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中露戦争  作者: 集束サイダー
大国同士の息継ぎ
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銃火の旅路

2015年 10月30日 PM1:13 江原道沿岸の山中



小川が流れる音や鳥のさえずる声が一面に響く朝鮮半島江原道の山の中では、ロシア軍戦車中隊隊長のダニエル・ボロディンが射殺した鹿を解体していた。


引きずり出して捨てた、肝臓以外の内臓にネズミや蝿が群がっている。その光景を眺めながらダニエルは鹿肉を貪っているが、人民連邦の残党が辺りを彷徨いていることがあるので長期的なシェルターを作るのは不可能なため、ダニエルは移動し続ける必要がある。


焚き火に木の枝で刺し通した肝臓を近づけて焼いていると、上空を中国軍の戦闘ヘリコプターが通りすぎる。銃声も響いている辺り、未だに人民連邦は抵抗を続けているようだ。


「(ちくしょう、頑丈なシェルターを作って越冬してから祖国に帰りたかったが・・・あの冷たい日本海を渡らなければいけなくなっちまったとはな)」


江原道の地図を広げて現在位置と思われる場所に印をつける。等圧線の間隔が広い場所を選んで進んできたためにルートは直線とはほど遠いが、ちゃんと北東に向けて進んでいけている。ざっと百二十キロほどは歩いてきたようだ。海岸までは十キロほどの距離にまで近づけている。


「(でも・・・家が一番いいかもしれんな・・・兵舎のベッドでもいいが・・・やっぱり越冬なんてするべきじゃないか。海が冷たくても別に濡れないからいいよなあ)」


ダニエルはそんなことを考える。サバイバルキットの装備はだんだんと劣化してきていた。いろいろと愛用したマチェットも日本製の鋼材削り出し式とはいえ錆が出てきている。


ダニエルは戦車兵なので山越えにあまり慣れていない。したがって疲労も溜まっている。極力食料も貯めずにその場で食べ、重量を削減するため小銃やピストルの弾薬も数十発ほどをのこして投棄してきたぐらいだ。




「(ベアやエドみたいなサバイバーなら勿体ないって言うんだろうが、俺は肉と肝臓と毛皮以外に興味は無いんだよな)」


サバイバルナイフで毛皮を剥ごうとナイフを入れて力を入れる。焚き火の炎が音をたてるなか、うまく河を剥げずにいると突如後ろからものすごい気配を感じた。


『おいお前、どこの部隊だ』

「っ!?」


突然中国語で声をかけられてダニエルは後ろを振り向く。そこには、中国軍の兵士が草藪から05式小銃を下げて拳銃をダニエルに向けて構えていた。


『どこの所属だ!なぜここにいる!?』


呼び掛ける中国兵に背中を向け、ダニエルは持っていた鹿肉を投げ捨てて走り出す。中国兵はヘルメットに草を着け、顔にペイントを塗りつけていた。


『おい!!待て!!』

『なんだあいつは!?』

「(冗談じゃない!!ありゃ緊急展開部隊じゃねえか!!)」


ダニエルは中国兵の装備を奪って着用しているので中国兵には味方だと思われたようだ。だが、いきなり逃げをうったので怪しまれているだろう。ダニエルは95式小銃を握りしめながら川の中を走る。


水しぶきが上がり、野戦服がどんどん濡れていく。だんだん川が深くなっていき、腰まで水につかってしまう。中国軍の戦車のエンジン音も聞こえてきた。半長靴がぐちょぐちょに濡れる感触を味わいつつひたすらに水を掻き分けていると、突如銃声がなり響いた。


『うおっ!!』


陸地からダニエルを追いかけていた中国兵が側の木に弾丸を受けたことに気づいて声を上げる。すぐに彼らは伏せ、銃を構えた。


何事だと思って水中に潜ったダニエルのすぐ側にも弾丸が飛び込んでいくつもの泡の筋ができる。息が苦しくなるが、今顔を出せばいつ撃ちぬかれてしまうか分からない。少し流れが早くなってくる。嫌な予感がしながらも水中を歩き続けていると、川底が突然途切れた。


