餓死寸前
現在、私達は陸地を目指してさまよっている。
もう私がこの【海賊GAME】をはじめてから、ゲーム内で十日が経とうとしている。
おかしくは無いだろうか。これは海賊になるゲームでは無いのか?
十日も経つのにおっさん連中と船の旅を楽しんでいるだけではないか。いや、実際はこれっぽっちも楽しんではいない。
海賊行為どころか、戦闘すら全くせずだ。本当にこれは何のゲームなんだ?
いつの間にか、おっさん育成ゲームのようになっている……
どこの世界に落ちこぼれのおっさんを育てて喜ぶ人種がいると言うのだ?
挙げ句の果てに、今は遭難状態で海の上をさまよっているのだ。
そして、もう三日もろくな食事を取っていない。堅パンというものを、お酒に浸して、それをふやかして食べて飢えを凌いでいる。
このままでは、一回すら海賊行為を行わないまま、遭難して飢え死にして、ゲーム・オーバーだ。
【海賊GAME】なのにだ!海賊のゲームなのに、落ちこぼれのオヤジ達とクルージングをしただけで、餓死して終わる!!こんな無念な事があるだろうか?いや無い!!
もうそろそろ陸が見えても良いと思うのだが、なかなか陸地に辿り着けない。
ここで、いったんゲームを中断するか?一回は海賊行為を行ってから中断したかったが、このままではいつになるか分からない。
私がそう思っていると……突然、その時はやって来た。
「前方に船を発見!!!!」
見張りが大声で言う!!
ヘトヘトになっていた私だが、さすがにこれにはテンションが上がる。
「スノラさん、お願いします!!」
私が言うと、スノラが仲間に操船指示を出す。
とにかく腹が減った。あの船はもしかしたら、たくさんの食料を積んでいるかもしれない。絶対に捕まえなければ!!
飢え死に一歩手前の皆は必死だ!!スノラの指示が冴える!!
操舵手のエッダリも一生懸命、舵輪を操る。
私達の船にはまだジョリー・ロジャーが無かった。誰もそこまで頭が回らなかったのだ。
なので獲物の船に近づいて、いきなり接舷をして攻撃するつもりである。
しかし相手の船も警戒はしてくる。こちらが不用意に近づこうとすると、必ず距離をあけるのだ。
それは当たり前だろう。この大海原、どこでも行く道はあるのに、わざわざ別の船に近づいてくる船は無い。
しかし、今回見つけた船とはお互いに向かい合わせで近づいている。
これは良くもあり、悪くもあった。
二つの船が向かい合わせで近づく関係を、行き合いの関係と言う。
この行き合いの関係となった二船はお互いに進路を右に転じて相手の船を避けなければいけない。
なので最初は、お互いに近づきはするが、進路を右にきってからは徐々に離れていく関係となる。
よほどうまく操船をしない限り、相手の船に接舷をする事は難しいだろう。
最初は右に舵をきるが、こちらはその後に、舵を左にきり、グルリと船体を一回転させて、相手の船の横に並ばなければいけないのだ。
しかしこちらの動きを見て相手の船も動きを変えるだろう。
それに対応してこちらもまた方向を変えなければいけない。
今のスノラに出来るだろうか?
「ハードポート!」
スノラは絶妙なタイミングで船の方向を左に変える指示を出した。
グッ、グッ、グッ!!
帆を操る者達もかなり手際が良くなってきている。
私は船首に立ち、獲物となる船を見る。まだ向こうの船の動きに変化は無い。こちらの動きに気づいてはいないようだ。
スピードもそう速いようには見えない。
こちらの船は大きな円を描き、獲物となる船に近づいていく。
まだ相手は大きな動きを見せない……
気づいていないのか?
スノラの絶妙な指示により、こちらは徐々に獲物の船に近づく。
ようやく、相手はこちらの動きに気づいたようで、進路を変える。
遅い。いくらなんでも反応が遅く無いだろうか?
そして、我が船はその獲物の船に上手に並走させるまでになった。
ここからは、私が皆に授けた戦術通りに事が運べば良い。
「第五部隊は引っ掛けフックの準備をして下さい」
私は指示を出す。
「第四部隊は手投げ弾の準備を。第一部隊から第三部隊までは移乗攻撃の準備をして下さい」
いよいよ、初めての海賊行為である。
私はシャムシールのスキルに「100」ポイントを割り振る。
すると!!
とんでも無い事が起こった!!
なんと向こうがジョリー・ロジャーを掲げたのだ!!
「おっー!!」
「うぉー!!」
あちらの船から、野蛮な雄叫びが聞こえる!!
しまった!!
どうも私達が狙った船は海賊船であったようだ!!
まずい!!相手が民間船でも、あの人達には荷が重いだろうに、まさか海賊を狙ってしまうとは!!
「スノラさん。逃げましょう!船を離して下さい」
相手の船が掲げたジョリー・ロジャーは、髑髏の下に五体がばらばらになっている人間が描かれていた。
センスが悪い……
「ま、まさか……」
私の横にいた甲板長エールが呟く。
私がそちらを向くと、エールが青い顔でガタガタと震えている。
「どうしたんですか?あの海賊旗に見覚えがあるのですか?」
私が聞くとエールは答える。
「あれは海の悪魔と呼ばれる、パウル・ハウゼンのジョリー・ロジャーだと思います」
「パウル・ハウゼン?」
「とんでもない狂気を持った海賊です」
エールはそう言うと、パウル・ハウゼンが子分とカード・ゲームをして、その子分をいきなり撃ち殺したエピソードを話してくれた。
そのエピソードを私は知っていた。それはエドワード・ティーチだ。歴史上の実在の人物と言えばいいのだろうか。
十八世紀頃、カリブ海や大西洋沿岸を荒らし回った有名な海賊にエドワード・ティーチという人物がいて、その海賊のエピソードにそっくりなのだ。
エドワード・ティーチは相当に残忍で、大悪党だったという話だ。
パウル・ハウゼンという海賊が、そのエドワード・ティーチをモデルにしているのであれば、かなり手強いはず。
そんな海賊と交戦状態になれば、こちらは全滅必至である。
どうにか逃げ出さなければ……
しかし、あちらの船から引っ掛けフックが、こちらの船に投げ込まれてしまう!
慌てて、その引っ掛けフックを外そうとするが、向こうではそれを力一杯引っ張っているのだ。ガッチリと食い込んで簡単に外れる訳がない。
「ナイフや剣で切って下さい」
私は大声で言う。
おっさん連中は、慌ててナイフを準備して引っ掛けフックのロープを切りにかかるが、ロープが頑丈でなかなか切れない。
そうこうしているうちに引っ掛けフックは引かれ、お互いの船はどんどんと近づいていく。
まずいな……
まだ両船が完全には接舷していないというのに、次々と向こうの船から剣を持った男達が乗り込んで来た!!