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中露戦争  作者: 集束サイダー
大国同士の息継ぎ
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上海没有色彩

2015年 10月13日 PM14:01 中華人民共和国 上海市




二千万人もの人間が住んでいる世界第一位の大都市、上海は中国の懐である。沿海開放都市でもあり、多数の外国企業が進出している。


かつて阿片戦争の敗北により進出してきた列強国家により租界が形成され、それにより上海は西洋の文化を取り入れ華やかな街へと大発展を遂げた。日本軍と中国軍が激しい戦闘を行ったり中国軍機に租界を無差別爆撃されるなど、決して戦争とは無縁では無かったが、中国の大動脈として発展を続けてきたのだ。


今日の上海には高層ビルが林立し、大都会の名に恥じぬ姿となっている。だが、深刻な大気汚染や歴史的建造物破壊、共産党の悪政などが深刻化しているのが現状だ。


そんな上海市内を走るバスに揺られているのは「元」中国共産党員の凌順だ。彼は周銀平国家主席への反骨心を抱いたとして資産没収のうえ、ついに共産党を追い出されてしまった。中国共産党に恨みを持っている彼は同じような心を持つ人間と中華ツイッターであるウェイボーで交流し、上海で落ち合う約束をしている。凌順はちょうど目的地に向かっているところだ。


バスの中には物凄く汚れた空気が充満しており、うっかり防毒マスクを忘れてしまった凌順は思わず鼻を押さえる。目にもチカチカとした違和感を覚えた。だが、他の乗客は何食わぬ顔でマスクもつけずに座席に座っている。凌順は年を考えて外出するときは必ずマスクをつけるよう心掛けているが、彼らはマスクもつけずに排気ガスの空気を吸っている内、体が適応してしまったのだろう。凌順の後ろに座っている日本人らしき観光客が激しくむせていた。


「(上海はいつからこうなってしまったのだろうか・・・上海は綺麗な街だという印象しかなかったが・・・やはり北京が汚れていたら上海も呼応して汚れるんだろうな)」


窓から外を見る。薄い霧がかかっているかのように排気ガスや工場排煙が充満し、黄浦江沿岸の上海タワーを含む摩天楼が幽かに姿を現している。だが、租界があった頃の華やかな時代とはうってかわり、ビルのモノトーン一色となっていると凌順は思った。すると、建設資材を積んだトラックを連れた共産党の車両が凌順の乗るバスとすれちがう。


「(まあ、政治面でも汚いがな)」


そうやってしばらくバスに乗っていると、目的地が見えてきた。次に停車するように運転手に知らせるボタンを押す。黄浦江のすぐ近くにある元フランス租界だった所に置かれたバス停にバスが停車すると、運転手が自分勝手にドアを閉める前に急いで凌順は下車した。


「(ったく、客が出した下車のサインも気にしない奴はバス運転手失格だ・・・ええと、租界跡、十二番地の三階立てアパートの地下二階・・・か)」


租界後が上海中心部近くにあるだけあって多数の人が行き来している。租界跡と言っても完全に西洋建築が無くなったわけではなく、ワインのような色をした屋根の建物が幾つも残存している。中国には似ても似つかない風景だ。


「きゃあ!!」

「うわっ、何だ何だ!!」

「離れろ!!今すぐ俺から離れろーー!!!」


突然路上を歩いていた人々が騒ぎ出し、離れろと叫ぶ一人の人間から全力で逃げ始める。凌順が反応して音源に目を向けると、背中に大きなザックを背負った若い男が叫びながら走っており、黒塗りの高級車から降りてきた中国共産党の党員にいきなり体当たりした。


「うわっ!き、貴様はあの家の・・・」

「中国共産党の悪徳党員、明殻風だな!?お前も冥土に道連れだ!!覚悟しろ!!!」


突如男が背負っていたザックが爆発を起こし、男と共産党の高官が爆発音と煙、閃光に包まれた。


「なに!?」

「爆発したぞ!!警察を呼べ!!」


高級車の側から爆発の煙が立ち上ぼり、人々がてんやわんやとなって辺りは騒然となる。路上には野次馬も殺到し、駆けつけた警察の移動をことごとく妨害した。


「何てことなの・・・とうとうあの子が・・・」


騒いでいる人々の中で背中が曲がった一人の老女が若者の死を嘆いている。ふと凌順はその老女に声をかけてみた。


「すみません。あの若者は一体・・・?」

「今爆発したあの子かい?あの子は・・・このフランス租界に残っていた西洋建築の建物で生まれ育ったのよ。でも、数年前から共産党が新しくビルを建てるために建物からの立ち退きを勧告してきてね。近所のあたしの家も同じだったのよ。あたしは先も長くないから土地を売り渡してそこに出来たアパートに住んでいるんだけどね、あの子の家は伝統があったから何がなんでも家を守りたかったんだろうね。で、あの子は共産党の役人とずっと話し合いをして交渉を続けてたんだ。あの子は『共産党との話し合いに白黒つけてやる』って言いながら張り切っていたんだけど、ついに痺れを切らした共産党が家を取り壊しちゃったんだよ。裁判も起こしたらしいけど裁判長が買収されてて・・・そしてついにあの子は死を選んじゃったの。普通の人なら自殺するだろうけど、あの子は軍隊に居たし、負けん気が強かったからあんな結果になったんだろうね。ほら、あそこの瓦礫があの子の家だよ」


