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中露戦争  作者: 集束サイダー
大国同士の息継ぎ
47/55

非情な非戦闘員

2015年 10月16日 AM11:32 朝鮮半島 春川市郊外




「お母さん、いつになったら家に帰れるの・・・?」

「・・・もうすぐよ、もうすぐ帰れるわよ」


数百人もの難民がひしめきあうようにして入り込んでいる難民キャンプの中では春川市民である金雰温が、十二歳になる娘と春川市から逃げ延びてきた夫、さらに幾人かの難民とともにテントの中に座っている。


畑の上に置かれた難民キャンプの中は過酷の一言で、何日も風呂に入れず食料調達にすら苦労する。上空を中国軍の偵察機が通りすぎ、高架橋を装甲車の車列が行進しているのを見る限り春川市は中国に占領されたのだろう。事実、兵士として春川防衛に向かった夫が敗走してきている。


いくつか住居もあるのだが、そこはすでに入り込んだ難民達が鮨詰めになっており、とても入ることは出来ない。恐らく家人の苦労は計り知れないほどだろう。


「お父さん、兵隊さんだから春川で戦ったんだよね。中国の軍隊はどうなったの?」


娘が夫にそう聞く。すると、ボロボロになった迷彩服を脱ぎ捨てて雰温が持ってきていた私服に着替えて便衣となり、ライフルを持ってひたすら本を読み耽っていた夫は優しい顔つきをして娘に微笑んだ。


「大丈夫。春川市は大丈夫さ。父さんのいる部隊は韓国最強『春川の岩』といわれた第6師団だ。すぐに父さんも戻って中国なんて追い払うよ」

「う、うん・・・」

「この周りの森の中には五十両からなる第6師団の大戦車部隊が配置されているんだ。折りを見て中国の奴等を蹴散らし、春川を取り戻す作戦だよ。第6師団は昔北朝鮮の奴等が春川に侵攻するのを限界まで食い止めたことがあるんだ。だから、中国共産党軍の腐った連中なんてこの世から消し去ってやる」


夫がK1ライフルを握りしめながら誇ったように娘へ戦いの話をしている。ただの妄想か作戦の内容なのかは雰温には分からないが、雰温と娘、他の避難民以外の物に注がれる恐ろしい眼差しと血に飢えた口角を見る限り、夫の人格がかつての優しい夫とは完全に逸脱していることだけは解っていた。


だが、いまの雰温の力では夫を止めることは出来ない。雰温には、戦闘の毒に染まった夫がなにを考えているか分かるような気がした。








『こちら集団司令部より第190歩兵旅団へ。避難民キャンプから春川市への避難民誘導を開始せよ』

「第190機械化歩兵旅団第二歩兵大隊了解。難民への呼び掛けを開始する」

「第一中隊各員、難民への呼び掛けかかれ!!」


春川市から避難してきた難民達がひしめくキャンプの数百メートル離れたところでは中国軍の部隊が陣地を作り、難民達に対する説得を行おうとしている。


その部隊には、春川市の死体運びを担当した中国軍兵士の長映と新単も含まれていた。


春川市の攻略を担当した中国人民解放軍の第114機械化歩兵師団は激しい戦闘により損耗率が五十三パーセントに達し、さらに精神に異常をきたしてしまった兵士が残存部隊の二人に一人という公算が出されるほどの恐ろしい被害を被ってしまったため第114歩兵師団は本国へ送還され、その代替として第190機械化歩兵旅団が春川市に駐屯している。

ちなみに長映達の部隊も第190機械化歩兵旅団所属だ。


「配置につけ!!行くぞ!!」


後ろではだらけた顔をした兵士たちが猛士に据え付けた重機関銃を構えている。旧式の59式戦車が92式装甲車と共に待機しているなか、長映たちは分隊長に命令されて前に進み始める。


「避難民が向こうから出てくるというのが一番いいが、やむを得ずにこっちから難民を引っぱり出すことも想定しなければならない!どんな状況にも対応できるよう冷静に気を引き締めろ!!呼び掛け始め!!」

