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中露戦争  作者: 集束サイダー
大国同士の息継ぎ
51/55

戦況推移は風の如く

「(まずいな・・・飛行艇に掃海艦とは・・・)」


ダニエルはすっかり戦慄していた。彼は北東方向に艇首を向けており、そこからあの惨状を眺めている。


四匹のサメがものすごい速度で海中を突き進んでいく。サメたちの向かう先には、貨物船から命からがら逃げ出し、海に飛び込んだ民間人達がいた。彼らは絶望のなか海に浮かんでいる。ダニエルは人食いザメを題材にしたアメリカの映画を思い出した。


「(ああ、俺は半潜水艇の中にいてよかった・・・サメに食われた人々には申し訳ないが・・・どうか天国にいって安らかに暮らしてくれ)」


人の群れから離れ、赤ん坊を抱いて浮かんでいた女性がサメに下半身を咬まれそのまま海中に消えた。それを見た人々が叫び声をあげる。


海中をのぞくと、おびただしい数のサメが貨物船の沈没地点に向かっているのが見える。かなりの恐怖を覚えたダニエルはサメ達を避けるように静かに貨物船から離れることにした。


そしてバラストタンクを排水し、再び海面に浮上する。そのまま一気にスロットルを上げて逃走を計った。


「(逃げるぞ逃げるぞ!サメなんかに喰われて死にたかねえ!)」


ダニエルの気持ちは一変していた。数匹のサメならば脅威ではないと思っていたが、数十匹も集結すると恐ろしい脅威になると分かったのだ。四十ノット以上の高速を出して海上を突っ走る。体が大きく揺さぶられ、吐き気がしてきたがそれを我慢しながらひたすら進路を北東にとりつづけた。


中国軍の掃海艦が放った砲弾が飛来し、周りの海面に突っ込んで水柱を上げる。が、荒れた海の上で旧式の五十七ミリ砲を遠距離から撃っても半潜水艇にはなかなか当たらない。砲撃は数秒で止んだ。


中国軍のSH-5飛行艇がダニエルの上空を通りすぎ、しばらくダニエルを追跡するように上空に張り付いていた。だが突然SH-5が回避行動を取ったかと思うと、霧の彼方から一発のスパローミサイルが飛来し、思いきり右旋回したSH-5の翼端で炸裂した。


『やられた!エンジン出力低下!緊急着水する!!』


SH-5の左翼にあるエンジンが一つ脱落し、SH-5は傾きながらも高度を下げて海上に滑り込んだ。胴体から白波が立ち、何回も痙攣するように機体が揺れる。しばらくの間海上を滑っているといきなり左翼がへし折れ、ダニエルの半潜水艇を波で押し出しながら海にもぐり込んだ。


「畜生!何なんだよ!」


ダニエルは思わず叫ぶ。この朝鮮半島からの脱出を自然と中国軍に妨害されているような気がしてならない。そんなダニエルの気も当然知らぬまま、撃沈された船のように沈み始めるSH-5から中国軍の操縦士たちが飛び出してくる。彼らは海に飛び込むと、停止してしまったダニエルの半潜水艇に向かって泳ぎ始めた。


「(なんだあいつら!?くそ!!こっちに泳いでくる!!)」


ダニエルは半潜水艇を発進させようとする。だが、ショックでエンジンが止まってしまったようだ。中国兵は気にもせず泳いでくる。恐怖すら覚えたダニエルは必死にエンジンをかけようとした。


「くそ!!かかれかかれかかれ!!」


キーを何度も回し続けるが、一向にエンジンがかからない。脂汗を流しながら激しく焦っていると、窓に海水に濡れた手が張り付いた。


『おーい、助けてくれ!!乗せてくれよ!!』

「うわあああっ!!やめろやめろ!!来るな!!」


四人の中国兵が何かを叫びながらダニエルの半潜水艇によじ登り、ダニエルの方を見ると叫びはじめた。


『機体が撃墜されて命からがら脱出してきたんだ!!このまま陸まで行ってくれ!!』

『お前警備隊だろ!?人民連邦の装備を使っている部隊があったらしいから・・・』

「うるせえ!!出ていけ!!」


ダニエルはロシア語で怒鳴った。だが、風と風防のせいでお互いの声が聞こえない。だが、中国兵の中にはロシア語を理解している兵士がいるらしく、ダニエルの正体を見破った上にロシア語で話しかけてきた。


