便衣というもの
「弾丸が尽きたら銃剣で闘え。剣が折れたら拳で打て。拳が砕けたら歯で敵を噛め。身体が砕け心臓が止まったら魂をもって敵中に突撃せよ。全身全霊をもって皇軍の真髄を顕現せよ。」 大日本帝国陸軍大佐 山崎保代
2015年 8月23日 PM10:45 黒河市
セルゲイのいる第二分隊にニ両のツングースカ対空戦車が加わり、部隊の対空防御力は大幅に上昇した。
だんだん中国軍の数が減ってきている。総兵力二百三十万超の軍隊のくせしてこれほどしか戦力を保持していないのだろうか。セルゲイはそう思った。
「おい!!セルゲイ!!二時のマンションのRPGスキーを黙らせろ!!」
オサー分隊長がセルゲイに指示する。
「了解!」
セルゲイはOSV-96を展開し、崩れたブロック塀に手を置いて依託射撃の姿勢になった。
三百メートルほど離れた目標のマンションの土嚢に隠された窓からは交互に69式ロケットランチャーを撃っているのか、五秒おきに白い煙が真っ直ぐに伸びていった。
航空支援は敵のミサイル車両がいるので期待できない。T-90の主砲も仰角限度を超過するため無理だろう。RPG-32を持っている兵士もいるが、今それをぶちこむのはやめた方がいい。
RPGもどきの弾頭は、さすがに三百メートルも離れているのでコリオリの力で流され、目標とされたT-90(ケイソ)の周りに着弾。建物が破壊され、爆発でアスファルトが掘り出され、ロシア兵たちに降り注いだ。
セルゲイはスコープで目標を確認し、OSV-96を三発発射。発射された12.7mm×108弾は、真っ直ぐに目標に命中し、土嚢ごとぶち抜かれた中国兵の血が窓の隙間から垂れてきた。
風が強いのになぜ12.7mm×108弾は真っ直ぐ飛んでいき、三百メートル先の目標に命中したかと言うと、5.56mm×45や7.62×39弾では弾丸の質量が小さいので風に流されやすいが、12.7mm弾なら質量も大きいので風の影響を受けにくい。
なので、アンチマテリアルライフルは二千メートルもの距離から狙撃できる。対物ライフルの利点は、破壊力だけではなく、風の影響を受けずに長距離に位置する目標を狙撃できる利点もあるのだ。
目標が沈黙するのを確認すると、セルゲイはOSV-96を折り畳み、ベロフを連れて穴だらけのレストランに侵入した。
レストランの中では、第四分隊の兵士が三人程、内部の中国兵に弾を撃ち込んでいた。中国兵も撃ちかえし、レストランは戦場と化していた。
セルゲイも95式を六発ほど中国兵の一人に向かって発射。5.8mm弾がテーブルのメニューを貫通し、中国兵の肩と頬に命中。中国兵は内股になって倒れた。
すると、中国軍の96式戦車が横からゆっくり現れ、巨大な排気音を響かせて止まるのがレストランの窓から見えた。どうやら待ち伏せをするようだった。
96式戦車の随伴歩兵が数人レストランの壁から顔を出した瞬間、第四分隊の兵士が一斉にAK-101を撃ち込み、中国兵達は歌舞伎者のように倒れた。
たが、96式戦車はそれに気づいたようで、木星の自転周期のような速さで右超信地旋回し、砲身がガラスを鋼鉄の手刀の如く叩き割った。
それと同時に96式が壁や椅子テーブルをはねのけ、ロシア兵たちを轢殺せんとレストランに突撃してきた。
「何だとぉぉぉ!?」
「うわあああっ、足がああっ!!」
特に先頭にいた第四分隊は損害が大きく、96式戦車の履帯に下半身を潰されたり、ガラスの破片が等活地獄の如く全身に突き刺さって倒れる者が出た。
「RPGを持ってる奴はいるか!!」
ベロフが叫ぶと、第四分隊の兵士が
「俺だ!!」と叫んだ。
だが、その兵士は迫り来る戦車に轢殺されかけているところだった。
すかさずセルゲイが駆け寄って防弾ベストを掴んで彼を引っ張る。二秒前に彼がいたとこは履帯に押し潰され、間一髪彼は潰れずにすんだ。
