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中露戦争  作者: 集束サイダー
大国同士の息継ぎ
44/55

死体運び

2015年 10月3日 PM17:56 中国占領下の朝鮮半島 春川市



夕暮れの春川市では死闘の末、朝鮮半島を完全占領した中国軍の部隊が集結している。だが敵味方の死体や残骸が春川市中に散乱しており、それらの処理をしなければならない。


「どこの道も建物も死体だらけだ・・・これを全部運ぶのか」

「蛆がわいてやがる。恐ろしい光景だな」

「何でこんなことをしなけりゃいけないんだ?」


そんな中、マスクをして旧式の56式小銃を下げた二人の中国兵が文句をいいつつ死体運びのための一輪車を押しながら道路を歩いていた。彼らの名はそれぞれ何長映と縁新単という。彼らの所属する中隊は死体処理の任務を帯びている。彼らは数日もの間放置された凄惨な死体を運んでトラックに乗せなければならないのだ。


「・・・まずは道路の肉片をかき集めよう」

「わかったよ・・・」


長映がそういい、手で乾いた肉片を拾って一輪車に投げ込んでいく。人民連邦のBMP-1が撃破されており、乗員の死体が回りに転がっている。履帯には血や肉がべったりついており、狂気の戦闘が繰り広げられたことを如実に表していた。肉片にこびりついている迷彩服を見る限り砲撃にやられた中国兵のものだろう。その回りには03式空挺歩兵戦闘車やSu-25の残骸が沈黙している。


挿絵(By みてみん)


「ああ・・・最悪だ。気持ち悪い・・・」

「蛆って確か蝿の・・・おえっ・・・」


腹を撃たれて死んでいる人民連邦兵の死体にたかり、波打つようにうごめく大量の蛆を見た新単が口を押さえ、そのまま嘔吐してしまう。長映も便乗して吐きたくなってくるが、辛うじて耐えようとする。周囲で長映たちと同様の作業をしている中国兵達の幾人かもマスクを外して地面にむけて吐いているようだ。


「・・・見ろよ長映、蛆ってこんなに大量発生するものなんだな・・・」

「やめろ、見せるな!!ただでさえ見たくねえのに!!」


新単が突然蛆を手袋を履いた手ですくい、長映の顔に近づける。長映は叫びながら新単の腕をはたきおとし、腐った米のような色の蛆たちが地面に飛び散る。その光景をみた長映も吐き気に耐えきれずに内容物を吐き出してしまった。


「畜生!!何で蛆なんて生物が生まれてきたんだ!!最悪だ!!」

「黙れ何上等兵!!愚痴る暇があったら死体を運べ!!」


副分隊長と共にブルーシートが敷かれたトラックの荷台に味方の死体を置いた分隊長が、思わず叫んだ長映を一喝する。吐いてすっきりしたのか、新単はまともな顔をしていた。


「長映!!新短!!これを使え!!」

「こ、これは・・・殺虫剤ですか?」


中国企業が日本製の殺虫剤をコピーしたものと思われるスプレー式の殺虫剤とバーベキュー用のライターを分隊長が長映たちに放ってきた。トラックの側に幾つも置いてある段ボール箱にも殺虫剤がすし詰めにされている。それを兵士たちが次々と取っていく。このコピー殺虫剤は、中国共産党の監視が生産ラインに入っているので中国製品にしては珍しく偽装がなく、悪徳商品の多い中国製品にしては安く売られているので中国全土に普及している。


巨大な蝿がたかっている死体もある。新短がためしに一輪車の上の死体に向かってライターと組み合わせて殺虫剤を噴射してみると、オレンジの炎が吹き付けられ、白い蛆虫たちが波をうちながら地面に転がっていった。死ぬわけではないようだが、蛆たちがびっくりして転げ回り、死体から離れてくれる。だが、逆に死体に逃げ込むやつもいる。