『何だよ!!お前友軍を見捨てるのか!?』

「俺は友軍じゃないんだ!出ていけ!!」

『お前出てきて喋れ!!くそが!!』

「なんでお前ロシア語知ってるんだよ!!」


やがて奇妙な言い合いになってしまった。ダニエルはそれでもひたすらエンジンをかけ続ける。四人の中国兵が窓を強く叩く音が艇内部に響きわたり、ダニエルは目の前にあったボーチャードピストルを手に取った。


「野郎!撃つぞ!!」

『うひゃああっ!!』


窓を開けてきた中国兵にボーチャードをつきつけると、その中国兵は驚いて叫び、海の中に落下した。三人の中国兵もたじろいで半潜水艇から海に飛び込んだ。


『くそ、野蛮人め!』


ボーチャードを向けられて落下した中国兵がずぶ濡れになってそう叫ぶ。いろいろと膠着状態になったまましばらくエンストした半潜水艇に乗って浮かんでいると、一隻の小型艦が霧の中から表れた。


『こちらはロシア連邦海軍。前方の小型艇に告ぐ。貴艇の所属と目的を述べよ』


その小型艦はロシア海軍のグリシャ級対潜フリゲートであった。思わずダニエルは大声を上げて手を振る。久々に味方の部隊に会うことが出来たのだから無理もない。


『前方の小型艇、応答せよ』

「おーい!!俺はロシア軍所属だ!!聞こえてるか!?」


『おい、あいつロシア語で話してるぞ』

『そういや林寸、お前ロシア語話せるよな』


ダニエルが叫ぶのを見た中国兵が何かを喋っている。一方でグリシャ級は半潜水艇の上で手をふりつづけるダニエルの姿を捉えたらしく、ゴムボートを下ろし始めた。


『今から検査隊をそちらに回す!そいつらの指示に従え!!』

「了解!!」


ダニエルはついに帰れると確信し、胸が踊る思いだった。ロシア軍が撤退し、ロシアの物は兵士の死体くらいしかないと思われている朝鮮半島から生きて帰ってきたら大ニュースになるかもしれない。ダニエルの頭の中はそのような色々な楽しい想像で占められていた。


「お、おい。お前とあの艦がロシア軍所属なら・・・俺達はどうなるんだ?ほ、捕虜にでもするってのか?」


ふと、ロシア語を話せる中国兵がダニエルに話しかけてくる。捕虜になるかもしれない可能性についての不安だ。


「さあな・・・まあ、戦時中ではないから国には帰れるだろう。お前らも俺と同じで自分の乗り物を敵に壊されている。降格にはならないかもしれないから安心しと・・・」

『うわあ!!』


突然黒く太い潜望鏡が海面を突き上げるように現れ、ダニエルの半潜水艇にぶつかり半潜水艇を回りにしがみついていた中国兵ごと転覆させた。


ダニエルはまたしても海中に叩き込まれた。だんだんと水の中に落ちるのは慣れてきたので、直ぐに海面に顔を出し、気管に水を詰まらせながらも浮いた半潜水艇にしがみついた。


「げほっ、今度は何だ!?」

『あ、あれ、潜水艦!!』


中国兵が潜望鏡を指差す。それに気づいたダニエルも潜望鏡を見る。すると、突然轟いた爆発音と共にグリシャ級フリゲートの艦体から水柱が吹き上がった。


『ああっ!やりやがった!』

「一体何がどうなってんだ!?」

『こちら太平洋艦隊所属の対潜艦「ムーロメツ」!!潜水艦による雷撃を受けて爆発炎上した!!』


ダニエルは状況を理解するのに苦しんでいた。ダニエルが半潜水艇に乗っていると中国軍の飛行艇が撃墜され、その乗員がダニエルの半潜水艇に群がっている。そして味方のフリゲートが助けに来たと思った矢先に突如現れた正体不明の潜水艦が魚雷を放ち、その魚雷を受けたフリゲートが炎をあげて沈もうとしている。次々と連続して色々なことがありすぎたため、ダニエルは頭の中を整理していた。


『駄目だ!!浸水が激しすぎて・・・ああくそ!!艦が引き裂かれる!!』

『こちらロシア連邦海軍太平洋艦隊。対潜部隊がそちらに向かっている』


やがてフリゲートが二つに折れ、炎を巻き上げながら徐々に沈み始めていく。乗員たちが燃える艦から次々と脱出し、海に飛び込んでいった。



「(あああ・・・どうすりゃいいんだ)」


半潜水艇によじ登ったダニエルが諦めた様子でこの惨状を眺めていると、ソノブイを満載したSu-34が上空を通りすぎた。


『おい品姙、ロシアの飛行機だぜ!』

『うわっ!!何か落としやがった!!』


Su-34から投下された一本のソノブイがダニエル達の側の海面に落下した。中国兵が驚きの声をあげる。ソノブイは海面に浮かびながら、水中に向けて様々な音階の音をならし始めた。