「了解!呼び掛け始め!」


分隊長が言うと、兵士の一人がスピーカーを構えた。


『戦火から逃れ、過酷な避難生活を強いられた民間人の皆さん、戦争は終わりました!身を削がれるような辛い暮らしももう終わりです!どうかキャンプから出てきてください!我々はあなたたちを大切に扱います!』


スピーカーで拡大されたハングルの大声がキャンプの周りに轟く。キャンプからざわめきが聞こえてくるなか、長映と新単は少しだけキャンプに歩み寄った。


「完全にびびってるな」

「そりゃそうだろう。迷彩服を来て銃を下げている物々しい姿の兵士が『もう大丈夫だから出てきて!』なんていってもなあ・・・出てくるとは思えないな」


分隊長が長映たちの後方で煙草を吸い始めた。よくよく見たら煙草の箱には七星と訳せる英文字が書いてある。日本の製品だろう。


『春川の皆さん!どうか我々を恐れず、我々の前に姿をあらわしてください!あなた方の精神的ストレスを和らげられるよう、我々は最大限の配慮を行うことを誓います!なので、どうか我々に・・・』







「中国兵が呼び掛けてるわ。どうするの?」


キャンプの中で雰温が夫に問う。すると夫はライフルのレバーを引いた。金属音がキャンプ内に響く。奥の方で体育座りをしていた男のリュックからも同じような音が聞こえた気がした。


「従っては駄目だ。絶対に殺される」


夫が狂気を奥に潜めた瞳で雰温を見つめながらそういう。出ようとしたら夫に殺されるかもしれないという恐怖を感じた。







しばらくの間スピーカーの声がなり響き続けて膠着した状態が続いていると突然中国軍部隊の側に赤十字をつけたトラック部隊が表れ、道路の上で停車した。


「あのトラックは増援か何かか?」

「そのようだな・・・赤十字ということは衛生部隊だ。我々工兵を含む歩兵部隊だけじゃ無理だってことか」


トラックの後部が開くと、十数人程の女性兵士が次々と降りてきた。ほとんどの中国兵がざわめき始める。隊長らしき女性兵士が中隊長へと歩みより、敬礼を行った。


「第190歩兵旅団第二大隊所属の衛生部隊であります。難民の説得は我々が担当することとなりました」

「・・・了解した。中隊は直ちに四百メートル後退!狙撃分隊は障害物に隠れて衛生部隊の援護を行え!ヘリコプター部隊は別命あるまで上空待機!!」


中隊長は敬礼をしている手を降ろし、指揮用の歩兵戦闘車に乗り込んで部隊への後退命令を出した。武器を持っていない百人程の女性兵士達がキャンプへと向かっていく。


長映はその光景を眺めながら、彼女らが襲撃されないように祈っていた。女性兵士が避難民の説得を行えばプライバシーの問題にも対応できる上、何より女性や子供が怖がらずに出てきてくれるだろう。そのためには、威圧感を与える戦車や兵士は視界の外にあった方がいいのだ。







『春川市民の皆さん!あなた方の故郷で戦争を行ってしまい申し訳ありません!我々人民解放軍はあなた方の生活を保証し、今まで通りの生活を送れるように・・・』


制服を着た中国軍の女性兵士が整列し、スピーカーを片手にキャンプへの呼び掛けを行っている。薄暗いキャンプの中で座っている雰温は今すぐ娘と共に中国軍の元に保護してもらいたいと思っているのだが、夫がいるせいでそれも叶わない。


「女の人が来たね。出てきても大丈夫っていってるよ」


娘が女性兵士の呼び掛けを聞いて安心したらしく、そんな事を言う。だが、それを聞いた夫が娘を咎める。


「駄目だ。出たら殺されるぞ。女だからって油断しちゃいけない。中国人民解放軍がどんな奴等か分かるか?」

「わからない」

「ならこれを見れば分かる。北京の天安門で中国人が中国人を殺した写真だ」


夫が雰温と娘に一枚の写真を見せる。その写真には、人の形ですら無くなった血と肉の残骸が散らばっていると言う惨状が写されていた。


「いやっ!!」

「ちょっと!なんでこんな写真を見せるの!!私はいいけどまだ十二歳の緒皺にまで見せるなんて酷・・・」

「黙れっ!!!」


突然の夫の怒号に雰温は萎縮してしまう。無闇に逆らうのは危険と判断した雰温はすっかり怯えきった娘を抱いてうつむくしかなかった。もはや夫は完全に別人格となっているようだ。


