貴重なタンパク源
沈む……
これはいくらなんでも沈むだろう。
アルキメデスの原理を知らなくても船は浮く。
「液体内の物体は、その物体と同体積の液体の重さに等しい大きさの上向きの力を受ける」
これがアルキメデスの原理、つまり浮力だ。
だから、作り方さえ間違っていなければ、船は勝手に浮く。
しかしだ。
船は勝手には進まない……いやいや、帆を張れば勝手に進むのだが、帆を張ればいいだけでは無い。
つまり、何が言いたいかと言うと……誰も操船出来ないのだ……
勢いよく帆を張って港を出発したはいいが、メンバーに船乗りがいない……
「だはは。こりゃ飛んだ落とし穴だ」
笑いながらエッダリが言う。
落とし穴なんかじゃ無い!!ただの無計画だ!!
だから、あんたら落ちこぼれるんだ!!
港を出発したのは夜中であったが、もうすぐ夜があける。
もう何時間、海の上を波に任せてプカプカと浮いているのだろう。
私はその間、スマホでこの【海賊GAME】の「HELP」を読んでいた。
私はこういうゲームを始める時はマニュアルをじっくり読むタイプだ。しかし、今回は自分のキャラクターを作ったと同時にゲームが開始されてしまった。
すぐにでもゲームを始めたい者には良いシステムだが、私のような者には、それは優しく無い。
エッダリから貰った銃をどこにしまうか考えている時に、自分がスマホを持っていることに気づいたのだ。
「HELP」を読んで分かったのだが、どうもスキルのポイントは自由自在に変更出来るようだ。
という事は……
「飯だぞー!!」
なに?ご飯?
このゲームは、ゲームの中でご飯を食べるのか?
そう言われて見ればお腹が空いている……
凄いな、このゲームは。お腹が減るのか、素晴らしい。
「カナエ、こっちに来て一緒に食べよう」
エッダリが私を呼ぶ。またか……
私は人に構われるのが嫌いだ。一人が好きである。
しかし、こんな船の上ではそうも言っていられない。
仕方なく私はエッダリの隣に座る。
さて、海賊の食事とはどんなであろ……
うぉっ!?
な、な、な、なんだ!?これは?
か、か、か、亀だ!!それも元は相当にでかいウミガメであろう。
「か、かめ……かめ……」
私はあほうのように同じ言葉を繰り返す。
エッダリがこちらを見てニヤリと笑う。鼻を一度、ふっふーんと鳴らしてから私に言った。
「海の上で重宝するタンパク源と言えば?」
「……」
「そう!ウミガメ!!さっき釣り名人のスノラさんが釣り上げたんだ」
なんて言えば良い?なんと言えばこの人達は分かってくれる?
ウミガメの話は知っている。海賊モノの本で読んだ事がある。確かに食料が切れた時にウミガメは貴重なタンパク源と書いてあった。
しかし今は航海一日目だぞ。ウミガメは普通奥の手だろう?なぜ、奥の手を最初から出す?
船倉にはまだ腐る程、食事の材料があるでは無いか?
「なぜ、船倉にある食料を食べないのです?」
私が聞くと……
「……なんか、ウミガメ食った方が海賊ポイだろ?」
下ろせ!すぐにこの船から私を下ろしてくれ!!
案の定、私だけでは無く、周りの者も皆、食が進まない……
先ほど鼻を鳴らしたエッダリ自身もウミガメとにらめっこをしたまま、なかなか亀の肉を口に運ぼうとはしない。
食事を囲んだ皆が「お前食えよ」「いやいや、お前こそ先に食え」みたいな、小学校のお遊戯のような事をやっている!
だからあんたら駄目なんだよ!
私はウミガメは食べず、水をと思い、容器に入った液体を口に運ぶ!!
ぶへっ!!
「げほっ、げほっ」
な、なんだ?これは、さ、酒じゃ無いのか?
海賊モノで有名なラム酒というやつか?
しかし、何故酒なのだ?
「なんでお酒なんですか?」
「いや、貯蓄した水が切れたり、腐ったりしたら、水の代わりに酒を飲むと聞いたので、酒にしてみた」
私を下ろせ!!
水はまだ船倉に山ほどある!!先に水を飲め!!
私がこの異次元空間にどう対処すれば良いか考えていると……
「右の方に船を発見!!」
見張りの声が聞こえる!!
おっ!いよいよ海賊としての初仕事か?
「避け方が分からん!このままではぶつかる!!」
見張りが叫ぶ!
なんだと?相手の船を避ける事も出来ないとは、海賊行為以前の問題だ!!
この時代の海上のルールは知らないが、相手の船を右舷方向に見る船が相手を避けなければいけないのじゃ無いか?
つまり、相手の船をかわさなければいけないのはウチの方だ!
ウミガメなんか食べて喜んでる場合じゃ無い!
私はすぐにスマホを操作して、操船技術のスキルに「100」ポイントを割り振った。
こんな時代の帆船など初めて見るが、頭の中に操船の方法が浮かび上がってくる。
「エッダリさん、あなたは操舵手をお願いします」
「ソ、ソーダ酒?」
ソーダ酒じゃない!世界観が壊れるから、いきなり時代考証を無視するんじゃないっ!!
「舵輪……ステアリングホイール……を操作して下さい」
「あ、あのクルクル回るヤツか?」
エッダリは梶輪を指差して言う。
「そうです。そしてあなた達はマストの操作をして下さい」
私は甲板の上を右往左往する者たちに指示を出す。
やれ右だ!それ左だ!ロープを引っ張れ!今度は緩めろ!と私は一生懸命指示を飛ばした。
すると……
グ、グ、グッ!
船がその進行方向を変える!!
我が船は右舷方向から近づく船を見事に避けた!!
何故だ!?
この船は海賊船では無いのか!
何故避ける?
襲えよ!!
私のファインプレーで難を逃れた我が一行の船は歓喜に揺れる。
「やったぞ!避けた!!」
「一時はどうなるかと思ったけど、助かった」
いや、いや、いや、おかしいだろう?私達は海賊では無いのか?
何故、獲物を避ける?
私は頭痛とめまいがしてきた。
……もう、止めようか。楽しくも何とも無い。この【海賊GAME】の説明には「ゲーム・バランス最悪」と書いてあったが、バランスが悪すぎるだろう。
私はスマホを出し、ゲーム終了の為の「航海をおわる」ボタンを押そうとする。
「お前すげーな!見事な操船技術だ」
落ちこぼれ集団の中の誰かが私に言う。
見事な操船技術と言っても、私はただスキルポイントの割り振りを変えただけだ……
「お前、カナエって言うのか?」
「あっ、はい」
「若いのにすげーな」
実際はもう若く無い。なぜ、このゲームはちょいちょい痛いところを突いてくるのか?
「カナエが居れば、なんか俺たち出来そうな気がするよ」
「おお、俺もなんか勇気出てきた」
周りの落ちこぼれ達が言う。
……仕方ない。このゲームを止めるのはもう少し先にするか。