彼は起き上がるとRPG-32を構え、カウンターに同軸機銃を撃っていた96式戦車の砲塔にRPGを発射した。
RPG-32の弾頭はタンデム式成形炸薬弾になっており、爆発反応装甲ごと相手の装甲を貫徹できる。
RPGは目標に命中し、96式の砲塔に大穴が穿たれてハッチから炎が上がる。どうやら96式を沈黙せしめたようだった。
T-90の主砲を発射する音が聞こえ、中国の92式装輪装甲車が爆発した。さらに、ツングースカの一両が中国のWZ-10戦闘ヘリコプターを機関砲で撃墜、WZ-10は不動産屋の看板を押し破り、一軒屋に激突したようだ。
「おい、キリューベは何処に行った?」
「いや、突然どこかに・・・」
一軒屋の中で、ふとAK-101を戦車に踏み潰されたのでCz75を構えている第四分隊の兵士が呟く。すると、二階から子供の泣き声がきこえてきた。
「ベロフ、こいつの面倒みといてくれ」
「重いな・・・床置いとくぞ?」
「ああ」
小声で会話してOSV-96をベロフに預け、第四分隊の兵士の一人とセルゲイはゆっくり階段を上っていく。すると、寝室の用な所でキリューベと呼ばれた第四分隊の兵士が小学一年くらいの男の子をあやしていた。
「大丈夫だよ、坊や。兵隊さんは君を撃たないから」
「でもっ、お父さんとお母さんとお姉ちゃんが・・・うっ、あああっ、」
男の子は嗚咽して、キリューベの腰に抱きついていた。それをキリューベは趣のある表情であやしていた。
「おい、キリュ「待てっ」何だ・・・」
キリューベに声を掛けようとした第四分隊の兵士をセルゲイが止める。
「子供の様子が怪しい。チラチラ奥を見ている。」
「そうなのか・・・?」
セルゲイが彼に耳打ちし、彼は納得のいかない顔でいった。
男の子はキリューベに抱きつきつつも、時折寝室の奥の脱衣スペースを見ていた。
「どうしたんだい?」
そして、男の子が脱衣スペースを凝視しながら頷いた。それに気づいたキリューベが後ろを振り向くと、十八、九の少女が叫びながらスコップを槍のように突きだしてキリューベに襲いかかってきた。
「やああああっ!!」
「!?」
キリューベはナイフと右太股にあるCz75を抜こうとしたが、ホルスターの内側のボタンを押してハンマーを覆うカバーを上げてから更にボタンを押しつつ抜かないと抜けないような構造だったので、抜くのに三秒もかかった。
キリューベはようやく拳銃とナイフを抜くことができた。だが、時すでに遅し。キリューベは防弾ベストの間から少女にスコップを突き刺され、キリューベは悶絶した。
「うえっ・・・あっがぁぁっ・・・」
彼はスコップを生やしたまま血を口から吐き出して前に倒れた。
白兵戦では、ナイフよりもスコップ(えんぴ)のほうが強力な場合もある。昔の日本軍でも、日露戦争のときにスコップをもって突撃した兵士がいたほどだ。
「はあっ、はあっ、はあ・・・」
少女はスコップを引き抜き、セルゲイ達を見た。少女の返り血が悲壮感を漂わせる。
すると少女はスコップを小銃のように構えてセルゲイたちに突っかかってきた。それに対してセルゲイの隣にいる第四分隊兵士がCz75を構え、
「このクソアマが!!いい加減にしやがれ!!」
と叫びながら、少女の両股に一発づつCz75を発砲。少女は悲鳴をあげて倒れた。スコップが床に落ちて音をたてる。
彼は少女をベッドに押し倒し、少女の二の腕を掛け布団で縛り、タオルで少女の口に猿轡をして自分のベルトをはずし始めた。
「おい、そんなことしてる暇が・・・」
「うるせーぞ不全野郎。お前は何だ、死んだ戦友の仇を討ちたくないのか!」
嗚呼、もうこいつは獣と化しているな。もう奴のやってることは1945年に「満州」でソ連兵になり済ましたウクライナ兵のやったことと何ら変わりはない。
