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中露戦争  作者: 集束サイダー
大国同士の息継ぎ
52/55

独島訓練所

2015年11月19日 AM10:33 ウラジオストク東方二キロ



『プリヴィアボーニ1より2へ。前方二キロに訓練艦を確認。VTOLで着艦するぞ』

『プリヴィアボーニ2了解!』


ウラジオストク沖の海上では、ロシア軍のV/STOL戦闘機Yak-141Mが二機、慣熟訓練飛行を行っている。彼らは訓練用の全通甲板を備えた艦に着艦を試みようとしていた。


『こちら訓練艦「ドクト」。甲板上に障害物無し。VTOL着艦が可能だ。現在速力四ノット、風速は八メートル。気を付けろよ』

『プリヴィアボーニ了解。着艦進入する』


その訓練艦とは、二ヶ月前に韓国軍が白嶺島沖に退避させていたのをろ獲した強襲揚陸艦「独島」であった。

ロシア軍が朝鮮半島に上陸する前に先立って白嶺島に上陸したとき、「独島」は人民連邦軍により四隻のタグボートで曳行された状態で発見された。状態は良かったためそのままロシアのウラジオストクに曳行されて簡易的な耐熱処理を受け、V/STOL機用の訓練艦として使用されることになったのだった。


二機のYak-141Mの下には、中露戦争時に中国が発射したDF-21C対艦弾道ミサイルの直撃を受けて湾内で大破着底したミサイル巡洋艦「ヴァリヤーグ」の姿があった。


挿絵(By みてみん)


YaK-141Mの背中が観音開きし、中から垂直離着陸用の回転するファンが姿を現す。そして後部のエンジンは九十度下に曲がって排気を下に吹き下ろし、YaK-141Mが空中にホバリングする状態となった。


「すげええ・・・」

「この『独島』に戦闘機が着艦するという光景が遂に現実となったのか!!」


「独島」の甲板上にYaK-141Mが進入し、耐熱シートの上にゆっくりと降りていく。甲板上では、捕虜になった人民連邦の乗員が大興奮しながら写真を撮っていた。恐らく、かつての韓国軍が「独島」にF-35Bなどの艦載機を乗せることを夢見ており、ロシアの偽物のような戦闘機とはいえそれが実現したからであろう。


YaK-141Mが物凄い排気を甲板に叩きつけながらタイヤを甲板に接地させる。もし事故が起きたときの対策用に、二両の艦上消防車がいつでも側に待機していた。


『スロットルオフ。パーキングブレーキオン、背部エンジン閉口。整備隊、点検と燃料補給を頼む』


そういってキャノピーが開くと、操縦士がそれぞれのYak-141Mから降りてくる。


「サバコフ、まずは二十分休憩だ。そのあとは武装した状態での発着艦、それと空中機動飛行を行うぞ」

「了解」


ここの訓練部隊の隊長である彼の名前はソシャーリンと言う。彼と相棒のサバコフの二人は徹底的に慣熟飛行を行ってYak-141Mのイロハを学びとったあと、暫定的に教導隊として後に新しく入隊したり、機種転換を行ってくる操縦士たちを立派なVTOL戦闘機操縦士にするという重責を負っていた。


「いやあしかし、VTOL戦闘機は難しいな。俺たちMiG-29からの転換だからなあ」


「独島」の甲板の手すりによりかかりながら彼ら二人は煙草を吸い始める。


「ソシャーリン知ってるか?アメリカのハリアーの操縦士になるには戦闘機だけじゃなくてヘリの操縦も出来ないといかんらしいぜ」

「おいマジかよ。俺たちゃヘリなんて触ったこともないぞ。まあ、ロシアの新生V/STOLパイロットの鏑矢だから、別にどうでもいいだろう」


ソシャーリンが「独島」を引っ張っている曳艦を眺めながら息を吐き出す。奥で着底している「ヴァリヤーグ」には未だに作業員が群がっているが、いつまでたっても引き上げへの進展はない。


「あの『ヴァリヤーグ』っていつまでああしてんだろうな」

「真珠湾の『アリゾナ・メモリアル』みたいな施設にするとかいう噂も立っているらしいがな・・・でも、湾内にあんなのがあるってのも結構良いと思わないか?」

「そうか?」


サバコフが煙草を片手に板ガムを食べ始める。ソシャーリンが煙草の灰を海に向けて落とした。曳艦が停船したために艦も停止し、後ろ側では整備士がYak-141Mの給油を行っていた。