「くそったれどもが。ぶっ殺してやる。お前ら、やるぞ」

「了解!」

「お願い・・・止めて」


懇願に耳をかさずに夫が銃に銃剣を装着すると、弾帯を肩にかけながらキャンプの中からライフルを構え、ゆっくり息を吐いた。それに呼応して他の仲間らしき便衣も銃を取って構え始める。どうやら難民キャンプには夫の仲間が多数紛れ込んでいるようだ。


「目標は中国兵だ!!撃て!!」


雰温は何も言えないまま、夫とその仲間が女性兵士たちに向けてアサルトライフルを発砲する様を眺めるしかなかった。


物凄い銃声がなり響き、娘が泣きながら雰温に抱きついてくる。スピーカーを握っていた女性兵士が頭を撃たれて崩れ、何人かが共に撃たれて絶命する。中国軍部隊は突然の奇襲で混乱しているようだ。雰温の歯は鳴り、その目には涙が溜まっていた。







「長映!!衛生部隊が撃たれてるぞ!!」

「見りゃわかる!!どうするんだ!?」

『こちら第190旅団衛生部隊!!便衣兵がキャンプから銃撃してきます!!援護を・・・きゃっ・・・!!』

『狙撃兵!!便衣を撃て!!』


無線機から女性特有の甲高い悲鳴が聞こえてくる。双眼鏡を覗くと、人民連邦の便衣兵が一方的に女性兵士を撃っていると言う虐殺が行われているのが見えた。


気づけば、長映の56式小銃を持つ手が震えていた。新単も同じく恐怖を感じているようだ。それを尻目に59式戦車が砲塔をキャンプに向ける。


『こちら中隊長!!装甲車部隊は直ちに前進し、キャンプを攻撃!!戦車部隊はそれを援護、攻撃せよ!!』

『了解!!』


命令を受けた車両部隊が猛烈なエンジン音を撒き散らして作物がもがれたあとの畑の上を前進していく。長映と新単のすぐそばを地面を揺らしながら59式戦車が通りすぎたかと思うと、突然戦車の砲塔が煌めき白煙が噴き出した。


「うっ!!」


長映達が発砲炎を確認した瞬間、耳と腹を激しく揺さぶる音と衝撃が轟いた。59式が百ミリライフル砲を発砲したのだ。薄黄色のキャンプの群れが爆発し、破片が舞い上がる。やがて機関銃も放たれ、民間人がひしめくキャンプを次々と穴だらけにしていった。





「きゃあああっ!!」

「やめてくれ!!撃たないでくれ!!」


中国軍の激しい攻撃にさらされることになった避難民キャンプの中は地獄と化していた。悲鳴と爆竹を鳴らすような銃声、爆発音が人々を戦慄の淵に叩き込み、思考をかき乱す。


「うぎぃやあっ!!」

「わたしゃまだ死にたくない、誰か・・・」


初老の男が重機関銃弾を受けて肉を撒き散らし、車椅子に座った認知症の夫に抱きついている老婆が砲撃を受けて吹き飛ぶ。銃弾が命中したときの煙が辺りをおおいつくし、倒された小型のストーブが燃え上がりキャンプに火を回らせはじめる。


「お父さん!!あなた!!どこ!?」

「お父さん!!」


雰温は火の海になったキャンプの群れの中で娘と共に夫を呼ぶ。夫は恐らく雰温達を置いて逃げてしまっていたのだろう。


ふと、にげまとう人々の向こうにライフルを中国軍の女性兵士の下半身に向けて発砲している男の姿を見つけた。夫だ。


「あなた、もうやめ・・・っ!?」


夫は雰温には気にもせずに女性兵士の股を無理矢理押し開くと、下半身を露出させてそのまま覆い被さった。雰温の顔が青ざめ、血が引いていくのを感じながら娘の目を無理矢理押さえる。思考が停止した雰温はしばらくその場所にへたりこんでいた。