老女がそういって瓦礫の山が築かれている場所を指差す。凌順が目を向けると、租界の一角に何台もの重機に滅茶苦茶とも言えるほどに粉砕された西洋風の屋敷が佇んでいた。


「酷い・・・政府は上海の西洋建築は素晴らしいとは微塵も思わないのでしょうか・・・」

「さあ。共産党はだめだね・・・上海の租界も昔はこんなだったんだよ」


老女が凌順に一枚の写真を見せる。1970年代に撮影されたと思われるカラー写真には優雅な西洋建築が通りを華やかに染めている光景が写っていた。


「昔はこんなにきれいだったんだけどね・・・なんだか暗くなっていく気分だよ・・・あ、悪かったねえ。長話なんかしてて」

「いえいえ、こちらこそありがとうございます」


老女と別れ、凌順は再び路上を歩き始める。写真と比べると、上海の風景が単色になってきていることを思い知らされる。


「上海没有色彩(上海は色彩を無くした)」


彼はそう呟いた。事実、ビルがどんどんと建てられて歪に発展していく上海は機械的になっている。見方によっては今の上海も洗練されていると言えるが、華やかな租界を見て育ってきた人間にはどうにも上海は輝きを失ったように見えてしまうのだろう。





しばらく租界跡を歩いていくと、目的地である三階立てアパートが見えた。住所を確かめると、凌順は入口に入った。


扉が並んでいる廊下の奥に行くと、地下への階段が姿を表し、立ち入り禁止とかかれたテープの先にある踊り場が暗闇に包まれている。凌順はライトで暗闇を照らし、テープを乗り越えて階段を降りていき、ドアの前に立った。


ドアを六回と四回に分けてノックすると、「入れ」という声が聞こえた。ドアに手をかけて開くと、三十畳ほどの地下室に十人程の人間がひしめいており、そのなかの四十代程の男が凌順に反応した。


「よく来てくれました。貴方がウェイボーでのユーザーネーム『黄天終焉』さんですね?」

「ええ。はじめまして。ユーザーネーム『黄天終焉』もとい凌関越と申します」

「凌・・・関越!?」


凌順が自己紹介をすると、目の前の男が豹変し、突然拳銃を凌順につきつけた。それに気づいた回りの人間も集まってくる。凌順は一瞬驚愕した。


「りょ、凌関越と言えば共産党の中央政治局常務委員じゃないか!!くそ、ばれちまったか!!」

「ま、待て!!俺は確かに凌関越だ!!だがスパイじゃない!!銃を下ろせ!!」

「何!?」

「俺は共産党から叩き出されたんだ!!資産も没収されてだ!!」


男が銃を少し下に傾ける。凌順が共産党発行の除名証明書を懐から取り出して見せると、男は安堵の息を吐いて銃を下ろした。


「貴方が・・・共産党から叩き出されたとは・・・失礼しました。では改めて、ようこそ『民主的革命部』に」


凌順は手を差し出した男と握手する。その他の人間とも握手を行うと、男が自己紹介を始めた。


「俺は紳何約と申します。天安門事件にて友人を轢殺されてから中国共産党に恨みを持っております」

「こちらこそ宜しく頼む。それと、敬語は使わなくて大丈夫だ」

「それでは、お言葉に甘えます」


何約が自己紹介を終えると、隣にいる車椅子に座った男が凌順に声をかけた。彼の両足は無惨にもぎ取られ、片足ずつ長さが違っている。


「俺は要図外というんだ。何約と同じく天安門事件のときにデモ隊に参加していたが、戦車に轢かれて両足をなくしてしまったんだよ」

「そうか・・・まるで俺がやったみたいで申し訳ない気持ちがするよ」

「いや、あんたは悪くないんだ。あの頃の共産党が悪い」


車椅子に座った図外がそういって笑い始める。その他の人間とも軽い自己紹介をし終えた。


「天安門か・・・その頃の俺は人民解放軍に居たな。確か鎮圧には参加せずに、後から天安門広場の死体処理の指揮をやった。むごたらしい死体が大半だったよ」

「そうか・・・あんたが鎮圧に参加してなくてよかったよ。まあ、鎮圧に動員されたのは内陸辺りの連中だというしな」


凌順は天安門事件の時は二十一歳であり、一部隊の中で死体処理を行っていた。もし彼が鎮圧に参加していたら、民主的革命部の彼らに白い目で見られていたか、不信を買われる恐れがあっただろう。



