海賊ブルグン登場
なんだ?ここは?
俺は自分の部屋で眠っていたはず……
それがなぜか、今いるこの場所は薄暗い見知らぬ部屋だ。俺があたりを探ろうと腕を動かすと……
ジャラッ!
腕が重い。何か鉄のようなものが自分の手首に巻きついているような感触がする。そして地面が揺れているような浮遊感がある。
よくよく耳を澄ますと遠くに波の音が聞こえる。それで俺は気付いた。ここは船の中。自分は海の上にいるのだと。
特に自分が夢の中にいるという感覚は無い。言ってしまうなら、めちゃくちゃリアルだ。この匂いといい、波の音といい……
ジャラッ!
不思議なのはこの腕に巻きついた鎖である。足首にも鉄を巻きつけているような違和感がある。
俺は自分の手首を見る。案の定、ごつい、手錠のようなものが俺の腕を拘束していた。
「なんだ、こりゃ?俺、海賊じゃないのかよ?」
手首を拘束する手錠を見て、俺がボソリと言うとすぐ近くで声がする。
「馬鹿か?お前は。俺たちゃ奴隷として売られるんだよ」
奴隷?なんだ、それは?それに誰だ?
「誰かいるのか?」
「へっ?今さら何言ってるんだ?お前は?」
先ほどの声の主は半笑いで言う。
そして他の場所からも笑い声が聞こえた。
えっ?今、違う場所からも失笑のような声がしたような……
ようやく薄暗い部屋に目が慣れてきた。よくよく周りを見ると薄暗く狭い部屋には何十人もの人間がいる。
「お前、大丈夫か?恐怖で気でも狂ったのか?」
先ほどの声の主が俺に言った。
やばいな!ストーリーが分からない。もっとゲームを始める前にHELPを読んでおくべきだったかな。
「いや、何でも無い。ちょっと寝ぼけてたみたいで……」
俺は適当に言ってみる。所詮、相手はゲームのキャラクターだ。そう気を使うことも無いだろう。
「寝ぼけてたって?よくお前、この状況で眠れるもんだな?」
声の主は、俺と同じぐらいの年齢だろう。俺の横二メートルぐらいの所に座っている。
「この状況って?」
俺は聞いてみる。すると相手は一つため息をついてから説明を始めた。
その声の主の説明によると、どうも俺たちは、海賊にさらわれたようだ。それも奴隷として売られる為に。
俺たちをさらったのは、あの有名な海賊ブルグンだと言う。あの有名な、と言われても全く実感が湧かない。
ちなみに、俺に説明をしてくれた声の主はムンクと言う名前らしい。俺と同じ十八歳という事だ。
今の状況をムンクから聞き終わった俺としては納得がいかない。俺がなぜ、奴隷として売られなければいけないのだ?
仕組みは分からないが今俺が見ているこの夢は、先ほど俺が始めたゲームの中なのだろう?俺は海賊になるゲームを始めたのだ。それなのに奴隷はおかしい。
それとも夢の中でプレイされるとの文面は比喩であって、実際は今見てるこれはただの夢か?
確かに夢の中でゲームをするなんて、信じられないとは思う。どういう原理なのかと聞きたい。
しかし今の世は、こちらが内緒で見ているサイトの内容まで知る方法を編み出したのだ。人の夢の中に関与出来るゲームの一つや二つぐらい、あってもおかしくないだろう。
それより、なぜ、俺が奴隷なんだ?それが一番の疑問だ。これでは【海賊GAME】では無くて、【奴隷GAME】になってしまう。
うーむ。俺が考えるに……二つあるな……
俺たちを捕まえて奴隷として売ろうとしている悪者海賊、ブルグンだったか?俺がそいつを倒す。そして俺が海賊になる!!
もう一つのストーリーは俺たちを売ろうとしているブルグンの仲間になる。そして海賊になる!!
おそらく、どっちかだろう……俺は悩む。
アクションRPGなのか、シュミレーションゲームなのか分からないが、こういう場合は何か行動を起こさなくてはいけないのだろう。
放っておけば、向こうからイベントがやってくる場合もあるが、こんな将来の奴隷部屋でのんびりと待つのも嫌だ。
ブルグンとやらに戦いを挑み、倒すなり、仲間になるなりしなければ……
これはおそらくそういう類いのゲームなのだ。まずはここで自分の仲間でも募るか……
俺はよくよく考えて行動に移る。
「みんな、聞いてくれ!」
俺は部屋中に聞こえるように大声を張り上げる。
この部屋に閉じ込められた人間は十代後半から三十代半ばぐらいの男ばかりだ。
男の場合、そのぐらいの年齢が奴隷として高く売れるのだろう。
「なんだ?なんだ?」
部屋にいる男共は俺の大声にびっくりして俺を見る。
先ほどいろいろと今の状況について説明をしてくれたムンクも、びっくりして俺の顔を見た。
俺は息を大きく吸い込み叫ぶ!
