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中露戦争  作者: 集束サイダー
極東の等活
43/55

格納庫協定





中国国家主席の周銀平が到着してしばらくすると、モルティブ諸島沖をアメリカ軍の空母艦隊に護衛されながら航行する「ファン・カルロス」の甲板上に一機のMi-26ヘリコプターが着艦する。巨大なローターを振り回すMi-26のハッチからはロシア連邦大統領、ラスプーチンがサングラスをかけた護衛を伴って甲板に降り立ってきた。


甲板上には何機かのAV-8Bが駐機されている。前方では中国軍のZ-8輸送ヘリコプターがローターを広げたまま繋止されていた。


「ようこそいらっしゃいました。格納庫に会合の席をご用意しています」

「ロシア連邦大統領、ラスプーチンと申します。この度はご厚意を賜り感無量です」


ラスプーチンも「ファン・カルロス」の案内人に連れられて高官と共に艦橋に入っていく。中国公安部の特警隊員がラスプーチン一行を監視するように見ていると、ロシアの特殊部隊員が一人、特警隊員の前に立った。


黒ずくめの戦闘服に防弾ベスト、79式軽量サブマシンガンと目だし帽を装備している特警隊員と同じような色の防弾ベストを付けてビゾン・サブマシンガンを装備したロシアの特殊部隊員が向き合いお互いを凝視している。ふと風音に混じってシャッターの音が聞こえた。彼らが振り向くと「ファン・カルロス」の乗員の一人が彼らにカメラを向けていた。


二人の隊員は思わず自分の名前が書いてあるはずの部分を見る。自分の名前が書かれていないのを見ると心の中で胸を撫で下ろした。対立している国家の特殊部隊員同士がほぼ同時に同じ動作をしてしまうという何とも奇妙な光景が起きていた。











「では、これより停戦協議を執り行わせていただきます、スペイン外務大臣のロメンスと申します。それでは、これより開始いたします」


十人程の中国、ロシア双方の高官が格納庫内部に置かれた巨大なテーブルについている。その回りを護衛の隊員が取り囲んでいる。スペインの代表であるロメンスがマイクを持ちながら話し、協議の開始を宣言する。


「今一度戦争の経緯を説明します。まず、朝鮮民主主義人民共和国によって朝鮮半島が統一され、直後に中国による核攻撃を受けて半島二国は不全国家と化しました。そして半島の領有権を巡って中国とロシアが戦争状態にもつれこみ、黒河市において中国が核を使用しました。そして中国がロシア軍基地に弾道ミサイルを多数発射、ロシアも報復として北京にミサイルを撃ち込み、中国がモンゴルに侵攻しこれを占領。そのまま朝鮮半島各地を占領していき、その最中にロシア軍がミサイル基地を空爆。そして半島からロシア軍が撤退して中国が半島を完全占領し、現在に至ります。それでは、双方の停戦条件についての議論を行います。双方の指導者は条件提示を願います」


ロメンスが話し終えるとラスプーチンが挙手をした。周銀平が横目でラスプーチンを睨む。


「ラスプーチン大統領、どうぞ」

「我が国として提示する条件は、『停戦期間は三年間』『停戦中は如何なる場合においても両国家同士の戦闘を認めない』『停戦期間中は石油、石炭、天然ガス資源以外の物資の輸出入を許可』『上記の輸出物に工作を行わない』『テロ行為の禁止』の五つです」


ラスプーチンがそう言うと、ロールスクリーンに概要が映し出され、中国側の何人かがざわつく。三つ目の「輸出入許可」についてだろう。周りがざわつくなか周銀平も手を上げる。


「我が国、中国からの条件は『停戦期間は三年間』『核の使用を厳禁』『停戦期間中の戦術的偵察活動の厳禁』『黒龍江(アムール川)での水質汚濁問題に双方とも尽力する』『ロシアは占領下の朝鮮半島への干渉を禁止』の五つを条件にします」