「凄い効能の殺虫剤だな・・・さすが日本製のコピーだ」

「ああ。じっくり焼かないと蛆は死なないが素晴らしいよな・・・我が国も日本みたいにこんなまともな製品ばっかりだったらいいんだがな。そういえば、俺は今年の春節のときに注射のあとのない大きな蟹を買って家族で食べようとしたんだ。水抜きをし終えて、いざ腹を開いてみたら腐った卵が出てきて唖然としてな・・・足の身も水分過剰の結果、壊滅していたよ。共に買った魚もホルマリン漬けにされていたらしくて結局新鮮な魚がボロボロの焼き魚に変貌してしまった・・・ホルマリンだぞ。死体を保存するあれだ。我が国の食品偽装もいい加減にしてほしいな。結局春節で一番うまかった食い物は親戚が日本で買ってきた東京ばななや雪やこんこのようなお菓子だった。あと、日本の成田空港には土産店がないからと親戚が羽田空港で買ってきた飛行機の絵がかかれたういろうを甥が喜んで食っていたな。ああ、日本に住みてえ」


「そうか・・・お前が日本のお菓子を食えたのはうらやましいな・・・俺も日本に住みたいな・・・」


新単がそういって死体を運搬しはじめる。焚き火をしている部隊もおり、そこに死体を投げ込んで蛆もろとも火葬しているようだ。ふと、一輪車を押す新単に分隊長に殴られて吹き飛ばされた副分隊長がぶつかり、一輪車の死体が散らばった。


「てめぇバカじゃねえのか!?何でトラックに炎吹きかけんだ!?トラック丸ごと焼き尽くす気か!?」

「うっ、で、ですが・・・トラックに蛆が・・・」

「トラックについた蛆公は手で払えばいいじゃねえか!!!」


そう怒鳴った分隊長に副分隊長がこめかみを思いきり蹴られて地面に転がりぴくりとも動かなくなると分隊長は鼻を鳴らしてトラックの蛆を手で払い始めた。その光景を見ていた長映達は背筋に走る戦慄を感じながらただただ立ち尽くしていた。


「伍長、大丈夫ですか?」


とりあえず副分隊長を起こして安否を問うと、副分隊長はこめかみの痣を押さえながら起き上がった。


「げほっ・・・大丈夫だ・・・にしても最近分隊長、すぐに怒鳴って鉄拳制裁加えてるよな。やっぱり戦闘でのストレスかな・・・?」

「新金剛山麓で人民連邦のBM-21を喰らった輸送部隊が目の前で火の海にされたからでしょうか・・・?」

「そうかもな。俺達は後方支援隊とはいえ護衛だったから・・・仕方ない。隊長も前はもっと優しかったな・・・」


そういった副分隊長は再び倒れこみ、そのまま気を失ってしまったようだ。仕方なく副分隊長をBMP-1の残骸の前に放置し、長映たちは一輪車の上に乗せた焼けかけた死体や肉片をトラックの荷台に投げ込んでいく。たかる蛆を排除しつつ何回かそれを繰り返していくと、死体が大量に押し込められたトラックの荷台はたちまち物凄い悪臭に包まれていった。


「長映、この家の中を探索してみようぜ」

「この家?半壊状態じゃないか・・・しかも水陸両用車の砲塔が突き刺さっているとはな」


彼らは半壊した一軒家を指差す。その一輪車には多数の弾痕があり、二階の屋根が半分吹き飛んでいる。見るからに悲惨だ。長映は心の中で震えつつも56式小銃を玄関の扉に向けて構え、新単が扉を思いきり開いた。


「うわっ!!」

「臭えっ!!」


銃に装備したフラッシュライトを点け、いくつかの銃弾に抜かれて穴が空いている扉を開いて突入した二人の前には、大量の蛆に侵食されて白骨化している人民連邦兵の死体が二つ転がっていた。死体にはハエやネズミまでもが群がり死体の肉を食い漁っている。彼らは身の毛をよだてた。


「ひいいいいい!!」

「何だこりゃ!!」


本能的に反応した長映が殺虫剤を死体に大量に吹きつけ、新単が急いでライターの火を近付けた。すると、音をたてて激しい火が燃え上がり、蛆やネズミが蜘蛛の子を散らすように退避していった。長映が追い討ちをかけるように蛆たちに炎を吹き掛けていた。


「・・・この死体も運ぶのか?」

「あとで民間人を引っ張ってこなけりゃいかんからな・・・運ばにゃいかんだろ」


溶けた蛆がべったりとついた人民連邦兵の死体を嫌々二人で持ち上げ、草むらに置いた一輪車の上に叩き込んだ。そして再び半壊した家に戻ってライトで暗闇を照らしながら血塗れの廊下を歩くと、嫌な雰囲気を隠そうとしているかのように暖簾が垂れ下がっているのが見えた。