「いやあああああっ!!」

「うるせえアマっ、お、女だ!!!」


娘がどこかへ走っていったような気がするなか、雰温は目の前にいる獣と化した夫をこの世から消してしまいたい殺意の気持ちで一杯だったが、夫は抜かりなく片手にライフルを握っている。思わずくいしばった歯が軋み、一瞬痙攣した親指の爪が指を傷つけた。


すると、突然戦車の重機関銃の音が轟き、女性兵士と夫が煙に包まれた。雰音が唖然として煙をみつめていると、煙の中から肉片となった夫の姿が現れる。一度殺意を抱いたとはいえ夫の無惨な姿を見てしまった雰温は堰を切るように号泣しはじめた。何で泣いてしまったのかは自分でもわからないが、雰温の本能は真っ先に悲しみの感情を感じたのだった。


そんな雰温は突然に自分の身体が夫と同じように引き裂かれるのを感じた。





『ようし、命中したぞ!二速に入れろ!』


女性を撃ち抜いた戦車の無線が長映の無線機から聞こえてくる。長英は戦車隊の無差別攻撃に驚きと恐怖を感じていた。戦車隊は逃げ待とう民間人にまで銃撃を加えている。あのなかには便衣が混じりこんでいるので仕方がないのだが、戦車隊は感覚が麻痺しているかのように機銃を撃ち続けていた。


突然、山の中腹が連続して光ったかと思うと59式戦車の一両の砲塔に穴が開き、そのまま炎上し始めた。そしてつぎつぎと砲弾が地面に着弾していく。履帯に弾を受けて動けなくなった59式がまた弾を喰らって爆発した。再び山の中腹が光り、また何両かの車両が炎上し始める。戦車隊の指揮官が双眼鏡で山を凝視する。そこには、元韓国第6師団所属のK1戦車が中国軍の戦車隊に砲塔をむけている光景が映っていた。


『っこ、こちら指揮車!!九時方向に敵戦車隊だ!!!応戦しろ!!』

『四号車撃たれました・・・ひいいいいっ!!』

『徹甲弾を撃て!!早く!!』


59式戦車隊はたちまち大混乱に陥る。超信地旋回を行って履帯が外れたり、装てんに手間取った戦車は次々と撃破されていった。T-55のコピーである59式の百ミリ砲ではK1の主砲にはかなわず、あっという間に押し切られてしまった。


山の中腹を二十両ほどのK1戦車を主力とする機甲部隊が駆け下りていき、中国軍部隊に突撃を開始する。中国軍の戦闘ヘリは対空機関砲に次々と落とされてしまい、戦車隊は瞬く間に壊滅してしまっている。中国軍第190旅団第二大隊の兵士たちはは身の毛をよだてて逃げ出し始めた。


『こちら集団司令部、190旅団第二大隊はただちに後退せよ!!』

「長映、新単!!さっさとトラックに乗れ!!」


分隊長がトラックから長映たちにそう怒鳴る。他の仲間は既にトラックの後部に乗っていた。分隊で残っているのは彼ら二人だけだ。長映はすぐさまトラックに走り出すが、K1の同軸機銃に撃たれて立ち眩んでしまう。


かろうじてトラックの後部にたどりついた。分隊の仲間が長映を引っ張り上げる。長映はかろうじてトラックに乗ることができた。だが、後ろを振り向いた彼は彼の相棒である新単が両足を撃たれて倒れており、必死に助けをもとめている光景を見てしまった。


「たのむ!!おいていかないでくれ!!一人にしないでくれ!!」

「し、新単!!新単ー!!」

「だめだ長映!!新単は無理だ・・・諦めろ!!」


副分隊長が長映を押しとどめる。トラックは既に三十キロ近くのスピードで走っており、手を伸ばす新単の姿が遠ざかっていく。長映は悲痛に叫ぶ新単をなすすべなく見つめつづけていた。怒涛の追撃を敢行してくるK1に撃たれた92式装甲車が目の前で吹き飛んだ。春川郊外ののどかな畑はものの一瞬で血みどろの戦場に変貌してしまっていた。




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