半島の戦将
2015年 9月25日 AM6:01 朝鮮半島 春川市 人民連邦軍総司令部
「閣下、中国軍が最後通告を送ってきました。読み上げます。『人民連邦の最高司令官につぐ。春川市は現在我が軍の完全支配下にある。十分経過するまでに降伏しない場合は総攻撃を開始する。その時は貴官達の命は保障できない』との事です」
最高司令部の司令室内でショットガンを背負った部下が人民連邦の指導者である安今龍の元で中国軍から送られてきた降伏勧告を読み上げる。安今龍は防弾ベストとヘルメット、それにMP5サブマシンガンを装備している。部下共々完全に中国軍と戦う腹積もりのようだ。
「そうか。最初から決断を迫る積もりは無いようだな。まあ、我々も降伏する積もりはないが・・・」
「・・・・・・」
「どうした?」
暗い顔つきをした体の細い部下の一人に安今龍が問いかける。が、部下はだまりこんでしまった。
「死にたくなければ投降するといいぞ。中国や北朝鮮連中とは違って俺は部下に無理強いはしたくないからな」
「・・・はい!!」
部下は不安と安心が入り混じった顔をしながらも希望に満ちたようで、口調が元気になったようだ。だが、他の部下達、主に兵士が彼を不信な目付きで見つめる。安今龍は全員を見回して言った。
「他にも生き残りたい者が居たら挙手しろ。誰だって命は惜しいだろう」
安今龍がそういうと、司令室内にいる司令部人員全四十三人中、三十人が挙手をした。兵士を含む全人員の約三分の二だ。安今龍と共にいるということは即ち中国軍との戦闘で死ぬということになる。仕方がないだろう。
「そうか。他にはいないか?後で述懐奉公をされてもこちらが困るからな。よし。投降する際、武器はここに置いておけ。誰か一人でも下手に抵抗したら全員が死ぬかも知れないからな」
「了解です」
投降という選択を選んだ部下たちは自らの武装を解き、軍服のみのいでたちとなって移動用階段の扉を開ける。
「閣下、ご武運を祈ります」
「自分は臆病者です。申し訳ありません」
「閣下に敬礼!!」
彼らは高官、兵士問わず次々と安今龍に敬礼を行い、階段を上っていった。彼らが中国軍の捕虜になったのか、不信を買われて射殺されたのかは誰にも分からない。随分と司令室内が広くなった。
「よし。お前らは俺についてきてくれるか?」
「勿論ですよ、閣下」
残った十三人は安今龍を含め、全て兵士だった。安今龍にしてもそれは非常に良い状況である。戦闘の足手まといになる高官がいない方が指揮を取りやすいし、部下が十人程度であるほうが一番指示を飛ばして指揮をしやすい。
「これまで設置した罠の詳細図を寄越してくれ」
「はい。これであります」
特殊部隊員の部下が安今龍に地図を差し出す。そこには、中国軍に対しての遊撃戦闘を展開するのに必須である設置済罠の詳細図が記されていた。
人民連邦軍が設置した罠とは、かつてベトナム軍がジャングルに設置したような古典的トラップではなく、Mk.82航空爆弾や信菅をセットした榴弾を擬装して木にぶら下げた物や、コンクリートや路肩の砂袋に偽装した高性能爆弾などである。大小三十を越える罠の中、一番大型の罠はM26二百七十ミリロケット弾を工場の煙突にさしこんで遠隔操作で真上に発射、多数の子弾頭を春川市にばらまくという物だ。この奇抜だが凶悪な罠は彼らの切り札とも言える。
「よし。ここをあとにするぞ。取っておきたい物はないか?」
「ありません」
安今龍は一二人の部下を引き連れ、司令室のドアとは反対側の隠しドアを開け、隠されていた梯子を登りはじめた。MP5や部下のK2やショットガンが装備と擦れあい、戦争映画の兵士の装備のように金属音を立てる。
そして梯子を登ると、数匹のネズミが安今龍の側を横切る。ゲシゲシも上にへばりついて居るが、気にせずに梯子を登り終え、下水道内部にたどり着いた。乾いた汚水が悪臭を立てている。安今龍はバラクラバを鼻にかけてゴーグルをつけた。