セルゲイはそう思い、溜め息を吐きつつ、
「俺は下に降りる。後始末は自分でしてくれ。」と言った。
「勝手にしやがれ!・・・おい、こっち向けこのアマ。お前を汚すことで償いをしてもらう。なんだその反抗的な目は・・・」
彼は少女のあごを掴みそんなことを言う。
セルゲイは彼を尻目に後ろを向いて階段を降りようとすると、男の子が泣きながら階段をかけ降りていった。
ふと、後ろからまるで餅に氷を入れて金槌で叩いたような音がし、セルゲイのヘルメットや防弾ベストに蛞蝓のようなものが付着した。
手にとって見ると、人間の脳髄のような物が手のひらから滑り落ち、驚いて後ろを見ると、さっきまで獣のような形相だった第四分隊の彼が脳髄を部屋中に撒き散らして突っ伏していた。
さらに彼の後頭部には鋭利なツルハシが刺さっており、そのツルハシの持ち手を中年の女が渾身の力で握っていた。
セルゲイは驚いて固まっていると、オサー分隊長から無線が入り、
『オサーだ!!おいセルゲイ!!便衣だ!!やつら便衣兵だ!!民間人に注意しろよ!!』
というオサーの怒鳴り声が無線機から大音量で聞こえた。
セルゲイは驚き、送信スイッチを入れつつ中年女を見ると、女は鬼のような表情でこちらを睨みツルハシを手に物凄い金切り声をあげてセルゲイに向かってきた。
「おわああああああ!!!」
セルゲイは思わず叫び、後ろに下がりながら95式小銃のマガジンに残っている全弾を撃ち込んだ。
5.8mm弾は女の頭や心臓周りに命中し、血しぶきが飛散する。だが、女は気にも止めずセルゲイに突撃し、それから逃げるようにセルゲイも後ろ向きに走る。
弾のなくなった95式小銃を女の顔面に投げつけ、小銃が顔面に命中したのをセルゲイは確認した瞬間、セルゲイは書斎のドアを突き破って仰向けに倒れた。
起き上がってゴーグルを外し、廊下とそこに繋がる寝室を見ると、地獄のような光景が広がっていた。
辺りには血が飛び散って壁や床は血の海、そこに仰向けに倒れる中年女や脳髄を飛散させてボロ雑巾のように倒れている第四分隊の兵士、虚ろな目で壁にもたれて息絶えたキリューベ、そしてベッドには太股を撃たれて拘束されている少女がいるという、あまりにも凄惨な光景が広がっていた。
『おい、セルゲイ!!何があったんだ!?』
無線機からオサーの声が聞こえ、それにセルゲイは答える。
「・・・便衣です!奴等は民間人に武器を持たせて戦わせてます!第四分隊のメンバー四名が戦死しました!女が・・・スコップやツルハシを・・・最悪です。」
『了解。我が軍は現在黒河市の90%を制圧し、陥落は時間の問題だ。一旦分隊で集合する。T-90の側に来い。以上だ。』
そういって無線は切られた。
セルゲイのアドレナリンが抜けてくると、セルゲイは吐き気を催し、その場で大量に嘔吐した。
青くなった顔をあげ、立ち上がって寝室へ向かう。そして第四分隊の兵士たちの血塗れのドッグタグを回収して空のマガジンケースにしまいこむと、少女が猿轡をされた口でんーんーと言い、悲しげな視線を送ってきた。
セルゲイは返り血や脳髄が付着した手で少女の両腕を解放してやり、雑嚢からガーゼと包帯を出し、少女に渡してやる。
「スパシーバ」
それを受け取った少女は一呼吸おき、ロシア語でそういった。ロシア語で「ありがとう」を意味する言葉だ。
セルゲイは少し顔を赤らめ、
「ブー クーチ(どういたしましてを意味する中国語)」
と言った。そしてセルゲイは後ろを向き、階段を降りようとしたが、中年の女の死体に足を引っかけて転倒した。
それを見た少女が優しく笑った。こんな状況でよく笑えるな・・・戦争は人間の精神をも削いでしまうのか・・・セルゲイはそう思った。
階段を降りると、OSV-96が床に置いてあり、そこでベロフがAK-101をサラリーマン風の男に撃ち込んでいた。