「おいサバコフ。朝鮮半島から半潜水艇に乗って脱出してきた陸軍の戦車兵の話って知ってるか?」

「ああ。新聞の二枚目に乗ってたよ。そいつの半潜水艇に何故か中国兵四人がしがみついてて、救助しようとした我が軍のフリゲートが人民連邦の潜水艦にやられたんだろ」

「そうそう、それで人民連邦の潜水艦を我が軍がそのままろ獲したんだよ。結構な話だよなあ」


ソシャーリンが煙草を加えながら一枚の紙を取りだし、サバコフに見せる。その紙はプラモデルの説明書であった。


「サバコフ、俺も人民連邦のチャン・ボゴ級潜水艦のプラモデル持ってんだぜ。艦体は二時間で作った。あとは艦橋を作れば完成だ」

「どこでそんなもん買ってきたんだよ」

「仁川の模型店でドクトと一緒に買ったよ。七月辺りにな」


説明書にはハングルと英語、中国語と日本語で潜水艦のスペックが書いてあった。「ドイツの潜水艦をライセンス生産したもので、その性能は北朝鮮のありとあらゆる潜水艦を上回り、ロシアの原子力潜水艦も余裕で探知可能なソナーを持っている」という説明書きがされていた。


「ここに書いてある説明書きが読めねえんだよな」

「ああ・・・これか。ロシア語で書いてほしいな。何て書いてあるか全く分からん」

「そうだサバコフ。仁川ってどうなったんだろうな。消しとんだソウルのすぐ側だからな・・・」

「お前ニュース見なかったのか?中国のテレビが『仁川はいつもと変わらない』って報道してたってテレビが言ってただろ」

「憶測だけど、どうせ仁川も中国軍の統制下にあるんだ。合衆国のFPSゲームみたいによ、検問が至るところにあって感情が無い冷酷な完全武装の兵士がうじゃついてて、それに立ち向かうレジスタンスが人知れず暗躍している見たいな感じだろ」


整備士たちがYak-141Mへの武装搭載準備を完了したようだ。武装はR-73短距離ミサイル四発と増槽二本に、三十ミリ機関砲の砲弾百五十発だ。ロシア製の三十ミリ機関砲は強力な砲弾を放つため、数発で敵機をバラバラに撃ち砕いてしまえる。が、やはり弾数が少ないために地上掃射にはあまり使えないのが難点だ。


Yak-141Mは現在三機の試作機が生産されているだけだが、2030年までにV/STOL機能を排除した型をロシア空軍が百二十機、2019年までに海軍がV/STOL機能を備えた艦載型九十機と陸上基地用に空軍型仕様の機体を六十機導入する予定だ。


Yak-141MはF-35Bにかなり似ているが、ステルス性は申し訳程度である。主翼の接合部がはっきりと見え、翼下に武装を搭載するのが通常のパターンであるところがそれを如実に表している。F-35のように最新鋭の技術を詰め込みすぎては居ないので、資金に余裕があれば大量生産が行えるだろう。


海軍型のYak-141Mは空母「アドミラル・クズネツォフ」に三十二機搭載され、新鋭空母「ノボシビルスク」には二十四機が搭載される予定だ。ミストラル級強襲揚陸艦のロシア版「ヤクーツク」にも数機が搭載されると思われ、インドやベネズエラにもモンキーモデルが輸出されるという。



「よし、兵装をつけ終わったらしいからそろそろ行くか」

「ああ」


ソシャーリンとサバコフは甲板の一番後ろまで押し下げられ、ミサイルと増槽を装備した二機のYak-141Mに向かって歩き始める。ソシャーリンは独島の艦橋を見上げたあと、梯子を登って座席に乗り込んだ。


再びエンジンを始動させ、それに反応した整備士が機体から飛び降りる。整備士が車輪止めを外すと、ソシャーリンはエンジンの推力変更ノズルを下に下げた。


『コントロールよりプリヴィアボーニ隊へ、STOL発進を許可する。一応言っておくが、機体を前方の曳艦にぶつけるなよ。ここはウラジオストク市の近くだ。ぶつけたら恥さらしだぞ』

