嵐の後に
『こちら第190機械化狙撃旅団支援第二大隊!!韓国・・・いや人民連邦軍の戦車部隊に襲撃されている!!装甲部隊は壊滅!!中隊の七割が損耗し、我が部隊は南東方向に退却中!!99式戦車を寄越してくれ!!』
『こちら集団司令部!春川周辺での作戦行動が可能な装甲部隊が存在しない!!主力の99式戦車部隊は現在補給中、対戦車車両を装備する緊急展開機動戦闘部隊が現在春川北部付近に展開中!!』
『そいつらを回してくれ!!』
『了解!だが到着までに十分程かかる!!持ちこたえろ!!』
春川市郊外に展開していた中国軍第190旅団後方支援隊は突如山から現れた人民連邦軍の戦車部隊の襲撃を受けて撤退に追い込まれている。主力の緊急展開部隊は補給を行っているためおらず、そのせいで99式戦車が出動出来ない。お陰で人民連邦の戦車部隊の主力である元韓国陸軍のK1戦車の前に旧式の59式戦車部隊はことごとく撃破され、畑の上に無惨な残骸をさらしていた。
「畜生・・・まさか人民連邦が未だにこんな戦車部隊を保有しているとはな」
「味方の航空機は居ないのかよ!!くそっ、追い付かれる!!」
砲火の中を我先にと退却していくトラックに乗っている中国軍兵士の長映はトラック後部から友軍が敵の戦車にかきまわされている惨状を見て呆然としていた。味方兵士がAAV-7に轢き殺される姿をみた兵士が思わず双眼鏡から目を背ける。
物凄い音を立てて疾走してくる十何両ものK1が同軸機銃を撃ち、辺り一面に銃弾が着弾する。彼らは砲撃で破壊された道路を避けて畑の上を走っているが、柔らかい土に足を取られてうまく逃げることが出来ない。
97式歩兵戦闘車がK1の主砲を受けて炎上し、砲弾の誘爆を起こして爆発した。長映は56式小銃を十発ほど発砲するが、弾がとどいているかどうかすらわからない。分隊から一人の人間が消えてしまい、どうしても空しい気持ちになってしまう。長映の相棒である新単が人民連邦の便衣に殺害されてしまったのだが、彼の死体は猛烈に追撃してきている戦車部隊の向こう側にある。
『砲兵部隊の支援はあるか!?』
『こちら司令部。砲兵及びロケット砲旅団は弾薬補給中により展開不可!ただし四両の05式自走迫撃砲が作戦行動可能だ!そちらをまわす!』
逃げ遅れた歩兵たちが必死で畑の上を走っていくが、戦車に同軸機銃を掃射されてばらばらと倒れていく。トラックにも何発か弾が命中した。密集していた六人ほどの歩兵が榴弾を受けて消しとび、迫撃砲牽引車が横転した。
『航空支援を頼む!!早くしてくれ!!』
『こちら司令部!春川基地から戦闘ヘリコプター二個小隊、群山基地からJH-7一個小隊がミサイル満載でスクランブル発進準備中!!』
希望を沸き立たせるような司令部からの無線が聞こえてくるが、その希望は敵戦車部隊が放つ銃砲の音にかきけされつつある。どんなに司令部が威勢のいい事を言っても長映たちが死んでしまったら長映にとっては何の意味もないだろう。対空機関砲の射撃を受けた対空ミサイル車が穴だらけになって炎上し始めた。
「もっと速く走れないのか!?やられちまうぞ!!」
「無理だ!!タイヤが土に食い込まねえんだよ!!」
「くそくそくそ!!奴らの頭上に爆弾の雨が降ってくんねえかな!!」
悲鳴や叫び声が木霊する中、ひたすら長映たちのトラックは畑の上を進む。作物を刈り終わったばかりの畑に雨が降ったおかげで湿り、車両の足を邪魔してくる。爆発であちこちから舞い上がった土が雨のようにぼたぼた降り注いだ。逃げ遅れた味方兵士が89式対戦車ロケットを構えて発射し一両のK1の履帯を破壊したが、そのまま肉薄されて戦車に轢き潰されてしまったようだ。運転手がギアチェンジを行い、トラックが大きく揺れる。
『こちら雲蘭隊!!まもなく離陸を開始するぞ!!離陸したら四分で着いてやる!!』
