張り子の荒鷲
同時刻 航空自衛隊 小松基地
『こちら航空自衛隊小木の城レーダーサイト。竹島の南東百キロを推定速力四百ノットで南東南方向に飛行する国籍不明の大型機一機と小型機三機を認む。どうぞ』
『こちら平田レーダーサイト。未確認機の接近を探知した』
『こちら航空自衛隊小松基地。了解。第6航空団にスクランブル発進を行わせる。両レーダーサイト共に随時情報提供を願う』
『こちら航空自衛隊小木の城レーダーサイト。了解した、通信アウト』
『平田レーダーサイト了解。通信アウト』
『国籍不明機複数が防空識別圏に侵入!!F-15戦闘機は直ちにスクランブル発進せよ!!』
突然警報がなり響き、スピーカーから命令が響きわたる。それに呼応して格納庫横で待機していた第6航空団所属のF-15Jの搭乗員たちが飛びはね、慣れついているのだろうか、物凄い速さと剣幕で格納庫に走りだしていく。
「急げ急げ!!」
「どうせ定期便でしょうね!!」
「さあな!!」
搭乗員達が格納庫のドアを叩き開けた。そこでは実弾を装備した航空自衛隊のF-15J戦闘機が並べられている。既に整備士たちが群がり、出撃に必要な準備を行っていた。
耐Gスーツとヘッドセットを装着して機内に乗り込み、エンジンを始動して点検を行っていく。
「出力二十パーセント。エンジン音良好」
「ラダー、ヨー、フラップ異常なし。燃料フル」
『管制塔よりトゥーナ隊、方位二百四十から風四メートル。ランウェイ・ポイント1Dへのタキシングを許可する』
「トゥーナ了解」
四機のF-15が整備士に誘導されながら格納庫をあとにし、耳がおかしくなりそうなエンジン音を撒き散らしながら基地のアスファルトを踏みならしてタキシングし、空に飛びたつための滑走路へと向かっていく。
そして滑走路にたどり着くと、一気にエンジンを最大出力に跳ね上げさせ、アフターバーナーを点火させながら滑走路を蹴り上げて次々と夜空に飛び出していった。
『隊長!!日本の戦闘機が来ました!!高度六千フィート、数は四機、スクランブルだと思われます!!』
「何!?もう来たと言うのか!?早すぎるだろう!!」
幽州戟隊の二番機が隊長に航空自衛隊のF-15Jがスクランブル発進した旨を伝える。レーダーを見る限り機数は四機だ。E-737は未だに進路を変えずに飛行しており、日本の領空に侵入しようとしている。もしかすると、こいつの目的は日本国内への強行着陸だろうか。幽州戟隊長の脳裏にそのような仮説が浮かんだ。
すると、無線機が鳴る。航空自衛隊からの警告だろう。すると、別の周波数からの無線も入ってきた。とりあえず航空自衛隊の周波数に合わせてみると、流暢ではない中国語が飛び込んでくる。だが中国の文化は異常なまでに違いがあるので中国語という言語も多岐に別れ、人くくりに出来るものではないという。航空自衛隊の操縦士は方言である上海語で話しかけてきた。幽州戟の隊長は北京語圏なので、かなりの違和感を感じている。
『こちらは日本国航空自衛隊。貴機は日本国の領空を侵犯しようとしている。貴機の所属と飛行目的を知らせよ』
「あー、こちらは中国人民解放空軍北京軍管区の一飛行小隊だ。故あって人民連邦軍の管制機を追いかけている。早めに用を済ませて帰還するので頼む」
『・・・・・・・・・』
「航空自衛隊機へ、聞こえているか?」
幽州戟隊隊長のあっけない返答に対して自衛隊の操縦士は唖然としてしまっている。人民連邦のE-737を取り囲むように中国のJ-8が飛び、その後ろには日本国自衛隊のF-15Jが四機、援護するように飛行しているというなんとも奇妙な情景が夜の日本海上空で繰り広げられていた。
『・・・我々は舐められているな。完全に。ただこうやって付いてるだけになってしまっている』
『百里基地の奴らもロシアに舐められたって言っていましたね』
『俺たちゃ張り子の荒鷲、ってところだな。戦闘機が聞いてあきれるぜ』
F-15Jの操縦士が無線で会話をしている。彼らは幾度となくスクランブル発進に狩りだされているが、今回は特別な事態となっているから会話をしたくなるのは必然的だろうか。すると、AWACSからの通信が飛び込んできた。
『空中管制機イーストカノープスよりトゥーナ隊へ、人民連邦の空中管制機から無線を受け取った』
『内容は?』
『・・・「こちらは人民連邦空軍の空中管制機。現在中国軍機に追尾されている。貴国への亡命を切望している」とのことだ』
