海賊の音楽家
「地球は丸いですか?」
「へっ?」
今日、何人目であろう?この質問をした相手は。
この質問を受けた者は皆、少しビックリした顔で私を見る。
今、私は仲間集めをしているのだ。
現在の私たちの人数は約40人。海賊行為を行うには少なくは無いが、もちろん多い方が良いに決まっている。
私の持論では、戦いに勝つのは最も戦力を集めた者である。
「えーと……丸いと思います」
目の前の若者は答える。
言うなれば、これは面接である。宿屋の一室を借りて、仲間に入りたい者とこの部屋で話をしているのだ。
「では、地球は太陽の周りを回っていますか?太陽が地球の周りを回っていますか?」
私は聞く。聞かれた相手は何かの引っ掛けだろうかと眉をひそめる。
私はこの【海賊GAME】の時代設定を十七世紀後半から十八世紀初頭と推測している。
つまりコペルニクスやガリレオよりも後の時代だ。
もちろん、地動説は紀元前より唱えられているが、一般の者が自信をもって地球が動いていると言えるようになったのは十六世紀以降だろう。
「はい。地球は太陽の周りを回っています」
「はい。合格」
私は海賊になりたいと志願してきた若者にニッコリと微笑みながら言う。
相手は何か腑に落ちないような表情でこちらを見ている。
「何か?」
私は若者に聞いた。
「あのー、それだけですか?」
「物足りないですか?」
「……」
若者は明らかに物足りない表情をしている。
「では、少し難しい質問をします」
「お願いします」
私は少し考えてから言った。
「壊血病を知っていますか?」
私のこの質問に若者は少しムッとしたようだ。
「海に出る者で壊血病を知らない者はいません!」
若者は断言した。
壊血病とは、この時代の船乗り特有の病気である。歯茎から出血をして歯が抜け落ちたり、傷の出血がなかなか止まらなかったり、抵抗力が著しく落ちたりする。この時代の不治の病だ。
そう、船乗りでこの病気を知らない者はいないが、残念ながらエッダリは知らなかった……
しかし、彼はただの賑やかしキャラで、船乗りでは無いのでそれは良いだろう。
「では、壊血病を予防する食べ物は次の内、どれでしょう?イチ、レモン。ニ、ライム。サン、ミカン。さあ、どれでしょう?」
これには若者は首を傾げる。
そうだ。この時代、壊血病は不治の病である。この病気の予防にビタミンCを多く含む食べ物が効くのが分かったのは、十八世紀後半である。この【海賊GAME】の時代設定の少し後だ。つまり、若者がそれを知らなくて当然だった。
「分かりませんか?」
「すいません」
若者はしょげてしまう。
「答えは、今私が言った食べ物は全て壊血病に効果があります」
「そうなんですか?」
若者はビックリした顔で言う。
「壊血病はレモンなどに多く含まれる栄養素が不足してなる病気なのです」
私は若者に説明する。
すると若者は目を丸くして言った。
「えっ、まさかビタミンCですか?」
「そう。ビタミンCです」
若者は私を尊敬の眼差しで見る。それはそうだろう。誰も知らない事を私は知っているのだ。
「あなた名前は?」
「えっ?あ、オーディです」
そうか、オーディか、覚えておこう。
この若者は仲間にする事に決めて、私は次の人材を呼ぶ事にした。
エッダリが呼ぶと、何か妙な物を抱えた若い男の子が入って来る。
なんだ?あの手に持っているのは……
ラッパ?いや、トランペット?
「一曲如何ですか?」
入って来た少年はトランペットを構えて言う。
「なんだ?おめぇ。なんか勘違いしてねえか?ここは海賊になりたい奴が来るところだぞ」
私の横に座るエッダリが凄んで言う。
「はい。仲間になりたいです」
少年は少し緊張した面持ちで言う。
「はぁっ!?」
エッダリはさも馬鹿にした口調で大声を出した。
「なかなかの逸材だな……」
「えぇぇぇー?」
私の言葉にエッダリが非難の声を出す。
私が考えるに古代より、戦闘と音楽は切っても切れない仲だ。
兵士の指揮を鼓舞するのに音楽が使われたりする。進軍ラッパなどはそのいい例だろう。
「君は剣を使えるのですか?」
「からっきしです」
少年はそう言うと、えへへと笑う。
完全な非戦闘員か……
「剣も使えないのに、海賊の仲間になりたいのですか?それでは条件は厳しいですよ」
「あ、はい」
少年は真面目な表情で返事をする。
「何か士気が上がる様な曲を吹いて下さい」
私のリクエストに合わせて少年は曲を吹き始める。
おおっ、なかなかの音色だ!
素晴らしいのではないか?
私は少年が一曲吹き終わるのを静かに待つ。
エッダリも感心して少年のトランペットの音色を聴いているようだ。
少年はトランペットを吹き終わった後、テストの結果を待つ学生のような顔をして私を見る。
それに対して私は言った。
「もう一曲、お願いします」
「あっ、はい」
「聞いた人間が不安になるような、恐怖心を煽るような曲は吹けますか?」
それに対して少年は少し困った顔をする。
「え、えぇと……不安になるような曲?」
そうか、この少年のレパートリーには無いようだな。そもそもそんな不安を煽るような曲など、この世にあるのだろうか?
別にこれが吹けなくても、少年は仲間にするつもりではあるが、私は少年に言ってみる。
「即興のオリジナルでもいいですよ」
少年は少し考えてから吹き始める。
……
うぉ!!なんたる不協和音!!
いや、しかしただの不協和音ではないぞ。
……なんだ?この不安感は?
私は音楽には詳しく無いが、上手くディミニッシュ・コードを使用し、不協和音を多用して不安感を煽っているのだな!!
これは素晴らしいぞ!!
剣は使えなくても、とんだ掘り出し物かもしれない!
私が拍手をすると少年は吹くのを止めた。
「今、即興で作ったのですか?ディミニッシュ・コードのような技術はどこで覚えたのですか?」
「デ、デミ?」
少年は変な顔をして私に聞き返して来る。
教えられた技術では無く、感覚でやったようだな。
「素晴らしいですよ。仲間になりましょう」
私は少年と握手をして言う。
「えっ?あ、ありがとうございます」
「君は名前はなんと言うのですか?」
「ヴェトラです」
ヴェトラと言うのか。音楽家の海賊というのが面白い。
私はヴェトラも仲間にする事に決めて、次の人材を部屋に呼んだ。
すると、今度は眠たそうな顔をしたとんでもない美形の若者が現れた……