「うっ!?うわああっ!!」


ダニエルは一気に落下する。三秒もかからずに彼は水中に落ち込んだ。滝が流れていたのだった。


ダニエルは水中でもがきながら、水面のある方向を必死に捜索した。足の下に水面がある。それに気づいた瞬間、鼻に水が入り込んでしまった。


「(まっ、まずい!!はやく水面に出なければ・・・!!!)」


ひたすら水をかき、ようやくダニエルは水面に顔を出した。水が貯まっている滝壺にダニエルは落下している。中国軍と人民連邦軍が再び戦闘を開始したようだ。WZ-19ヘリが機関砲を射撃しており、緊急展開部隊を含む中国兵が至るところから襲撃してくる人民連邦兵に応戦をしていた。


「(くそっ!!まだ撃ち合いか!!勘弁してくれよ!!)」


ダニエルの頭のすぐ上を機関銃弾が通り抜ける。水面から顔だけを出しながら戦闘を眺めていると、春川市で経験した戦闘の思い出が甦ってきた。


ダニエルが紛れ込んでいた中国軍が降りかかるロシア軍の弾道ミサイルから逃げるように春川市へと突撃していく。中国軍の水陸両用車が春川市の衣岩湖を突き進み、次々と撃破されていく。中国軍は抵抗にあって甚大な損害を負いつつも敵を粉砕していく。ときおりクラスター弾が降り注き、歩兵たちが砕け、双方の銃弾が頭上を飛び越える。今の戦闘もそれと似たようなものだった。


『こちら第190旅団第三大隊第一中隊第三小隊!!現在人民連邦兵三個分隊と交戦中!!指示をあおぐ・・・』


銃声がなり響く中、ひたすら機銃を撃っていたWZ-19がスティンガーミサイルを喰らって回転しはじめ、枯れ木を押し倒して爆発した。

ダニエルは今更ながら川の冷たさを感じた。物凄く冷たい。95式小銃は一応水面から出してあるが、ビニールのケースに仕舞われた地図や濡れたらまずいもの以外の他の装備はずぶ濡れだろう。


ダニエルは浅いところにほふくで這い上がり、トカレフ拳銃を抜く。倒木の影から様子を伺うことにした。


しばらくの間銃撃戦を眺めているうち、人民連邦兵が後退し始める。逃げをうつ人民連邦兵が滝の上からの狙撃を受けて何人も倒れていく。どうやら中国軍の狙撃手が潜んでいるようだ。


そして山岳戦闘に長けた改良型の62式軽戦車が茂みを踏み潰しながら現れ、随伴歩兵とともにゆっくりと進み始める。ダニエルは彼らが通りすぎるのを待つことにした。


挿絵(By みてみん)


62式軽戦車が物凄い音を立てて木を押し倒すと、銃声は完全に止んだ。こういう状況の時に言われる森林の中で車両を使うのは愚策意外の何物でもないという意見は非常に正しいものであるが、戦車という鋼鉄の塊はいかなるところでも近距離の歩兵にはものすごい威圧感を与える。ちょうど対戦車兵器を持っていなかった人民連邦兵にとって62式軽戦車はかなりの脅威に映っただろう。


ダニエルは62式が去っていくのを待とうとするが、62式は海岸方面に向かっていく。思わず心の中で舌打ちをした。


『こちらドローン偵察部隊!!RPGで武装した人民連邦の残党約十人が距離三百メートルから軽戦車に向けて進撃中!!すげえ速さで走ってるぞ!!』

『緊急展開部隊は速やかに人民連邦兵を排除しろ!!戦車をやらせるな!!』

『了解、前進を開始する』


中華人民解放軍緊急展開部隊が命令を受け、部隊の後方から一気に前方まで移動し始める。厳しい鍛練の賜物だろうか、鍛え上げられた彼らは平均時速十二キロという驚異的な速度で森の中を走ることが出来るのだ。


95式騎兵銃や05式SMG、79式改SMGなどの最新鋭火器で武装した緊急展開部隊は軽戦車と随伴する歩兵達を横目に走り続ける。倒木を飛び越え草をふみわけて数百メートル走り、ようやく人民連邦兵の姿を捉えた彼らは荒い息を吐きたくなるのを押さえながら草木に隠れた。


「発見した。連中、息切れでへたばって歩いてるぞ」

「俺らもそれに近いですよね」

「数は十一人、うちRPG-7を持っている奴は四人だ。優先的に殺せ。狙撃手はそれを援護せよ」

「了解」


森の中を走り続けた人民連邦兵たちは息を切らし、前傾姿勢になっているようだ。それを見た緊急展開部隊の兵士が拳銃とナイフを取り出す。


「奴等を後ろから一辺にやるぞ。出来るだけ気づかれないようにな」


緊急展開部隊の兵士たちが人民連邦兵達が歩いて通りすぎるのをひたすら待ちわびている。戦車のエンジン音が聞こえてくると、人民連邦兵は木の裏や草の中に隠れ始めた。どうやら待ち伏せを行う腹積もりのようだ。


