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中露戦争  作者: 集束サイダー
大国同士の息継ぎ
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弾道ミサイル信仰

2015年 11月26日 中華人民共和国 北京 工業公司導弾研究部




中国軍管轄下のある研究所の一室では、技術者たちが椅子に座りながらパソコンの画面を睨んでいる。各々の画面には道路移動型弾道ミサイルの図面が映し出されており、その他にも様々な回路図やシュミレーションの図解などがファイルにしまわれている。


その中で、眼鏡を掛けた三十路を越えた技術者がパソコンを睨み付けていた目を見開いて微笑を浮かべた。彼の名前は案練頭という。中国共産党中央軍事委員会の傘下にある中国人民解放軍北京軍管区導弾研究部第四課の技術主任だ。


「お前ら、ちょっと俺の意見を聞いてくれ!妙案を思い付いた!」

「何?」

「本当かよ?」


練頭が周りに叫んで同室している技術者達を呼ぶと、その技術者達は椅子を引っ張りながら面倒臭そうに練頭のいる所まで歩いてきた。


「とりあえず、どういうもんか教えてくれよ」


目の下にクマができており、固まった目やにを指で払い落としている一人が練頭に言うと、練頭は自慢気な顔をしてホワイトボードに置いてあるペンを取った。


「俺たちは政府に新型弾道ミサイル設計の研究費を出されて、それに見合う案を考えようと今まさに頭を捻っているが、全く案が思い付かなくて困惑している最中だ。このまま惰眠を貪っていては全員が解雇されてしまうだろう。だが、それも終わりだ」

「・・・勿体ぶるなよ、早く話せ」


坊主頭の技術者が文句をいう。


「俺が考えた妙案とは、現在我が軍が配備しているDF-21Dの改良型案のことだ」

「何、DF-21?」

「ああ、対艦弾道ミサイルか。まだ洋上目標に対して撃ったことはないよなあ」


練頭が椅子から立ち上がり、ホワイトボードにDF-21の簡単な内部図を書き始める。他の技術者が練頭が座っていた回転椅子にどっかりと腰を下ろして足を組んだ。


「我が軍が開発した空母キラーであるDF-21C/Dは単弾頭式の再突入体を敵空母に直接ぶち当てるものだろう?だが、それは命中精度の点で難がある。再突入時の超高温状態の中で画像を認識して弾頭を誘導するのは至難の技だろう」

「うむ。だが再突入体はアクティブレーダー式でも誘導が可能だよな?実際ウラジオストクに発射したやつが『ヴァリヤーグ』を大破着底させ、フリゲート一隻を撃沈せしめている」


缶コーラを持った技術者が弾頭の図面が描かれたコピー紙を見ながら言う。


「アクティブレーダー式は一番いいんだが、誘導中継用の無人機や艦船のレーダーや通信機器の性能が低いからな・・・ウラジオストクのヴァリヤーグを着底させることが出来たのも奇跡に近い。ロシアやフランスの技術を総動員して作ったKJ-2000搭載のレーダーでも美国のE-2Dにすら劣る。美国の空母艦隊相手だとミサイルを撃つ前に中継機が落とされちまうぞ。それに、命中精度も不透明だ。ウラジオストクでは上手く命中させられたから良かったものの、実際に機動する洋上目標に当てられるかは分からん。そこでだ」


そういった練頭がホワイトボードに描いた通常とは形が違うDF-21を見た瞬間、全員が目を見開いた。


「おいおい・・・」

「それって、まさか・・・」

「そう、そのまさかだ。DF-21の弾頭部分の直径を胴体部分と同じ一.四メートルに延長し、弾頭にMRV、十二発の多弾頭式再突入体を詰め込む。再突入体を搭載するユニットを再突入させたところで弾頭を分離させるんだ」


ホワイトボードにはアメリカのトライデントのように太くなったDF-21に多数の無誘導小型弾頭が詰め込まれている絵が描かれている。数は十二発もある。勘のいい技術者はこの時点で練頭の意図に気付いていた。