『こちらは肆亳隊!!距離四百メートルに目標を確認!!対戦車ミサイル発射用意!!』
春川基地から発進した八機のWZ-9が高度三百メートルで編隊を組みながら対戦車ミサイルの安全装置を解除する。ゴマ粒のように映る戦車隊に紛れ込む対空機関砲が弾を撃ち上げてくる。
『よーしいくぞ・・・』
WZ-9の射手が発射ボタンに指をかけ、飛行隊長が発射指示を出そうとした瞬間、蚊の羽音のような警報がなり響きはじめる。
射手が間抜けな声を漏らし、警報を聞いた隊長が三時方向を向くと、微小な光を放つ二つの飛翔体が見えた。隊長は即座に操縦かんを前に倒した。
『み、ミサイル!!回避!!回避・・・!!』
隊長が叫ぶ中、突如飛来したサイドワインダーミサイルが二機のWZ-9に突き刺さり、隊長の声をかき消すような爆発が起こった。ぐしゃぐしゃに潰れて墜ちていく二機のヘリをみた僚機達が冷や汗をかく。
『隊長がやられた!!攻撃中止!!散開して回避に専念しろ!!』
『ちくしょう!!戦闘機だ!!』
戦闘機の襲来に対し、ヘリ部隊は一斉に退避し始めた。そこに幾つかの火線が伸び、機体を削られたヘリ達が火を吹き始める。人民連邦の戦車部隊は煙幕を張りはじめたらしく、巨大な白煙が立ち上っていた。
三機のWZ-9が二十ミリ砲弾の直撃を受けて砕けていき、爆発しながら落下して地面に激突した。
『い・・・イーグルだと!?』
『人民連邦め、未だに航空機部隊を保有・・・わあっ!!』
ヘリ部隊に迫る二機のF-15K戦闘攻撃機が高速でバルカンを掃射しながらヘリ部隊の前を横切る。次々と撃ち出される弾丸の雨に撃たれつづけ、とうとう八機のヘリ部隊は全滅してしまった。
撃墜されたWZ-9の残骸が次々地面に激突し、逃げる中国兵達が恐怖におののく。猛烈なエンジン音を轟かせるF-15Kが上空を通りすぎていった。
「こちら地上部隊!!戦闘ヘリ部隊が人民連邦の戦闘機にやられて壊滅した!!人民連邦の戦車部隊は煙幕を張って逃走!!恐らくは北朝鮮がかつて構築した地下道に入ったと思われる!!」
『こちら集団司令部。こちらでも人民連邦の戦車部隊の消失を確認。先程離陸した攻撃機部隊は人民連邦の戦闘機部隊を追撃せよ』
『こちら雲蘭隊!我々は対地攻撃用の爆弾を満載している!!対戦闘機には分が悪すぎる!!他に当たらせてくれ!!』
『司令部了解。対象機は北方にマッハ二で移動中だ。他部隊に当たらせよう』
集団司令部からの無線が切られる。ちょうど長映たちの上空に現れた四機のJH-7が春川市を通過する。四機とも爆弾を満載しており、全力で戦車部隊を叩き潰す準備をしてきたことを如実に表していたようだ。
「こりゃひどい・・・」
「・・・等活地獄だな」
兵士の死体やヘリ、戦車の残骸などが転がる郊外の畑の上ではようやく逃げ延びた中国軍部隊が息をついている。増援の緊急展開戦闘部隊も到着したが、既に人民連邦の戦車部隊は姿を眩ましていた。長映達は春川郊外に広がる修羅場となった畑を見て呆然としている。突如襲来した人民連邦の大戦車部隊に味方の戦車はことごとく破壊されて民間人や歩兵は殺され踏み潰され、増援として出された戦闘ヘリ部隊は戦闘機に全て撃墜され、挙げ句の果てに対戦車部隊と攻撃機部隊は六日の菖蒲となってしまった。中国軍は完全にかきまわされてしまったのだ。
「長映、疑問に思うんだが・・・なぜ人民連邦の奴等はあんなに戦えるんだ?それにあの戦闘機はどこから発進してると思う?」
「さあなあ・・・もしかすると隠し基地があるのかもしれないな・・・確かに補給がどうなってんのかは不透明だよな。にしても、新単が死んじまって・・・」
「暗い方向に行かなくてもいいだろう・・・生きているかもしれんぞ」
長映は畑の上で体育座りをする。春川市で死体運びをしたときの蛆が沸いた死体のおぞましい姿が脳裏に浮かび、思わず顔を歪ませた。その時は若干興奮状態であったためさほど気にはならなかったが、後々になって嫌な思い出として頭に浮かんでしまった。