『・・・・・・』
F-15Jの操縦士達はまたしても言葉を失う。人民連邦のAWACSが唐突に航空自衛隊のAWACSに対して日本に亡命させてくれと懇願してきたのだ。無理もないだろう。
『トゥーナよりイーストカノープスへ。どうするんだ?追い返そうにも・・・中国軍機を先に追っ払いたいが』
『こちらイーストカノープス。この通信内容は小松基地に伝達済みだ。とりあえず最優先事項を処理しようか。当該機が我が国の領空を侵犯している。トゥーナ隊は直ちに警告射撃を実施せよ』
『トゥーナ了解。当該機に対する警告射撃を実施する』
『現在の高度は六千フィート。気圧は千十ヘクトパスカルだ。天候は晴れ。機体に弾を当てるなよ』
『隊長、我々はもう日本の領空を侵犯しています。このままだと不味そうですよ』
『今空軍司令部に問い合わせてみたのだが・・・作戦中の勝手な行動は命令違反だということになると抜かしやがった』
『滅茶苦茶じゃないですか!!拉致が絶対だと言うのですか!?』
『らしいな・・・現場の事を考えずに無茶な命令を出すのは高級将校特有の性質だ』
E-737を取り囲む幽州戟隊の操縦士たちも戸惑っている。彼らの勝手な行動は命令違反となるというのだ。つまり、目の前の空中管制機を拉致する以外に彼らが日本の上空から退避するという手立ては無い。
すると、航空自衛隊機からの無線が再び飛び込んできた。
『こちらは航空自衛隊。貴機は日本国の領空を侵犯している。直ちに退避せよ。繰り返す。直ちに退避せよ』
『くそっ!!板挟みかよ!!』
『うわああっ!!』
刹那、輝く曳光弾が幽州戟隊隊長のJ-8IIのキャノピーを掠めて飛び抜けた。F-15Jが警告射撃を行ってきたのだ。だが、逃げることは出来ない。途中で離脱したら厳罰だろう。
『もう勘弁してくれ・・・どうすればいい』
『隊長!!もう空中管制機を撃墜しましょう!!厳罰は覚悟の上です!!』
『亡命する・・・というのは駄目か。もし亡命したら中南海から工作員が送り込まれて俺たちは死体にされちまうな』
『隊長!!』
『・・・仕方ない!!拉致対象の空中管制機を撃墜する!!武器安全装置解除!!』
『こちらイーストカノープス。領空侵犯当該のJ-8IIから空中管制機に向けて火器管制レーダーの照射を確認。ロック・オンに入ったと思われる』
『やばい!!奴等空中管制機を墜とす気だ!!』
『俺らはただ見ることしか出来んのか!!畜生!!』
『こちらイーストカノープス。政府からの亡命許可が出た。当該のE-737を小松基地に緊急着陸させる』
『そんな時間があるのか?』
四機のF-15Jは前方数百メートルにいるJ-8IIとE-737を見据える。J-8IIの包囲から解き放たれたE-737は大きく右旋回左旋回を繰り返すが、J-8II達は恐ろしいほど正確に追従していく。
『こちら北京軍管区空軍司令部。幽州戟隊へ、作戦中の勝手な行動は禁ずる』
幽州戟隊に対して司令部からの無線が入ってくる。この超長距離なので雑音も入る。
『馬鹿が・・・こちら幽州戟隊長。スクランブル発進した自衛隊のF-15Jに追われている。それに、もう日本の領土上空に到達寸前だ』
『こちら北京軍管区空軍司令部。自衛隊の戦闘機など鶏のような物だろう。眼中に入れるな。とっとと管制機を拉致して戻ってこい』
『中南海はよく言ってくれるな。全く、能無しの豚どもが。俺達を駒としか考えてない』
『中国共産党軍なんぞに仕えたくはなかったんですよ俺は。毎日の飯と給料の為です』
幽州戟隊長と三番機が無理難題を押し付けてきた司令部を罵る。すると、司令が無線機を誰かに渡したようだ。
『通信代わった。こちらは政治将校だ。幽州戟隊員による先程の発言は我が共産党に対する反逆と見なす。今すぐに任務を果たして心から謝罪するのならば不問にしてやろう。どうする?』
『何を偉そうに。お前ら共産党はそうやって何人もの人間を無慈悲に葬ってきたんだ?赤い妖怪め』
『・・・よく言ってくれた。中国全基地配備のSAMを起動させ、君達のJ-8IIが来たら即座に撃墜するよう要請してやる。たった今、君たちの司令もそれを許可したよ。ははは、とっとと死ねよ。通信終わり』
政治将校の笑い声と共に無線はきられた。
『くそったれ・・・司令も紅衛兵になっちまったか』