「MRVだって!?何をする気だ!?」

「無誘導弾頭ってことは・・・多数の弾頭をばらまくことで単弾頭型より高い命中率を得ようという腹積もりか?」

「そうだ。その通りだ」

「だが練頭、敵の水上艦は常に海上を移動しているぞ。座標を求めてから弾頭を投射する方法やアクティブレーダー誘導方式で敵艦に弾頭をぶちこむのは無理があるんじゃないか?」


丸坊主の技術者が缶コーラを片手に持ちながら問題点を指摘する。


挿絵(By みてみん)


「まあな。確かに我々中国軍の弾道ミサイルの性能は美国に劣っている。だから、誘導方式はアクティブレーダー方式ではなく無人機や偵察機がセミアクティブレーダー方式やビームライダー方式でしっかりと誘導して突入させる方がいいと俺は思う」

「セミアクティブとはな・・・美国のスパローみたいだ。大丈夫なのか?」

「まあ聞けよ。何のために政府が無人機の開発に躍起になっていると思っている。こういう中継誘導も含めた偵察、電子支援などを楽に行えるようになるために政府は暗剣に続く新たな無人機を作ろうとしているんだ。まあ、その無人機は開発段階だし、『翔龍』の機体表面をステルス風になるように削っただけの代物だがな」


「翔龍」とは、中国軍の新型高高度無人機である。アメリカのグローバルホークに近い性能になることを目指して現在開発中だ。並行開発されているステルス無人攻撃機「暗剣」も既に試作機が完成したという未確認情報がまことしたたかに囁かれている。


「そういや、我が軍がJ-31に続く新たなステルス機を開発しているらしいぞ」

「ああ、図面は出来ているらしいな。いつだっけか見た気がする。すごく変わった形をしていたな」

「確か空軍のJ-20の試作機一機とJ-31の試作機と先行量産機が三機、人民連邦の春川戦に投入されて結構な戦果を挙げたらしいが、早速試作型J-31一機が撃墜されたらしいぞ。ぶっちゃけていうと、実際J-20よりJ-31のほうが実戦では使えるんだよな。あれは美国のノウハウが詰まっているから信頼できる。おしむらくはエンジンだ。J-31はMiG-29のエンジン、またはそれのコピー品を搭載しているが、ロシアと戦争をしていたからもうロシアから部品は回ってこない。J-11のエンジンだってウクライナの企業からなんとか部品を送ってもらってやりくりしているレベルだしな。だから・・・」

「おい!」


練頭は勝手にステルス機の話を始めた同僚を凝視すると練頭は声をあげ、わざとらしい下手な咳払いをした。


「話がかなりそれたが続けるぞ。アメリカのU-2は二百キロ先からミサイルの中継誘導を行えたそうだ。我が軍も高高度無人機を一万五千くらいまで飛ばせれば敵の射程圏外からミサイルの誘導が出来る。そもそも俺の中ではこの改良型DF-21の相手となるのはロシア空母だ。ロシアのS-300の性能やSu-33の航続力なんてたかが知れている。あれは積み荷を減らさないと飛べないしな。とは言え、遠い本土から零戦みたいに飛来してくるSu-27やMiG-31、Su-33より使いやすいMiG-29K、そしてあのときロシアが公開したYak-141Mなどは重大な脅威だ。課題は山積みだな」


坊主頭が缶コーラをゴミ箱に捨て、練頭がはにかんだ表情を見せた。


「まあ、かいつまんで言うとだ。DF-21にMRVを積み込み、それを突入時にばらまいて空母を潰す。再突入体を搭載した弾頭部分の誘導はセミアクティブレーダー又は目視、ビームライダー方式で行う。こういうわけだ。皆、新型対艦弾道ミサイル案はこの案でいいと思うか?」