ホラーゲームをやるかのようにびくびくして小銃を構えながら血のついた暖簾を一気に払うと、居間の中にやはり多数の死体が転がっていた。


「またかよ!!いい加減にしろ!!」

「落ち着け長映。よく見てみろ、こいつらにたかる蛆どもが少ないぞ」

「?」


長映が新単の言葉に反応する。よく見てみると、この部屋の死体には何故か蛆の量が少ない。それに奥のテレビの前で仰向けに横たわっている特殊部隊員らしき兵士の側に一匹の猫が立ち尽くしているのが見えた。


「猫がいるぞ・・・何故だろうか」

「この特殊部隊員の飼い猫か何かだろうか?」


死体の顔を確認しようと近づくと、どこかの写真でみたような顔をしている。長映はふと思い出した。人民連邦の指導者である安今龍が両目をしっかりと閉じた優しげな表情を浮かべて死んでいたのだ。


「こいつ、安今龍じゃないのか・・・?」

「安今龍・・・人民連邦の指導者か!!何故ここにいるんだ・・・しかも死んでいる」

「喉に深い傷があるぞ。誰かにかっ切られたんじゃないのか?・・・それにしても、この猫が安今龍の死体を守るために蛆を近づけていなかったという訳なのかな」


猫は本棚の上に飛び乗っており、名残惜しそうな目で死体を見下ろしている。長映と新単は安今龍の死体を二人がかりで持ち上げた。スリングで繋がれたMP5A3が地面に引きずられる。安今龍の死体は意外と軽い。


「どうする?トラックに置くか?」

「いや、分隊長に聞いてみよう。特別な死体だからな」


そう話して死体を運びながら路肩を歩いて分隊長のところに行くと、トラックの荷台に死体が一杯に積まれているのが見えた。副分隊長がトラックの荷台のハッチを閉める。他の部隊のトラックがBMPの残骸を避けて通りすぎていった。


「分隊長殿!!人民連邦の指導者、安今龍と思わしき死体を見つけました!!」

「何!?安今龍だと!?本当か!?」

「ええ。保存状態は良好で、顔もはっきりと分かります」


分隊長は摩天楼を眺めて少しの間考える仕草をすると、長映にトラックの鍵を放って寄越した。


「お前らはトラックを運転してあの鳳儀山にある死体置き場に行って死体を下ろしてこい」

「了解!!」


二人はアスファルトの上に死体を下ろし、急いでトラックに乗り込んでエンジンをかけた。


発車して弾痕がある道路を走っていると、車のライトに照らされて車両の残骸や死体が至るところに転がっているのが見える。他の部隊のトラックも鳳儀山へと向かっているようだ。


「ここの惨状も酷いな。どれだけの激しい戦闘が繰り広げられたのか想像できないな」

「おい、あれ見てみろよ。人民連邦の残党じゃないのか?」


ふと新単が奥を指差す。銃を乱射している何人かの人民連邦らしき兵士が見え、死体を処理していた中国兵が悲鳴を上げて倒れる。


「危ない!!」


突然兵士が銃弾が長映たちの乗るトラックを襲い、フロントガラスが割れて運転席の回りに穴が開く。金属を抉る音が響き、死体が弾を受けて嫌な音を立てた。


「撃ってきやがったぞ!」


ライトを消し、持っていた56式小銃をフロントガラスの隙間から人民連邦兵に撃ち込んで応戦していると、突然目の前に味方の92式装甲車が割り込んできた。


92式が機関砲を撃ち込んで人民連邦兵を吹き飛ばすと、92式は直ぐに道路を曲がってどこかへと走っていった。


「ひどい目にあったな・・・」

「ライトを点けると狙われるな。とは言え、点けないと怒られるから困る・・・」


指示器を出して左に曲がる。トラックに跳ねられそうになった味方兵士が叫び声を上げたようだ。


「この戦いでは何人死んだんだろうな・・・五千くらい死んでんじゃないのか?」

「たくさんの死体があるからな・・・ん?」

『長映!!新単!!砲撃くるぞ!!』

「何ですって!?」


突然無線が入り、三秒程で無線は切られた。そして砲弾の落下音が轟いたかと思うと、巨大な爆発が起きて何両かの車両が吹き飛んだ。


「砲撃だ!百五十ミリじゃねえぞこの大きさは!!」

「こいつはまずい!!」


ハンドルを握る長映が叫ぶなか、何発も砲弾が着弾し、建物や道路が破壊されていく。破片が舞い、爆風を受けた中国兵達が吹き飛ばされ、09式装甲車が破壊されて横転する。サイレンが鳴る中あちこちでトラックや装甲車両が走り出し、兵士たちがひたすら蒼惶していた。