『隊長、こいつをとっとと撃墜しましょう。シーカー音がうるさいです』
『そうだな。各機、短距離ミサイルを二発ずつ放て。奴を粉砕しろ。破片も残すな』
幽州戟隊長は目の前のE-737を見据え、ロックオンした旨を伝えるシーカー音を止めるために短距離ミサイル発射ボタンを押した。
『幽州戟1、発射!!』
『2発射!!』
『3発射!!』
J-8IIの主翼から発射された二発のR-73ミサイルが逃げまとうE-737に向かっていき、フレアを撒く間もなくR-73がE-737の主翼付け根部分に突き刺さって爆発する。後方のF-15Jがスピードを落として回避行動を取った。
あっという間に右翼をもぎ取られたE-737の胴体に部下が放った四発のR-73が命中し、E-737は爆発しながら粉々に砕け散った。
『おい!!とうとう撃墜しやがった!!』
『不味い、下は陸地だ!!』
『破片が落ちる!!』
F-15Jの操縦士達は驚愕した。ついに領空侵犯の中国軍機がE-737を撃墜してしまったのだ。胴体だけになったE-737はたちまち落下していき、大聖寺川の側にあるゴルフ場に突っ込んで炎をあげ始めた。
『トゥーナ隊よりイーストカノープスへ!!当該機が空中管制機を撃墜した!!管制機は大聖寺川河口付近のゴルフ場に墜落!!』
『こちらイーストカノープス。こちらでも管制機の高度がゼロになったのを確認。航空救難団をそちらにまわす。トゥーナ隊は小松に帰投せよ。ご苦労様』
『了解。リターン・トゥー・ベース』
四機のF-15Jは綺麗な編隊を組みながら離脱していった。だが、彼らは結局何もすることが出来ずにただ傍観を余儀なくされてしまったのだ。日本国憲法第九条に記されているように、彼らは交戦権を認められていない。言うならば「張り子の荒鷲」なのだ。
離脱していくF-15Jを見据えていた幽州戟隊は帰還したとしても撃墜されてしまう。彼らは反逆者なのだ。
『自衛隊機が離脱していきます』
『これからどうする?このまま帰っても撃墜されるだけだ』
『亡命申請をしていた機を撃墜した機が亡命申請、なんて無理ですよね』
『だろうな。燃料も怪しい』
『北京の中南海に機銃掃射でもしにいきましょうか?』
部下がそう提案する。北京の防空能力は弾道ミサイル攻撃以来格段にはねあがっているので極めて危険だ。
『いいな。だが確実に死ぬことになる。それでも行くか?』
『行きます!未練はありません』
『俺もです!!』
部下がそう返してくる。幽州戟隊はアクロバット飛行チームにも劣らないほど綺麗な左旋回をし、中国の北京がある方向へと向かっていった。
◇
日本国 東京 首相官邸
東京の首相官邸では、日本の内閣総理大臣が中国共産党の国家主席である周銀平に国際電話をかけていた。総理はストレスが溜まっているらしく、伸びた爪で木の机を繰り返し叩いていた。
「これはいったいどういうことなのでしょうか。詳しくいきさつを教えて頂きたい」
『これは命令を無視した我が軍のパイロットが引き起こした事です。我々中国政府としても如何しがたいという気持ちでいっぱいなのです』
だが、周銀平が通話口にでることはなく、代理の補佐官が総理と通話を行っていた。外務省は既に中国外務省に連絡を行っており、事実関係の把握に尽力している。
「人民連邦の飛行機が中国軍機に撃墜されて我が国の領土に墜落したんだ。あなたがたが差し向けたのでしょう?」
『ええ。我が軍の航空機であることは確かです。極秘任務を遂行しているうちに貴国の領空を侵犯してしまった、そういう内容だと思います』
「この出来事は極めて遺憾です。中露戦争の戦火をここに飛ばさないでいただきたい」
『ええ。その極秘任務に当たっていた戦闘機は我が国への反逆行為を取りまして、北京中心部に向かっていたのでやむなく全て撃墜したのです』
「なんと・・・」
日本の総理は驚愕した。噂にはきいていたが、まさか人民解放軍は本当に味方をたやすく殺す軍隊だとは思わなかったのだろう。
『主席はアルジェリアへ海外視察にいっておられるため今はおりません。後に総理の旨をお伝えしておきます』
「ええ、わかりました・・・」
そういって電話は切られた。総理は年と共に固くなってきた腰を椅子におろし、ため息をついた。少なくとも、この出来事が砂上の楼閣のごとき日本の防衛体制の脆さを根本から露呈させる要因の一つになったことは確かだろう。