「今こそ立ち上がる時!!我と共に戦え!!そして倒すのだ!憎きブルグンを!!」
「……」
「……」
「……」
部屋に沈黙が訪れた。なんだ?この沈黙は?
「……」
「……」
「……」
長い!長すぎるっ!!
もしかして爆笑か?爆笑されるのかっ!?
「馬鹿、ブ、ブルグン達に聞こえちまう!ど、どうしちまったんだ?お前!」
ムンクが小声で俺に言う。
周りの者は皆、息を殺すばかりだ。
俺は脳天をハンマーでぶん殴られたかのような衝撃を受ける!!なんだ?この反応は!!駄目だ!浮いた!!俺は浮き上がった!!
ゲームなんだからっ!!あれぐらいぶちかました方がいいだろうがっ!!
なんだ?この部屋の雰囲気は?俺が空気を読めない残念な人みたいになってるじゃねえかっ!?
どうすんだよ。この居心地の悪さを!!
ゲームなんだから、みんなで「オー!!」とか言って返してくれればいいじゃねえか!?
やばい!!ムンクまで、俺をかわいそうな人でもみるような目で見ている。
「……分かった。ごめん、今のは無しにして」
俺の心は折れた。もういい!こんなゲーム、止めてやる!!
とにかく、目が覚めれば終わりだ!ほんとにクソゲーだ。何がただ面白いだけのゲームだ!!面白くもなんともないわ!!
すると!!聞こえる!!
「無しになど出来るかーっ!!」
突然、部屋の外で声がする。
なんだ?なんだ?
俺たちを閉じ込めていたと思われる部屋の扉が開いた!!
そして現れたのは……でっぷりと太った、怖そうな海賊だった!!
その怖そうな海賊が現れた瞬間、部屋にいた者は皆、目を伏せる。
皆の行動が言っている。奴が俺たちをさらってきて、奴隷として売ろうとしているブルグンだろう。
「誰だーっ!?俺を倒すと言ったのは!?ぶっ殺してやる!!」
ブルグンはズカズカと部屋の中に入ってくる!!部屋にいた男達は慌てて道を開けた!!
「誰だっー!出てこいっっ!!」
ブルグンはかなり激怒しているようだ!!ゲームの中の作り事と分かっている俺でもビビってしまう!!
「お前かっー!?」
ブルグンは相当頭にきているのだろう。近くにいた奴隷予備軍の男の胸ぐらを掴み片手で持ち上げる!!なんという馬鹿力だ!!
「ちがっ、ち、ち……」
胸ぐらをつかまれた男はガタガタと震えながら言う。
「あぁっ!!」
ブルグンは逆の手に少し短めの剣を構えて凄む!!
今にも手に持った剣で、吊り上げた男の首を突き刺しそうだ!!
「待てっ!!」
俺は……これはゲームの中だ。これはゲームの中だ。恐れることは無いと、何度も心の中で繰り返しながら言う。
「なんだぁっ!?小僧!!」
「お、俺です……言ったのは俺……です」
「なんだとぅっ!?」
ブルグンは釣り上げた男を後ろに投げ飛ばしこちらに近づいてくる!!
どれだけ馬鹿力なんだ?それにこちらは手錠をかけられているというのに、ブルグンは馬鹿力に武器まで持っている。
海賊になる前に殺されてしまう。早くもゲーム・オーバーか?このクソゲーが!!
「俺を倒すと言ったのはお前かっ!?」
目の前で見るとその大きさに圧倒される。奴の身長は1m90cm以上はありそうだ。俺も1m70cm以上はあるので小さいほうではないんだが、奴は俺が見上げるような巨漢である。
「俺……です」
クソゲーが!クソゲーが!クソゲーが!!
こんなの勝てる訳が無かろう。
「せ、正々堂々と戦お……う」
俺は言う。
「馬鹿かぁ!?お前はぁ!!」
ブルグンは火でも吐くのではないだろうかと思えるような咆哮をあげる!!
「この世のどこを探せばいい?どこでそれは見つかる!?正々堂々とはなんだ?甘いことを言うな!!」
そう言うとブルグンは剣を振り上げた!!
いきなりゲーム・オーバーか!!どうする事も出来ない!!こちらは両手両足を拘束されているのだ!!
こんなゲームするんじゃ無かったと思いながら俺は目をつむった!!
その時!!
「船長!!大変だ!!」
部屋の外から慌ててブルグンの子分らしき海賊が現れる!!
なんだ?どうした?
俺は片目をそーっと開けると、慌てて飛び込んできた子分はブルグンに耳打ちをしている。
「な、なぁにぃっっ!?」
子分の報告を受けたブルグンは血相を変えて部屋を飛び出して行った!!