「ぎぃあっ!!」

「うわあああっ、誰かっ・・・!!」


巨大なコンクリートの破片が双眼鏡をのぞいていた兵士の頭を直撃し、彼は血を流しながら卒倒する。隣の機関銃兵がまわりに助けを求めるが、誰も耳を貸していない。機関銃兵はついに叫び始めた。


そんな中、長映のトラックは人民連邦の陣地があった建物の角を曲がった。あちこちから煙が立ち上る。すると、ものすごい音と共に百七十ミリの砲弾がトラックの数メートル横に着弾し、彼らはトラックごと吹き飛ばされて道路に投げ出されてしまった。


「くそっ、やられちまった!!新単!!生きてるか!?」

「大丈夫だ・・・」


新単が横転したトラックから這い出てくる。西日が眩しい。長映は北の方角を向いた。


「トラックが壊れちまったな・・・隊長に何て言えばいいだろうか」

「お前らの給料から差っ引くぞ、なんていわれそうだ・・・」

「畜生!!」









春川市北方四十キロ



「撃ち方やめ!!観測機、効果を確認してくれ!!」

『春川市内に全弾着弾しています!!巨大な白煙を確認!!』

「ようし、任務完了だ。お前たちは帰還しろ!!」


春川市の四十キロ北方の山の中では、偽装を施された五門の人民連邦軍のM1989百七十ミリ自走砲が長大な砲身を空に突き上げていた。人民連邦所属の野戦砲兵である彼らはこの山の中に砲兵陣地を築き、春川市への散発的な砲撃を繰り返している。


「上を中国の対潜哨戒機が飛んでるな」


まばゆい西日の中、何人かの兵士がストレラ2対空ミサイルや重機関銃を上空で捜索を行っている中国軍機に向けている。指揮官が設営された小型塹壕の中で観測機に無線で指示を飛ばし、砲兵たちが砲撃を終えても砲身を空に向けたままのM1989に偽装網を被せていた。


挿絵(By みてみん)


「まだロックオンはするなよ。見つかってしまう」

「まさか。見つけられるはずがないさ。中国の奴らはこの山奥で偽装されたこの砲がどこにあるかもわからんだろう。敵に気付かれずに砲撃をつづけていられるのは砲兵の本懐だ」


元北朝鮮人民陸軍第四砲兵隊に所属していた彼らは北朝鮮のソウル侵攻時に春川市を砲撃するためこの山奥にまで五両の自走砲を運んでいたのだが、当然ながら木が生い茂る山の中に自走砲陣地を構築するのは至難の業であり、ソウルとピョンヤンが核攻撃を受け、更に人民連邦が蜂起して激戦が展開されるまでずっと山の中で重たい自走砲を動かしていたのだ。おかげで彼らの初砲撃は中国軍の春川市侵攻戦にまで繰り下げられてしまった。


彼らは北朝鮮のパレードに参列したこともある精鋭であったので、待遇が非常に良かった。その証拠として、この自走砲陣地にはM1989五両と砲弾四百発の他にZsu-23自走対空機関砲二両に重機関銃六門、迫撃砲二門に歩兵小隊までもが配置されており、対空戦や近距離地上戦にも対応できるのだ。さらに、隣の山にはフロッグ7「ルナ」戦術弾道ミサイルや9K52「ルナ」多連装ロケットも展開している。ただ、M1989自走砲の燃料は完全に枯渇しているのでM1989がその巨体を再び動かすことはない。


「これまで撃った砲弾は累計四十八発か・・・まだまだいけるな」


指揮官が砲弾の確認をし、まだまだ弾薬が潤沢であることを再認識してほほえみを浮かべる。M1989は擬装用の草木に覆い隠されて見えなくなった。この人民連邦軍の自走砲陣地は完全に春川市を射程に収めている。彼らは死ぬまで中国軍と春川の街を悩ませるだろう。





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