後続の兵士が下手物をみて短い悲鳴を上げる。それを尻目に安今龍はMP5を構えながらアタッチメントのフラッシュライトで下水道を照らした。
そしてある路地のマンホールを開け、彼らはそこから地上に抜け出した。外では雨が降っている。すると中国軍の猛士が装甲車に護衛されながら街道を突っ切る。総攻撃が始まったようだ。
「あそこの通りの樹木に航空爆弾を吊るしてある。次の中国軍部隊が通るときに落下させて吹っ飛ばすぞ」
「了解」
彼らは住居の庭に伏せ、歩兵と共にゆっくり接近してくる中国軍部隊を見据えた。自走砲が一斉射撃を行い、無数の砲弾が落下していく。だが、中国軍は誰もいない目標に総攻撃を加えているのだ。だが中国軍もそこまで愚かではなく、総攻撃とはいえ大多数の部隊は春川市全域に展開している。
「来たぞ!中国軍の戦車と歩兵戦闘車だ!まずあそこまで引き付けろ!起爆させる!」
「了解!」
安今龍が言うと部下が無線起爆装置を取り出す。起爆装置を押すと、背の高い木にかけられたロープに付着している高性能爆薬が炸裂し、ロープに繋がっている二発のMk.82航空爆弾が落下することになる。ナイフでロープを切断することも出来なくは無いが、そうするためにはかなり木に近づく必要があるので、自分たちも吹っ飛びかねない。
「歩兵に注意しろ。あの兵力じゃ勝てん」
爆弾が落下してくる罠があるとも知らず、97式歩兵戦闘車と96式戦車が歩兵を伴って接近してくる。道路上には人民連邦兵士の死体が散乱しているが、彼らは気にもせずに死体を引き潰していった。
「今だ!!」
道路脇の人民連邦軍機関銃陣地を引き潰した中国軍の車列が木の真上に差し掛かったところで安今龍の部下が起爆装置を押した。すると高性能爆薬が爆発してロープが切断され、草や木の葉を巻き付けられた二発のMk.82航空爆弾が中国軍部隊に向けて落下し始める。
ものすごい爆発が起こり、二両の97式歩兵戦闘車は歩兵ごと吹っ飛んで横転し、96式戦車は全体を破壊されて無惨な残骸へと変貌した。その副産物として激しい黒煙が立ち上る。
「やった!やりました!」
「ようし、早く退避しろ!!お返しが来る!!」
喜ぶ部下に退避を促し、安今龍も走り出す。住居の間を走り抜け、三軒奥の茂みに逃げ込んだ。すると、案の定中国軍の迫撃砲部隊が彼らに向けて砲撃を開始した。
何発もの百二十ミリ迫撃砲弾が甲高い音を立てて落下し、安今龍達が先程いた地点周辺に着弾していく。爆発音と振動が轟き、家々が破壊される。その中の一発の迫撃砲弾が茂みに潜んでいる十三人の人民連邦兵の十メートル側に着弾した。
「ひいいっ・・・!」
「おい!!大丈夫か!?」
茂みや木々が爆風に煽られると味方の悲鳴が聞こえ、安今龍の横の特殊部隊員がすぐさま駆け寄った。
MP5を通りのある方向に構えながら安今龍も側を見やる。すると、二人の部下が迫撃砲弾の破片を浴びたらしく、草むらに倒れて血まみれで悶えていた。
「どうした、破片にやられたのか」
「そのようです。軍医は投降させてしまいました。残念ながら致命傷です。手の施しようがありません」
迷彩の手袋を血に染めた特殊部隊員の部下たちが陰鬱な表情でそういってくる。戦場での応急手当ての仕方を叩き込まれた精鋭特殊部隊員であったとしても致命傷は対処不可能なのだ。
やられた二人はどのみち失血死してしまうだろう。仕方がないのでサプレッサーをつけた拳銃で二人の頭を撃ち抜いて安楽死させた。残りは十一人だ。部下たちの顔はほぼ無表情に近いが、少し悲壮感も漂わせている。彼らにも故郷はあったはずだ。だがその故郷は中国の手に堕ちた。葬式のように泣いていられる状況とは言いがたいだろう。
発見されないように死体を茂みに隠し、部下たちを引き連れて安今龍は次の場所へと向かい始める。すると、散発的な銃声が轟き始めた。味方の残存部隊が再び中国軍への抵抗を開始したようだ。