そこに緊急展開部隊の兵士たちが後ろから忍びより、指揮官が寝転がってRPGを構えていた人民連邦兵の頭を拳銃で撃ち抜き、岩場の影からPPSh-41を構えていた兵士の首に直ぐ様ナイフを刺した。


『てっ、敵がっ・・・』


人民連邦兵はそう言おうとしたがそれ以上声を出せずに倒れてしまった。鍛造ナイフを引き抜いた中国兵の指揮官は周りを見渡す。部下たちも人民連邦兵達を素早く殺害したようだ。彼らはまるで漫画のように十人以上の兵士を瞬く間に殺害してしまったのだった。


『こちら緊急展開部隊。RPGの脅威を排除した』

『了解。軽戦車は無事だ。支援に感謝する。未だに潜伏する人民連邦兵の排除をよろしく頼む』


「何だよ、我々の出番は無いのか」

「まあ・・・無いに越したことは無いだろ」


喉や頭から血を流し続ける十一の死体が森の中に散乱している光景を88式狙撃銃のスコープ越しに見た狙撃手が愚痴をこぼす。観測手も極めて残念そうな顔をしているようだ。


ふと、観測手が爆音に気づく。驚いた二羽のセキレイが断続的に翼をはためかせながら森から飛び出していった。


「飛行機の音が聞こえるぞ」

「飛行機じゃない。あの音はヘリだ。音を聞く限りヘリは接近してくるな」


狙撃手たちは耳をすます。空に円状の音紋を撒き散らすヘリコプターの音が限界まで大きくなったかと思うと、突然胴体から主翼が生えた姿をしている人民連邦のMi-6大型輸送ヘリが二機、木々を風で揺らしながら彼らの上を通りすぎていった。


「人民連邦だ!!」

「肆津!ミサイルは持ってるか!?」

「いや!!持ってない!!」

「とりあえず本隊に無線連絡しなければ!!兵士が降ってくるかもしれん!!」


観測手が95式小銃を取り出す。狙撃手が88式を空に向け、直ぐに地上に下ろした。


「こちら狙撃班、人民連邦の輸送ヘリが上空を飛行している!!」

『こちら指揮官!偵察部隊によるとヘリは海岸方面に飛行しているらしい!沖合いに展開している艦艇が始末してくれる!!』

「了解・・・うっ!!」


突然銃声が鳴り、観測手が脇腹を撃たれて膝をついた。


「撃たれた!」

「大丈夫だ!立てるだろう!」


人民連邦の兵士たちが数人ほどPPSh-41をばらまきながら突如襲いかかってきた。辺りに銃弾が命中するなか狙撃手が88式を三発発砲すると、二人の人民連邦兵が倒れる。観測手は狙撃手に肩を借り、片手で95式を乱射し始めた。


「くそったれ、生き残るぞ!!」

「おい、95式の弾が切れたぜ・・・装填してくれ。ああ、腸がでちまいそうだ・・・」


観測手が草むらにいた人民連邦兵を拳銃で撃ち抜き、狙撃手が木の裏に手榴弾を投げ込む。狙撃手が予備弾倉を取り出した瞬間腕と胴体を撃たれると観測手が頭の一部を銃弾に持っていかれ、脳味噌が飛び散った。


「連中、幾らでも沸いてきやがる・・・奴らにお前の腸を喰われる前に早く本隊に合流するぞ・・・!」

「やばい、激しく眠くなってきた・・・」

「死ぬなよ!!・・・重慶の彼女と結婚するんだろ!?」


彼ら二人は弱々しく銃を乱射しながら銃火の中の森を歩いていく。人民連邦兵に撃たれ続ける彼らの通った跡には、生々しい血の線が引かれていた。

その後の彼らの行方は誰も知らない。











その頃、ダニエルは森を抜けて江原の海岸にたどり着いていた。これから北朝鮮の隠しドックを探さなければならない。


「(やっと海岸か・・・早くセンチメンタルなオルタナティブ・ロックを聞きたいのに、最近は専ら銃声しか聞いてないぜ)」


ダニエルは周りを見渡す。天候が悪化してきているため、波は高い。海岸にはミサイルに撃墜されたMi-6の残骸が転がっている。どうやら沖合いに中国軍の艦がいるようだった。





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