「最近の若者は天安門事件という出来事があったと言うことも忘れている。だが、天安門事件の事を伝えようとして弾圧された人間は数知れないから我々は・・・・・・」


何約はそういいかけて言葉に詰まってしまった。虚空を見上げて思索に耽る何約に周りの人間が首を傾けた。


「我々は・・・?」

「おいおい、どうするんだよ」

「いや、思い付かん・・・」


何約が言葉をしきりに探しており、車椅子に座った図外が溜め息を吐く。凌順は取りあえず頭の中で共産党への対応策を考えてみた。


「俺としては軍管区の一つを扇動するというのが一番だと思うんだ。だが、軍管区は共産党の五体とも言える中枢だから扇動は難しいが、成功すれば共産党を倒せるかもしれない」

「うむ」

「そうだろうな」


何人かが凌順の案を聞いて頷く。凌順は灰皿がわりに使われている開けたほうれん草の缶詰を手にとって指差した。


「我が国の食品問題は最悪の一言でしか表せない。何約、このほうれん草の味はどうだった?」

「いや、俺は食っていない」


何約が首を振ると、煙草をくわえている五十近くの男が手を上げた。


「俺が食ったよ。まあ、八割方腐ってて結局大部分は投げた。ここまでくると酷すぎるよな」

「このほうれん草を生産したのは北京郊外の購鮮組合に所属する農家だ。この前、工場排煙と砂漠から舞い上がった砂に汚された野菜を卸売していたから摘発されていたんだ」

「そうだったのか・・・」

「まあ、一概に購鮮組合が悪いとは言えん。工場排煙を撒き散らす工業地帯を取り仕切る組織も関わるし、進む砂漠化も気にせず観光地作りのために自然を破壊する政府も元凶とも言えるな」


「凌関越さん、あんたはお高い地位に居たんだろう。資産も潤沢だろうからまともな飯が食えたんじゃないか?」

「ああ、それはな・・・俺の親父が高い地位に居たもんだから、親父が共産党をやめるときに人民解放軍にいた当時三十歳の俺を何故か共産党に入れさせ、そのまま十四年働いた。そして親父が死ぬ間際、親父が政府に

俺を共産党の高い地位にやろうと多額の賄賂を渡したらしいんだ。俺はいきなり共産党の高い地位についた。親の七光りで中央政治局委員にまでなったから俺も気持ちの整理すらできなくて、連中もこんな若いやつに政治は任せられねえって凌家の資産凍結のうえ、常務委員会の招集にも呼ばれずでな。気付いたら三年で除籍さ。親父の多額の賄賂も泡と消え、更に俺を除籍したことも一切公表されんかった。そして連中は俺に『賄賂のことで逮捕されなかっただけありがたく思え』と吐き捨てて俺を叩き出した。そんなことがあったのさ」


凌順が下を向き、それに呼応して周りも静まる。バランス栄養食品を食べようとした仲間の一人が空気を察して栄養食品をしまった。


「まあ、我が国にもまともな飯を提供してくれる店もある。そりゃ全部が全部最悪なわけじゃないさ。じゃなければ中国に観光客が来るはずない」

「まあな」

「だが、食品問題が少なからず我が国のイメージを低下させる要因となっているのは事実だ。中華思想という短絡的思考が我々の中に植えつけられているせいで、目先の利益ばかりに目を奪われて人を陥れてまで金を求め、のうのうと奢侈に耽る人間が増えている。それでもずっと昔のときには『中華人は地主(政府、君主)が変わろうとも気にせずに後のことにまで思考を巡らせられるつわもの』とか言われていたらしいぞ。それも今はなあ・・・下水道の油であげた揚げ物、段ボールを詰めた肉まん、賞味期限切れの原材料で作ったファーストフード、普通は廃棄するはずの部分で作ったチャーシュー、ホルマリン漬けの新鮮魚、有害物質入りの偽装卵や偽装牛乳、カドミウム入りの天然水、ユスリカが混入したのを隠すために医療物質を入れたドレッシング、ゴムをつめたフカヒレ、大きく見せるために抗生物質を注射した上海ガニ・・・などなど我が国の食品偽装の手口には枚挙に暇がない。やった奴らも資源の横流しを狙う奴から逆に材料がないからしかたなくやったという貧困層の人間までさまざまだ。根本を見ると、やはりこのずさんな国家管理をしてきた政府に非があるとしかいうことができない。政府をつぶすしかないのだ」




「さすが関越氏だ。これはまさに我々中国人の本質を問う意見だな」

「心の栄枯盛衰というやつか・・・にしても、我が国の食品偽造はあまりにもひどすぎる」


凌順の意見はやはり「民主的革命部」のメンバー、いや中国にとっての疑問をつくものだった。まだ十一人という少ないメンバーの「民主的革命部」だが、国家を揺るがすほどの素質を十分秘めているだろう。








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