周銀平も条件を提示する。ロシア側の高官の一人が一瞬笑い声をあげかけ、中国の高官が彼を睨み付けた。ラスプーチンが唸り声を上げ、手をあげる。ロメンスがラスプーチンの方を向いた。


「ラスプーチン大統領、どうぞ」

「ええ。『核を使用しない』という条件は我が国にとっても非常に共感できる内容だと思います。この戦いでは核による死人があまりにも多すぎました。地獄の鬼も亡者が放つ放射線に苦しむことでしょう。冗談はさておき、核を戦争で使用するというのはリスクが大きすぎます。原発事故の比較にはなりませんがかなりの量の放射線も飛散しますし、国際世論を敵にも回しかねません。我が国と貴国は世界に白い目を向けられかけています。これ以上核を使えば我々は五百代にわたっての国際的孤独を味わうでしょう」


「ラスプーチン大統領のお言葉は非常に理に叶っています。確かに核兵器はいけませんね」

「・・・あいつ、三発も使っときながら別にどうでもよさそうにいってやがるな。何万死んだんだか・・・」


ロシア側の大臣が周銀平を見ながら影口を叩いている。核の使用をもいとわない周銀平に意見をした人間が何人かいたのだろうか。それならば救いはある、とロシア側の高官たちは考えていた。


「では、中国、ロシア両国は『核使用を禁止する』という提案を批准するということで宜しいですね?」

「宜しいです」


「ところでラスプーチン大統領、『貿易の一部解禁』と言うことは、我が国との交流関係を再び作ると言うことでしょうか? 」

「そのとおりです。我々ロシアはクリミアやウクライナの件で世界から厄介がられており、各国からの経済制裁も受けて貿易関係が一気に薄まってしまいました。なので、立て直しを図るためには貴国との貿易関係を深めることが有効だと判断したのです」


経済制裁という用語を使ったラスプーチンにロメンスがぴくりと反応する。


「ら、ラスプーチン大統領・・・その、国連や欧米各国はロシアがウクライナ東部やクリミアから離れれば経済制裁を解除するといっておりまして・・・」

「ロメンス氏・・・あなたは欧米の意見をここにまで持ってくるというのですか?イギリスやフランスは何を言うか分かりませんが、今回の協議についてアメリカは口出ししないと言っております」

「あ・・・う、いえ、その・・・クリミアは・・・ええと・・・」


うっかり失言をしてしまったロメンスがラスプーチン大統領に睨まれ、ロメンスの目がたじろぐ。つい取り落としたプリントが床に散らばり、「ファン・カルロス」の乗員がそのプリントをかき集め始める。


「我がロシアはウクライナ領内プリピャチのチェルノブイリ原子力発電所を覆う『石棺』の老朽化に伴ってウクライナが建造しているアーチ状放射線防護壁建造事業へ、二百億ルーブルの資金提供を行いウクライナとの関係改善を図っています。それに、クリミアの民衆は我が方につくことをよしとしているそうです・・・」

「わ、分かりました。以後このことの口出しはいたしません。りょ、両国とも停戦条件内容に関する意見などはございませんでしょうか?」


ロメンスが両国の高官たちに聞くと、ロシアの首相が手を挙げた。


「中国が提案した『アムール川水質汚濁の改善に共同で取り組む』という条件についてですが、アムールの水質汚濁は貴国の化学工場から流れ出る排水が原因ではないでしょうか・・・」

「我々中国だけでの問題ではありません。アムールもとい黒龍江は貴国ロシアにとっても重要な場所でもあります。原因がどうであっても共同で取り組むべきではないでしょうか?」


さらりと意見を返してきた中国の高官にロシアの首相が苛立ちを覚え始める。


「貴国は環境汚染対策を根本から行っているのでしょうか?松花江を初めとする河川の水質汚濁で汚れた死の村が続出したのは言うまでもないでしょう。ですが、あなた方には残念ながら利益最優先という心があると思います。自分さえ潤えば他人がどうなってもいいという中国共産党文化大革命以降の考えが貴国を歪に発展させたのでしょう。ですが、それもうわべだけです。国家の体を成すべき民衆は最早ゴミクズ同然と化しているのではないでしょうか」