回りを見ると、他の味方兵士にもうずくまっている兵士がいる。戦争が人に与える心の傷は相当深いようだ。
また長映の頭の中に戦闘の記憶が甦る。人民連邦の百七十ミリ砲の砲弾が降ってくる嫌な風切り音が何回も聞こえた気がした。
多数の味方が生存者を探しに再び畑の中に戻っていく。長映達のトラックもそれに続いて走り出した。
「長映、大丈夫か・・・」
「あのとき、あのときトラックで死体を運ぶときにあと一メートル近くに砲弾が落ちていたら死んでいた・・・」
トラックに揺られながら長映は思わず痙攣したように震える。両肩を二の腕で押さえつけた。それを見た仲間が冷や汗を流し、そのままうつむく。長映は地獄のような砲撃の中で生き延びた快感のようなものを感じていた。
「こっちだ!!十一号車の残骸がある!!」
「夜陳!!夜陳・・・くそったれめ!!」
「この操縦士が生きているぞ」
「駄目だ、そいつは急性硬膜下出血を起こしている。どうせ助けても半身不随になるだけだ、放っておけ」
多数の兵士達が味方の死体や負傷者を漁るようにしているが、自分の部隊以外の死体には見向きもしない。長映達の部隊もそうだった。
「新単!!おーい新単!!生きてたら返事しろ!!」
「新単!!」
「うるせえ!!新単って誰だよ!!そいつよりうちの分隊長の行方を教えろ!!」
「頼むから叫ぶな・・・傷にひびいちまう」
トラックから降りて分隊の皆で新単の名前を叫ぶが、他の部隊の兵士が嫌そうな顔をして彼らを見る。露骨に文句を言ってくる者もいれば、陰口を叩いている兵士もいた。
「おい、あいつ新単じゃないのか?」
「何ですって!」
副分隊長の言葉に思わず反応した長映が副分隊長が指差した場所に向かって走る。長映は履帯の跡がある地面に転がっている血塗れの上半身の野戦服に書かれた名前を見てみる。そこには、緑新単という名前が書かれていた。
◇
「よし、任務完了。ご苦労だった」
春川市郊外の地下道を抜けた先にある山奥の人民連邦軍基地には、中国軍部隊に攻撃を加えた戦車部隊が集結している。偽装がほどこされた基地には大量の車両や部品が転がっており、さながら工場のようになっている。整備士たちがべったりとついた血を洗い流していた。
「まだ降りるな。降りるのは整備が血糊を洗い流してからだ」
「了解!」
「よう、攻撃お疲れ様!アメさん企業からの補給物資が届いてるぜ」
ハッチから首をつき出した戦車長に整備士の一人がそういう。彼が指差す先には、英語が記載された食料や医薬品などの生活用品や燃料、弾薬や兵器の部品などが詰まった補給物資が大量に山積みされていた。
「ソウル郊外、開城、今回は春川であわせて三回目だな。まだまだいけそうだ」
「ええ。一両やられてしまいましたが、まだ戦車十八両に装甲車二十四両、対空車両八両、トラックが十両以上は残存しています」
「かつて北朝鮮が侵攻用に掘った地下トンネルと将軍様の遺産様々だな。本当に有り難いぜ。まあ、またトンネルの入口が一つ崩落してしまったがな」
彼らの基地に届けられた補給物資はアメリカの企業が極秘に船を使って陸揚げした物である。なぜかと言うと、人民連邦がアメリカの企業に金を積み、補給物資を送ってくれるように要請したからだ。彼ら人民連邦は特殊部隊による核攻撃後の平壌への潜入作戦で銀行の金塊を含むキム将軍の総額四百二十億ドルもの遺産を手に入れていたのだった。
キム将軍の遺産のうちの百億ドルはルーマニアの独裁者がかつて保有していた財産をだましとったもので占められている。
未だに抵抗を続ける人民連邦が一国の国家予算に匹敵するほどの資産を保有したのだ。朝鮮半島はより混迷を深める事となるのは必然的だろう。
ちなみに中国軍が占領した飛行場に、人民連邦軍の二機のF-15Kが着陸したという噂が流れたと言う。