「プリヴィアボーニ1了解。しかし、こいつは本当に飛べるのか?クズネツォフやノボシビルスクならまだしも、こんな艦から発進するのは至難のわざだろう」

「プリヴィアボーニ2より1。俺は機体が下に沈んだ瞬間緊急脱出する腹積もりだぜ」

『プリヴィアボーニ隊へ。そいつは貴重な試作機だ。そいつを元に三百機弱の機体が生産されるんだぞ。ごちゃごちゃ言ってねえでとっとと発進しろ』


ソシャーリンはそれに応答すると、マニュアルを片手に推力を上昇させ始める。機体が徐々に動き始め、独島の飛行甲板を滑走し始めた。


『速力上昇中・・・行けるか!?』

『なんだか墜落しそうだな・・・』

『馬鹿、縁起でもないことを言うな』


艦橋にいる乗員たちも片唾を呑んで見守っている。この訓練のために動画投稿サイトに投稿されている米軍のハリアーIIの発艦動画を何度も何度も見ていたのだが、滑走速度が遅いために墜落するのではないかという不安を未だに払拭できていない乗員が大多数であった。


そんな中、ゴールキーパーCIWSが撤去されてすっきりとした艦首から飛び上がるとき、あまりの滑走距離の短さにソシャーリンも恐怖を感じた。だが、すぐに推力を上昇させて浮き上がっていくのを感じ、彼はすぐに安堵の表情を浮かべる。薄く掛かる雲は肉眼で見ても太陽が球形なのが分かるほど太陽光を薄めていた。


「こちらプリヴィアボーニ1。発艦成功。上空待機に移行した」

『こちらプリヴィアボーニ2。続けて発艦する』


二番機のサバコフが操縦するYak-141Mもノズルからの排気を甲板上に叩きつけながら発艦していく。操縦ミスだろうか、曳艦のワイヤーに主翼をぶつけそうになるまで機体を降下させてからの発艦であった。


「危なっかしい発艦だな・・・」

「プリヴィアボーニへ、よく発艦に成功してくれた。艦橋にいる連中もお前らに日本のクサヤを奢りたいって言って喜んでいるぞ』

「コントロールへ、現在速力二百二十ノット。油圧系統、燃料燃焼効率良好。ノズル水平。水平飛行に移行した。HUDシステム異常無し。あと、艦橋の連中にシュールストレミングを取り寄せて食わせてやると伝えといてくれ」

『こちらプリヴィアボーニ2。現在飛行に異常無し。人民連邦の捕虜にはあとでガムでも買ってやるか』


二機編隊を組んだ彼らは高度を上げ、雲の上に出た。太陽光が眩しく降りかかってくる。あとは独島の指示にしたがって訓練飛行をするだけだ。


『こちらコントロール。当空域4-4-1の高度六千辺りに八個の標的気球が浮かんでいる筈だ。一分間待機の後、短距離ミサイル及び機関砲で全て撃墜せよ』

「プリヴィアボーニ1了解。しかし、俺たちは私語が多い部隊だよなあ」

『まあ、訓練においても必要なことしか言わない真面目な部隊ってのが普通なんだろうが、なんかそれもつまらんよな。流石に実戦で無駄話しまくる部隊もどうかとは思うがな』


ソシャーリンの無線機からサバコフの気楽な声が入ってくる。


「真面目と言えば・・・日本の航空自衛隊とかか?」

『いや、案外違うらしいぞ。Tu-95に乗ってるやつから聞いたんだが、そいつが領空侵犯したときに自衛隊の連中がスクランブルで上がってきたんだ。そして奴等がいつもの通り警告してきた後に、突如としてロシア語で下品なスラングを連呼されたらしい』

「・・・マジかよ。まあ、どこの国にもふざけた奴はいるからな。合衆国にも空中給油ブローブの先に生殖器の絵を描いたりしてる奴が・・・」

『こちらコントロール。プリヴィアボーニ隊へ。何してるんだ。早くターゲットをぶち落とせ』

「あ、いけねえ。プリヴィアボーニ了解。攻撃に移行する」




こんなプリヴィアボーニ隊だが、彼らはYak-141M部隊の魁として今後のロシア軍を引っ張っていくことになるかもしれない。Yak-141Mの部隊配備が始まれば、彼らが活躍する日もいずれ来るだろう。




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