「首相殿、思ったことを言葉として口に出すときオブラートにつつむということを学んではいかがでしょう。それに、民衆を苦しめていたというのはロシアも中国も変わりません。確かに我々共産党は多数の政治犯を殺害してきました。経済を発展させることで国を豊かにするということも夢見ています。ですが我が国とて環境汚染の対策には尽力しています。我が国の人口があまりにも多すぎるので手が回りきらないのです・・・」


「流石は共産党ですね。自分たちが撒いた種をつみとれないとはあまりにも無能すぎる」

「糞ロシアが、言いやがったな・・・ウクライナの欧米への鞍代えを阻止しようと侵略を行って経済制裁を喰らい、挙げ句にはルーブルまで墜ちた失敗的国家が何を言うんだ!」

「てめえ!!」


激高したロシアの首相がどこからかサタデー・ナイト・スペシャルを取り出して中国の高官につきつける。咄嗟に特警隊員がSMGを向け、アルファ隊員もそれに反応してASライフルを中国の高官や特警隊員に向けて構えた。


「うわっ!!っこ、このくそったれめ!!」

「銃を捨てろ!!」


すぐさま格納庫の中身はてんやわんやとなる。銃を向けあっている人間たちは緊張に包まれていたが、それ以外の周りの人間達が大声をあげて騒いでいるようだ。挙げ句の果てには待機していたスペインの機動隊までもが盾をもって突入してくる始末にまで発展してしまった。



「・・・全員!!静かにしたまえ!!!!見苦しいぞ!!!」


突然怒号が格納庫に響きわたる。特殊部隊員から高官までのすべての人間が音源に首を向けた。


「ここは停戦協定の締結を行う平和であるべき場所です。そこでも殺しあいに発展しかねないようなことをして不安をあおると言うのは喜ばしくはありません」


先程怒鳴り声をあげたのは中国国家主席の周銀平であった。周銀平は何回か咳払いをし、贅肉を少し揺らして立ち上がる。側の高官が息をゆっくりと吐き、周銀平がラスプーチンの方を見るとラスプーチンも立ち上がった。


「周主席の言う通りです。いくら戦争をしていたとはいえその状態から脱却しようとしている場でも争いを始めるのは見苦しいと思います。チチャゴフ君、銃をしまいたまえ」

「だ、大統領・・・」

「外鴆君、君も銃を降ろすんだ」

「わ、分かりました主席・・・」


二人の代表に言われた双方の高官は渋々と銃をしまう。混乱はたちまち終息に向かっていった。


「ロメンスさん。我がロシアとしては中国が示した条件を全て飲むということで宜しいです」

「・・・わ、わかりました。周主席としては如何ですか?」

「我が国もロシアの条件を全て飲むこととします」


ロメンスが意思確認をし、周銀平とラスプーチンが立ち上がる。二人はロールスクリーンの前に歩み寄った。


「我がロシアは貴国との停戦を心よりうれしく思っています」

「こちらこそ。我々中華人民共和国も戦争は御免です。この状態ができるだけ長く続くことを祈るばかりです」



二人はそういって握手をする。ロメンスが胸を撫で下ろして安堵の息を吐くと、カメラをもった人間たちが次々現れ、たちまち周銀平とラスプーチンはストロボの閃光に包まれていった。


「良かった良かった・・・」

「っておい、ブンヤは門前払いじゃないのか?」

「一定の期限まで記事にしないと言う約束を守ると誓った一部のブンヤにだけ撮影を許可したらしいぜ」

「なるほどなあ・・・」









こうして中国、ロシア両国による停戦協定が締結され、僅か二ヶ月、にわか雨のように激しく短かった中露戦争は終結を迎えたのだった。


だが、彼らはまだ物足りないようだ。彼らは「次の戦争への準備期間」をさぞかし有効に使うことだろう・・・




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