「なあ、知ってるか?ここの四十キロ北には北朝鮮の奴らが砲兵陣地を築いているらしいぞ」
「にしては一発も撃ってくれないな」
「そのうちくるんじゃないのか?」
部下の兵士たちが無駄話をする。すると、彼らに聞き耳をたてていたかのようにいくつもの砲弾の落下音が轟いた。
「砲撃だ!!」
「伏せろ伏せろ!!」
彼らは割れたガラスが散乱する屋内の床に伏せる。落下してくる砲弾は中国軍のそれとは桁違いに大きい音をがなりたてながら着弾、炸裂し、爆発に巻き込まれた中国軍の05式水陸両用車が横転し、多数の歩兵たちが消しとんだ。
さらに何発かの砲弾が飛来し、建物が砕け、道路に破片が落下していく。巨大な煙が立ち上ぼり、95式自走対空機関砲の履帯や携帯ミサイルのついた砲身がばらばらと降り注いだ。
「この砲撃は・・・北朝鮮のM1989百七十ミリ自走砲ですね」
「四十キロ先から狙い撃ちか!!FH70でも三十キロがいいとこだぞ!!」
しばらくすると味方の砲撃は収まった。破片が落下し、むせたくなるほどの煙が立ち込める。直ぐに次の砲撃が来るだろう。
安今龍は部下を連れて建物の裏口から外に出る。しばらく雑木林の草むらを移動すると、道路上に中国軍の09式装甲車が歩兵を伴って接近してくるのが見えた。安今龍は鬱蒼と繁る笹の中からMP5を向けて道路を俯瞰しながら設置した罠の詳細図を部下に読ませる。
「そこの通りには何が仕掛けてある?」
「砲弾改造の即席爆弾です」
部下がそう答えると、けたたましい銃声がなり響き始めた。中国兵の叫び声が木霊し、何人かの人民連邦兵がアパートの屋上から小銃を奇襲的に発砲し始める。中国兵も必死に小銃を撃って人民連邦兵を押さえ込もうとするが、機関銃を撃たれてなかなか果たす事は叶わない。
09式装甲車が三十ミリ機関砲をアパートに何発か叩き込み、アパートの屋上にいた人民連邦兵を吹き飛ばした。
「撃て!!」
安今龍がそう叫ぶと、笹に潜んでいる十人の部下が次々と小銃を撃ち込み、09式に随伴していた中国兵達がなすすべもなく血を噴いて倒れていく。十人もの兵士が銃を発砲しているのでその火力は機関銃の制圧射撃火力に比肩する。
09式装甲車の影に逃げ込もうとした中国兵が肺をぶち抜かれて転倒し、そのまま動かなくなると、09式装甲車が三十ミリ機関砲の付いた砲塔を動かし始めた。
人民連邦兵が撃った何発かのRPG-7が別の建物から飛翔してきたが、09式装甲車に当たることはなく全弾アスファルトを砕いただけであった。09式が砲塔をこちらに指向した瞬間、壁を突き破って現れたK200装甲車が09式に向けて機関銃を乱射し始めた。
「乾更伍長!!爆破しろ!!」
「了解!!」
部下が起爆装置のスイッチを押し込むと、百五十五ミリ砲弾改造の即席爆弾が09式の側で激しく炸裂し、見事に09式装甲車は破壊されて沈黙した。だが、それに気付いた中国軍の車両部隊が通りに殺到してくる。
「よし、やったぞ!!」
「・・・閣下!!支援砲撃また来ます!!」
「畜生、凌ぎ切るぞ!!全員笹に隠れて動くな!!」
「ひいいっ、また来るのかよ」
部下たちは愚痴りながらも笹に身を隠す。笹の近くにいると笹にいるマダニが二酸化炭素に反応して肌に付着することがある。だがこの際仕方ない。マダニを避けようとして砲撃にやられるのは割りにあわなさすぎるだろう。
「来たぞ!!舌を噛まないように口を閉じろ!!」
再び甲高い音を空に轟かせながら百七十ミリの特大砲弾が何発も落下し、道路やアパート、その他の建物を吹き飛ばしていく。爆風が彼らを煽るが、笹藪に隠れて歯を食い縛りながら必死で砲撃を耐え抜こうとする。
爆炎の中で増援の92式装甲車がK2の残骸と共に吹き飛ばされ、猛士たちがめちゃくちゃに潰れて飛翔する。北朝鮮側の部隊はロケット砲も撃ち始めたようだ。爆風に耐える安今龍がふと上を見上げると、人民連邦の砲兵陣地を潰すために中国のJ-16が五機、轟音を立てて飛行していった。