「ああ。いいだろ」

「いいんじゃないか?また新型のミサイルを設計するよりは手間が省けるしな」


練頭が了承を求めると、技術者たちが頷く。彼らの中では改良型DF-21の案はなかなかの良案のようだ。


「なるほどな。その報告書を纏めて上に提出するのか?」


目の下にクマのできた技術者が問いかけてくる。


「ああ。誘導装置や弾頭の図面もちゃんと整理してお上の前で説明するしかない。通ってくれれば御の字だ」

「で、それが通れば俺たちはちゃんとした設計図を作って、製造担当の連中と一緒にプログラミングをすることになるんだな」

「ああ。俺は諸元のうち込みをするから純因は再突入に適したPBVの設計、王荵は弾頭の内部構造設計図の作成、山鋳はミサイル本体の形状変更に伴うTEL(運搬車両)の拡大設計、館喃はシュミレーターを用いて三百メートルクラスの空母に対する改良型DF-21の命中率を計測し、それを何回か繰り返して平均命中率を算出してくれ。あとでそれらを纏めてもう一度ここで話し合う。手が空いた奴は他のやつの手伝いをしてやれ。とりあえず三日後には目標を達成できるようにするぞ」

「わかった」


練頭が話を終えてペンをしまうと、技術者たちが立ち上がり、自分たちの回転椅子を押しながら自分たちの席に戻っていった。


練頭は後ろに手を回して背中をかきながら椅子に腰を降ろし、パソコンを操作して彼が考えた改良型DF-21の重量増大に伴うDF-21Dとの射程、到達高度、ブースターの燃焼時間、再突入速度などのデータを打ち込み始めた。




「おい練頭、先の中露戦争では異常なくらい弾道ミサイルの使用率が高かったよな。MRBMもSLBMも撃ちたい放題、しかも一部には核まで詰まってたんだぜ」


技術者の一人が話しかけてくる。練頭は眼鏡を布で拭きつつ口を開いた。


「確かにそうだよなあ。ロシアのラスプーチンなんか『通常弾頭型弾道ミサイルの使用は核発射と誤認した核による大規模な報復戦争を引き起こすことになる』とか宣っていたくせに手前でR-39やR-40の通常弾頭型をぶっぱなしてきやがったし、我が軍も飛行場攻撃にDF-21やDF-31の弾頭部に炸薬を詰めたものを使用している」


練頭はそういってずっと下がっていた窓のブラインドを一気に引き上げた。窓からは北京の街並みが一望できる。僅かに霞む摩天楼の中には、ところどころ巨大なシートが掛けられているビルがある。ロシアの戦略潜水艦により行われた弾道ミサイル攻撃の爪痕が未だに残っているのだ。あの攻撃は中国共産党本部を倒壊させ、紫禁城の屋根を大破させた上に四万六千人の死者を出すなど中国に大きな打撃を与え、その余波によって一時は中国の株価まで下落した程だ。


「あのミサイル攻撃で紫禁城の屋根が破損したんだよな。貴重な史跡を破壊したロシアへ抱く、人々の反感感情が爆発していたな。あの日から数日は天安門前で反ロシアデモが起きていたのを覚えている」


「この戦争を境に長距離弾道ミサイルが大々的に実戦で使用されてもおかしくは無くなるんだろうか」

「恐らくはな。我が国、そしてロシアという弾道ミサイルの箍が外れたら押さえられたものが一気に出る。美国だってかつてトライデントの通常型を考案していたし、今に至っては『神の杖』の開発すら行っている。きっとこれまで実戦投入されてきたスカッドやフロッグ・ルナなんて比較にならない程の弾道ミサイルが戦場に向けてバカバカ撃たれるかもしれんぞ」


彼らは窓の外の摩天楼を眺めながら溜め息を吐いた。


「さしずめ弾道ミサイルへの信仰・・・と言ったところだな」

「・・・弾道ミサイル信仰か。確かに我が国もロシアも弾道ミサイルを信仰しているみたいだ。よく言ったものだな」

「・・・おい練頭、純因。何微妙にシリアスな雰囲気かもし出してんだよ」


丸坊主の技術者が笑いながらそういった。その場にいた全員がそれを聞いて笑い始める。


ふと、窓の外にきらきらと光る銀色の雪がちらついた。それらはみるみるうちに数を増やし、真っ白な空の北京を瞬く間に包み込んだ。


「おい見ろよ。雪が降り始めた・・・」

「朝鮮半島でもその雪は降ってるんだろうな・・・」




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