『国籍不明の潜水艦は韓国軍の「チャンボゴ」級と思われる。敵潜水艦は深度七十メートル、速度ゼロで潜行中』

『こちら「アドミラル・ラーザリェフ」。貴機とのソノブイデータ・リンクを完了した。一番魚雷発射管展開!距離二千!!目標は敵潜水艦!!』


いつの間にかすぐそばに展開していたロシア連邦海軍のキーロフ級ミサイル巡洋艦「アドミラル・ラーザリェフ」が側面にある魚雷発射管を開き、魚雷発射態勢に入った。


『よし、撃て!!』


「アドミラル・ラーザリェフ」から一本の長魚雷が発射されて海に飛び込む。魚雷はものすごいスピードを出しながら潜水艦に向けて突き進み始めた。


『おいロシア人。馬鹿でかい艦が見えるぜ』

「あれは我が軍のキーロフ級ミサイル巡洋艦だよ。何でここに来てるのかは知らないけどな」

『んっ?』


突然ダニエル達は水中どころか水上にも聞こえる巨大な金属音を聞いた。どうやら「アドミラル・ラーザリェフ」の放った魚雷が潜水艦に突き刺さったようだ。だが、爆発はしていないらしい。


『敵潜水艦への魚雷命中を確認!!畜生、弾頭は不発だ!!』

『降伏勧告を行え。どうせ位置は割れてんだ』

『了解』


「アドミラル・ラーザリェフ」の周りに展開しているグリシャ級の一隻がスピーカーを点ける。


『朝鮮語なんて久々だな。よし・・・あー、潜行中に被弾した潜水艦に次ぐ。貴艦は現在包囲されている。ただちに浮上して投降せよ』


マイクテストを行う声が聞こえたあと、降伏勧告が行われる。しばらく間が開いたあと、人民連邦のチャンボゴ級潜水艦が「アドミラル・ラーザリェフ」の目の前に浮上した。


『潜水艦の浮上を確認・・・ぶっ!!』

『見ろよあれ、潜水艦に魚雷が刺さってるぜ!!』


グリシャ級フリゲートの乗員達が潜水艦を見て噴き出している。辛うじて浮上してきたチャンボゴ級潜水艦には、まるで潜水艦に辱しめを与えるかのように不発となった長魚雷が突き刺さっていた。


潜水艦の艦橋や艦体のハッチから白旗をもった人民連邦の乗員が上がってくる。


『くそ、やられたな・・・しかしあのロシアの艦は何て大きさなんだ・・・あんなのと戦って勝てる方がすげえよ』

『良いじゃないですか艦長。フリゲート一隻撃沈というイギリスの「コンカラー」につぐ戦果を挙げたんですから』

『まあな・・・とはいえ、魚雷が挿さってると結構情けなく見えるな』



「アドミラル・ラーザリェフ」の巨体を目にし、潜水艦の乗員だけでなくダニエルの側も中国兵達も驚いている。実際ダニエルもこんな大きさの軍艦を見るのははじめてだった。


ロシア軍のKa-27が救命ボートを投下すると、フリゲートの乗員たちがそれに群がる。ダニエル達の方にも一隻のリブが向かってきた。


「動くな!手を上げて指示に従え!」


海軍兵がダニエルに銃を向けてくる。ダニエルが中国兵の服を着ているからだろう。


「おい待ってくれ!俺はロシア人だ!」

「何・・・ああ本当だ!すまないな・・・どこの所属だ?」

「陸軍第101機械化狙撃旅団第二戦車中隊長のダニエル・ボロディンだ」

「そうか。よく生きてたな。勲章がもらえるかもしれんぞ」


ふと、リブに乗せられた中国兵とダニエルの目が合う。


『おいロシア人。俺は林寸って言うんだ。箇旧って所に住んでる。もし良ければいつでも来てくれよ』

「こっちこそいい思い出になったよ。俺の名前はダニエル・ボロディン。もし、お前が中国に戻れたんならそっちに行ってやるから、その時は一緒に飲もうぜ」

『ああ。楽しみにしてるよ。達者でな』

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