまう為、前記通り聖騎士以外の男性とは神官様ぐらいしか顔を会わせない。
それに、絶望騎士であっても淫らに肌と肌が触れ合うことは風紀の乱れとして、極力は抑えるように禁止されている。
よって、どういうことかというと、だ。
こんな訳のわからない状況に今更ながら、何だか変な緊張感が出てくる。
然り気無く掴まれた腕を振りほどこうにも、離れない。
哀愁漂う姿のユーリエクだが、手の力は少しも緩まないで、逆に離そうとすればギュッと強くなる。
「私は、貴女に謝らなければなりません…………」
苦しげに眉を潜めて、呟く。
項垂れて、目をつぶった悲壮な表情の顔が私の目の前へと降ってくる。
吃驚して顔を後ろに引こうにも、バフンと枕が音をたてるだけに終わり距離は依然、変わらない。
…………ユーリエク。
謝罪はゆっくりと聞くから分かったから、取り敢えず近いからどいてくれる?